老人の歌1
食べ終わった頃、ロザリアが戻ってきた。
「もうしつこいったらないわよ!」
ご立腹のようだった。
「どうかしたですか?」
「ドラゴンスレイヤーの手が借りたいんですって」
「聖騎士団に用があったのか?」
「だったら聖都に行くでしょ?」
ナガレに突っ込まれた。
「それもそうか」
「誰ですか?」
「さあ、使いの者だと言ってたけど。うちの父さんの知り合いみたいで、無碍にできなくて」
「枢機卿経由?」
「この町が『銀花の紋章団』の本拠地と知って来たと言っていたけど……」
「だったらギルド本部を紹介すれば」
「それが内々にしてくれって」
「どういう意味?」
「ドラゴンが出たなら急がないと」
「それがそうじゃないみたいで、兎に角スレイヤーと直接話がしたいの一点張りで」
「もう話してるのです」
「茶々入れないの」
「ごめんなさいなのです」
「取り敢えず今日は遅いからと言って追い返したけど、どうしよう?」
「表だった依頼でなく、裏でこっそりとやらなきゃいけないことなのか? 怪しい依頼なら願い下げだぞ。そもそも内々にという意味が分からない」
「分からんの」
アイシャさんも同意のようだ。眉間に皺を寄せている。
「で、どうするんだい?」
アンジェラさんが聞いてきた。
「ヴァレンティーナ様に話を通さないわけにはいかないでしょ。ギルドのドラゴンスレイヤーは僕たちだけじゃないし」
「ロザリアに話した段階でもう内々じゃないしね。親父さんもその辺は分かってるんだろう?」
「内密にヴァレンティーナ様へ橋渡しをしろと言うことじゃろ?」
「手紙の一通も書けば済むことでしょうに」
ナガレが呆れる。
そこから足が付くのも嫌だったんだろう。
「姫さんもまだ寝ちゃいないだろ。行ってきたらどうだい?」
アンジェラさんが食器を下げながら言った。
僕とロザリアは普段使わない直通ゲートから領主館に向かった。領主館側のセキュリティーがきついので余りこちらからは使わないのだが、内々にと言うなら隠密裏に運ぶに越したことはない。
ロザリアがこのルートで領主館に出向くのは初めてらしい。
ゲートを出ると薄明かりの怪しい小部屋に出た。
ここは領主館の尖塔の一つ、扉の向こうには長い廊下が続いている。
外敵が進入してもすぐに懐に入られないための処置が施してあるのだ。
「この部屋にも、この先の通路にも仕掛けがあるから、このまま迎えが来るまで何もせずじっと待つんだ」
ロザリアはキョロキョロと周囲を見渡した。
「この像、怪しいわね」
「仕掛けがあるから触らない方がいい」
僕たちは誰かが迎えに来るのをじっと待った。
「家から歩くより断然早いんだけど、この待ち時間が嫌なんだよね。だからいつも正面から行くことにしてるんだけど」
「気付かれなかったらどうするの?」
「あったら防衛上、大問題だよ。担当者は首だね」
扉に鍵が挿さる音がした。
既に来訪者の面は割れているようで「どなたですか?」とは聞かれなかった。
「お待たせしました。エルネスト様、ロザリア様」
だから鎧を着込んだ兵士ではなく、侍女のお姉さんが迎えに来た。
「夜分恐れ入ります。ヴァレンティーナ様にお目通りを」
「執務を終えられ、お姉様と広間でお食事を取っておいでです」
姉さんがいると聞いて僕がしかめっ面をするのを見て、侍女がクスリと笑った。
自分の弟の振る舞いと重なったようだ。
長い廊下はほんとに長い。
どんな侵入者もここで迎え撃つという、気概に満ち溢れていた。
材質がそもそもいかれてるんだ。
一見、ただの化粧タイルに見える床も、実は訓練室にある物と同じ、対魔用の障壁タイルだったりする。強力な仕掛けで床まで抜けてしまっては再建もままならないからだ。
この狭さじゃ、剣を振り回すこともできない。槍を構えて突撃するのがベストだけど、そんなことじゃ、この廊下は突破できない。姉さんの悪知恵の結晶だ。
廊下といいながら幾つかの扉で仕切られているのは、バリエーションに富んでいる証拠だ。
「迷宮の最下層だと言われても僕は信じるよ」とロザリアに説明したら、侍女にまで笑われた。
「お連れいたしました」
短い一言で扉が開いた。すぐにハンニバルの顔が覗いた。
「こちらはロザリア・ビアンケッティ、うちの同居人です」
ハンニバルはロザリアを上から下まで窺うと、扉を大きく開いた。
「存じております」
ボディーチェックだったか。
「こんな時間にどうした? アンジェラの食事に飽きたか?」
第一声は姉さんからだった。
「飽きるわけないだろ。我が家の食事は創意工夫で目まぐるしく進化してるんだから」
「こっちに来て座れ。立たれていると食事ができん」
僕たちはヴァレンティーナ様に一礼するとテーブルに腰掛けた。
「珍しい組み合わせね」
「ギルドマスターに相談したいことができたので」
「領主ではなく? それは珍しいわね。何か食べる?」
「いえ、食べてきたので」
「では飲み物を」
ヴァレンティーナ様が返事も聞かずに合図した。
すぐにグラスとウーヴァジュースが運ばれてきた。
「それでどんな話だ?」
料理を口にしながら姉さんが尋ねた。
ロザリアと目で合図して、話すように促した。
「今日の夕刻、父の知り合いという方が、名は申しませんでしたが、クラース・ファン・アールセンの使いと言う方が、当地の教会に参られまして、頼みたいことがあると申されまして」
「アールセン……」
姉さんが呟く。
「地図をお持ちします」
ハンニバルが部屋から出て行った。
「その方がおっしゃるには『銀花の紋章団』のドラゴンスレイヤー直々に依頼したいことがあるから紹介して欲しいと」
「漠然としておるな」
「ドラゴンの討伐依頼ですかと伺いましたところ、話す立場にはないと答えられて。本部事務所に行かれてはと申し上げたのですが、直々でなければ駄目だと頑なで」
「ドラゴンスレイヤーに依頼なのだから、ドラゴンが関係していることに違いはないのだろうが……」
「お待たせいたしました」
ハンニバルが地図を携えて戻ってきた。
姉さんがテーブルの食事を寄せて地図を開いた。
「百年前の地図?」
僕たちはハンニバルを見た。
「アールセンと言うのは、コートルーより更に南に位置する、今はなきローラシエナ王国の地方の名でございます」
「滅びた? もしかしてベヒモスに?」
「もっと以前にだ」
地図を見た姉さんはそれをヴァレンティーナ様に回した。
「ベヒモスによく殺されなかったわね」
「まあ、ルートからはギリギリはずれてはいるからな」
ベヒモスが不毛の地にしたエリアの更に南の国……
「あっちにはドラゴンスレイヤーはいないの?」
「まさか、ドラゴンはむしろ南の方が目撃情報が多いくらいだ。古くは――」
姉さんが「そうか!」と突然叫んで席を立つと、広間から飛び出していった。
「理由を言ってから出て行けばいいのに」
「わたしもなんとなく分かってきたわよ」
ヴァレンティーナ様もこのわけの分からない依頼の裏側が見えてきたようだった。
「これだ!」
一冊の本を持って戻って来た。
「これは?」
「民俗学の本だ。これにローラシエナ王国の記述がある」
探してみると一行だけそれらしき記述を見付けた。
『周辺諸国を統治するに竜を用いた王国あり』とあった。
「この竜って……」
「間違いなくドラゴンのことだろうな。我らの言うところの竜程度で、周辺諸国が大人しくなるとは思えんからな」
「でも竜騎士の軍団が支配したという伝説もあるのよね?」
「それはこの一文から派生したでまかせだ。砂しかない砂漠で必要な餌が確保できたとは思えない。数は養えなかったはずだというのが、専門家の専らの定説だ」
たった一行を覚えていた姉さんの記憶力の方が驚きだよ。
「エルネストも竜騎士の物語ぐらい知ってるだろ?」
「童話の舞台が実在するかなんて気にしたこともない」
「童話や寓話を舐めるなよ。そういうところに冒険の種が隠れているものだ」
冒険の種と聞いて思わず、今日の迷宮攻略で最後に見た落書きの話をした。もしかして監視者からのメッセージじゃないかと。アイシャさんが今ハイエルフの長老に再確認を取っていることを話した。
宝物の整理をしていて、すっかり報告を忘れていた。
気まずい雰囲気が流れたが、長老の知らせを待つという結論に達した。




