エルーダ迷宮ばく進中(メッセンジャー)30
「リオナも食べたかったのです!」
「ただのケーキだ」
食いたきゃ、いつでも行けるだろ。店は真向かいなんだから。
「それよりこれだ」
僕は『煉獄の籠手』を見せた。
欲しがる者はリオナだけだと分かっている。総合力を天秤に掛けるとやはり二の足を踏むだろうということも。
案の定、常時装備する選択肢は棚上げされ、明日一度試してから導入するか、お蔵入りするか決めることになった。
「それよりさっきの続きなのです!」
夕食前だというのに、デザートを買いに行かされる羽目になった。
「ナーナ」
一緒に付いてきたヘモジが言った。『話さなければよかったのに』と。
「匂いで気付かれたんだよ」
「ナーナーナ」
しょうがないという素振りをされた。
さすがにこんな時間に『マギーの店』に行く住人などいない。店はガラガラ、店番がひとりいて売れ残りの番をしていた。
「いらっしゃいませ」
僕の顔を見て顔色が曇ったのが分かった。
我が家が常に何人分、購入しているか知っているからだ。恐らくショーケースに在庫が残っていないのだろう。
「すいません。もうこれしか残っていなくて」
予想的中。ポポラのタルトとパウンドケーキが四人分並んでいるのみだった。
「では、その残りを」
「かしこまりました」
彼女としては悪いことではない。在庫が捌ければ店仕舞いだ。今日は早く帰れますという満面の笑顔を返された。
「ナー」
心配そうにヘモジが僕を見上げる。
「四人分しかないからな。ロザリアとリオナとナガレとエミリーの分な」
アイシャさんは酒のつまみの方がいいだろう。
「ナーナ」
強がって僕の前を大手を振って歩いてく。
夕食を待たされた挙げ句、望んだケーキが売り切れだったことを既に知っているリオナは食卓に突っ伏していた。
食卓に降りてきたアイシャさんの足元にオクタヴィアが絡み付く。
「リオナは今日、何してたんだ?」
向かいの席に着いた。
「アスレチック建設現場の視察」
「作業現場が休みだったのよ。それをいいことに子供たちと予定地を一周してきたのよね」
ナガレが捕捉した。
「危ないことするなよ」
「現場監督には確認取ったのです! コースに不具合がないか、確認も兼ねてたのです!」
「まだできてないだろ?」
「整地は終わってるのです。大きな柱ももう立ってたです」
「ナガレも行ったのか?」
「行ったわよ。何するか分かんないんだから」
「で、どんな感じだった?」
「やってはいけないことをやってしまった感じね。あれもう一ヶ月もすれば完成するわよ」
「…… うそだろ?」
獣人のマンパワーを舐めていた。趣味も絡んでるとはいえ、冬まで保たないとは……
「冬の労働創出も兼ねてたはずなんだけど……」
雪が降る前にとんでもなく巨大なアスレチックコースが完成することになる。コースは年齢に合わせて様々あれど、標準コースで片道三時間である。
「マズ……」
今日は四十八階層の最後の扉、正解ルートの攻略なのでのんびり振り子列車で移動する。
情報は既にあるので暢気なものだ。
昨日、買った非常食をヘモジとオクタヴィアがお茶の席に何も言わずに出した。飛びついたリオナが犠牲になった。
「こら、ふたりで食べきる約束はどうした?」
「ふたりじゃ無理」
「ナーナ」
「急ぐこともあるまい? 保存食じゃ、日数掛けても腐らんじゃろ?」
アイシャさんの嫌みにふたりはむくれた。
「そうね、何か付けて試してみたら?」
ロザリアが提案した。
「今あるのはバター、蜂蜜、塩、マヨネーズ、チーズだけだな?」
僕はリュックからトッピングになりそうな物を取り出す。
「干し肉もあるのです」
『保存食のパンを美味しく食べるための試食会』が始まった。
「どれも美味しい! これならふたりでいける!」
「ナーナーナ」
現金な奴らだ。
「リオナも協力するのです」
ああ…… 蜂蜜を床に垂らすな!
「救助要請」
オクタヴィアが両手を差し出した。
オクタヴィアの両手が…… 蜂蜜漬けに。
浄化魔法を掛けてやった。さすがにその手で歩かれたら床が大変なことになる。
「チーズいけるわよ」
ロザリアも感心している。
「どうして保存食を不味いままにしておくですか!」
リオナが怒ったが「保存食だからでしょ?」とナガレに一笑に付されていた。
「生地が薄かったら塩でもいけるんじゃないかな?」
ロメオ君が言った。
「マヨネーズも美味しい」
「ナーナ」
マヨネーズはなんにでも合うよな…… 猫が手をそっと出す。
「救難要請?」
こくりと頷いた。
「オクタヴィア用のお手ふきを用意するのが先だな」
「ナナ」
もうある?
ヘモジが摘まんで見せてくれた猫のマークの入ったハンカチは既に蜂蜜でべたべたになっていた。
「そっちをまず助けようか?」
オクタヴィアが小さく頷いた。その口周りも蜂蜜とマヨネーズで相当酷いことになっていた。
迷宮攻略前に食べ過ぎてげっぷしてるのが三人。
「完璧」
どこが、と突っ込みたくなる。
迷宮に入ると早速、ソウルが出迎えた。
「エルリン、あれ貸すのです」
ここで使うのか?
この狭い通路で『煉獄の籠手』はどうかと思うが。
衝撃波でも倒せる相手に勿体ないとも思ったが、どこかで一度は試すのだから、まあ最初でも構わないだろうと納得して、『楽園』から『煉獄の籠手』を取り出した。
リオナの手に余る大きさだったが、詰め物をしてなんとか準備を整える。指関節一つ分が動かないが、拳で殴るから気にしないそうだ。
新品の魔石を嵌め込んで準備完了。
念のためにヘモジを護衛に張り付かせる。僕も結界を掛けるが、リオナの動きを追うのは一苦労だ。
敵がやって来た。
既にうちのメンバーのひとりが消えている。
現われたときには強烈な正拳突きを胸鎧のど真ん中に命中させていた。
その衝撃だけでも倒せたんじゃないかと思ったところに業火が舞い上がった。
距離を取るリオナの前にヘモジが割り込み盾を構える。
熱風が狭い通路に充満する。僕は結界でふたりを守りながら結界内の温度調整をする。
「凄いのです!」
無駄に熱いだけだろ?
すぐに炎も収まり、ソウルも息絶えた。
「熱っ!」
そりゃ、焼けた鉄板は熱かろう。
リオナは回復薬を指に垂らした。
関節部のビスが溶けて、可動部はもはや機能しなかった。修繕するくらいならいらないので置いていくことにした。
本流の通路はもう何度も通っているので罠の位置も敵の索敵範囲も把握している。必ず罠に嵌まってくれる間抜けなソウルもいるしな。
最後の扉まで来ると僕たちは中に飛び込んだ。




