エルーダ迷宮ばく進中(メッセンジャー)26
未確認の扉は後二つ。
本流を更に進む。正解の扉を飛び越して、最後の一方通行に入る。
「あらー、ここも赤土だよ」
「でも通路なのです」
これは少々都合が悪い。
石壁の通路に赤い砂塵が溜まっている。ソウルならまだしも、火蟻が通るには少々道幅が狭い。
そしてその先には蠢く反応が。
「一網打尽とはいかないよな」
細い通路に列を作られるのは目に見えている。
「同士討ちとかしてくれないかな?」
「オクタヴィア、やる?」
リュックから出てきて笛を口にする。
広範囲の敵に知られてしまうが、通路が細い分、囲まれることもない。影響は少ないと判断する。
「思い切りやっていいぞ」
「がんばる」
オクタヴィアが笛を吹いている間に、ロメオ君たちは別の罠を仕込み始めた。
「床を水浸しにして、雷を入れよう?」
火蟻の硬い外殻を貫通するのは正直難しい。見えている敵しか倒せないとなると長期戦は必至である。少しでも隙間から後方を狙う手を考えないと。
オクタヴィアの使役の笛に操られ、同士討ちを始めた火蟻を余所に、アイシャさんが一段高い足場を作った。
ロザリアが明かりを群れの上空に投下し、全員が足場に乗った。
床に水が撒かれ始めた。
前衛の火蟻は動揺を隠せなかった。結界に火を吐き、もがくように爪を立てた。
僕たちは敵の接近を防ぎつつ、足元に水が満ちるのを待った。
後ろの方では同士討ちが続いていて騒がしい。
「ナーナ」
ヘモジが気力を使い果たして萎れているオクタヴィアの存在を僕に知らせた。
「大丈夫か?」
「薬飲む、平気」
リュックのなかに頭から入っていった。
「ちょっと、話が違う」
ナガレが突然、愚痴をこぼした。
「どうした?」
溜まると考えていた水はとめどなく薄く広がり、石畳に吸収され、尚且つ手を止めたことで乾き始めた。思った程奥の方まで届いていないようだった。
通路を水没させるぐらいじゃないと駄目か?
距離を取れないのがつらいところだ。
足場をもっと高くして水量を増やそうか?
いっそ何もかも凍らせてしまうか?
考えている間に火蟻の吐く粘液と反応して、大量の水蒸気が発生して視界を奪い始めた。
「なら、乾く前に!」
ロメオ君が持てる力を振り絞って雷撃を放った。
キーキー叫んでいた蟻が静まった。
が、吹き飛んだのは火を吐いていた前列だけだった。
火を吐く位置にいない連中も何匹かは雷で焼け死んでいたけれど、ほぼ麻痺はすれども破裂することなく無傷であった。破裂で巻き添えになったのも前列の数匹に留まった。
なんとも中途半端な結果になった。
視界が遮られているせいで高い位置から一網打尽にできないところが痛い。
周囲の温度も上がる一方だ。
面倒臭いことになったと、全員が思った。
後列が前列の亡骸を足蹴にしながら、怯えることなく前線を押し上げてくる。
「どうする?」
撤退するか?
渋滞に嫌気が差した後続の火蟻が壁や天井を伝って無理やり前進してくる。
「正攻法の方が早そうじゃな」
アイシャさんが呆れて言った。
「死体の山が邪魔よ!」
思うように戦えないナガレが水流を山にぶつける。
「その内魔石に変わるだろ」
「待てないわよ、面倒臭い!」
雷を落とした。
また前衛の数体が吹き飛び、周囲の仲間を巻き込んだ。
死体の山がまた増えた。
「もう、通路が塞がれちゃうじゃない!」
ナガレがうるさいので、衝撃波を放つが、前線は後退してくれない。
後ろが詰まり過ぎなんだ。
「こっちが穴掘って移動したいくらいじゃな」
「まあ、数も無限にいるわけじゃないしね」
ロメオ君も手を止めた。
「やっぱりこのエリア攻略の味噌は戦わないことなのかしらね?」
ロザリアが地下七層の攻略法を引き合いに出した。
「戦わないことが攻略法だっけ?」
「いや、さすがにこの混みようでそれはなかろう? 隠れて進める幅などないしの」
あの頃はまだ、アイシャさんとも知り合っていなかったんだよな。
「このレベル帯で虫除けが効くとも思えないしね」
「買ってきて試してみればよかったわね」
「そろそろじゃな」
第一波が魔石に変わり始めた。
できた隙間を埋めるかのように次々敵が押し寄せてくる。状況はあまり変わらない。
雷を落として吹っ飛ばして。魔法や銃弾を浴びせても、あっという間に壁が再生する。
「頭、発見!」
「ナーナ!」
火蟻の頭が死体の山から覗く度にリオナが狙撃し、ヘモジがハンマーでぶっ叩いた。
「オクタヴィア、もう一度吹けるか?」
リュックから頭を出したオクタヴィアから甘い香りが漂ってきた。
「クッキー食べたな」
「内緒」
「よくこんな場所で食べられるな」
「リュックのなか、消臭効果あるから平気」
肩に乗り、笛を両手に挟むと息を吹き込んだ。
ピー。ケホケホ。
クッキーのかすが喉につかえたようだ。気を取り直して、ピー、ピー。
死体の山の向こうがまたざわめき始めた。
これで待っている間も幾らか数が減ってくれるだろう。
「凍らせるか?」
「ナーナ?」
「その手があったのです!」
焼き尽くす方もあるぞ。臭いのせいで二名程戦闘不能になるけどな。
「やってしまうのです!」
「ナナーナ」
粉砕する?
「こっちまで凍らせないでよね」
「じゃ、ここは杖で」
僕は杖を取りだした。
そしてウィスプの如き氷の渦を…… 無理か。
衝撃波も効かない渋滞の壁と狭い通路が空気の流れを制限する。
「しょうがないな」
火蟻そのものは無視して空気を冷やしていく。そして隙間に冷気を送る。
暖まっていた空気の温度が一気に冷めた。
これには火蟻も気付いたようで浮き足だった。
手前から順番に霜が付いて白くなっていく。
後続がつかえて動けないのが仇となった。やがて動けなくなり、完全に凍りついた。
ヘモジが固まった火蟻の氷像群を豪快に叩き崩した。
アイシャさんも衝撃波を放って、一気に視界を広げた。
「最初からこうすればよかったのに!」
ナガレに突っ込まれた。
雷攻撃に執着してたのは誰だよ。
「ナーナーナ!」
獲物を一気に粉砕されてヘモジがアイシャさんに文句を言っている。
「後ろだ」
まだ息のある火蟻がヘモジを襲った。
ナガレの雷が火蟻に落ちた。が、放電した雷がヘモジを襲う。
火蟻の破裂にも巻き込まれて、ヘモジが吹き飛ばされて戻ってきた。
「雷禁止なのです!」
リオナも危うく放電に巻き込まれるところだった。
「ごめん……」
「ナーナ!」
煽りを食らっただけで、ダメージを食らってはいなかったのでケロッとしている。いや、むしろ面白がっている。
だが、ヘモジもリオナも前に出るのをやめた。
完全に僕とアイシャさん任せになった。
ようやく先が見えてきたのは、アイシャさんが五発目の衝撃波を撃ち込んだときだった。
通路を塞ぐ程の数もいなくなって、ようやく奥を見渡せるようになった。
同士討ちをした死骸の数が思いの外多かった。
オクタヴィアが自分の成果を興味深げに見下ろしている。
「やっとか……」
「マップ情報がないわけだね」
魔石はもう屑石にしかならないだろうから、誰も回収しない。
「二度と来ないぞ」
「だったら、なおさら念入りに調べないと」
ロメオ君が言った。
「でもそろそろ帰る時間なのです」
「……」
時間が掛り過ぎた。元々時間が押していたから、尚更だ。
「もう一度来る?」
ロメオ君の問いに皆、無言になった。




