エルーダの迷宮再び(巻き込まれて脱出)5
リオナはプレートメイル男以外に万能薬を振る舞った。
男は扉の下敷きになって気を失っている。
「なんだ、この薬? 傷も疲れも引いていく」
前衛職の兄さんが言った。
「魔力も回復していくわ」
魔法使いのお姉さんも驚嘆している。
「万能薬なのです」
リオナがばらした。
そして全員が大きな誤解をした。
リオナと僕が万能薬を大量に買えるほど優秀な冒険者だと。
なぜあのプレートメイル男と同じ、金持ちの放蕩息子だと思わなかったのか?
オーガが棍棒を振り上げ、『威圧』を含んだ怒声を上げた。
耳をつんざく空気の振動が鼓膜を襲う。
魔法使いの誰かが風の矢を放った。
風の矢はオーガの顔面を見事に捕らえた。
『威圧』の効果を打ち消された。
怒ったオーガはあっさり挑発され、無翼竜から飛び降りると、魔法を放った魔法使い目掛けて突進した。ゴーレムより小柄といえど、それでも人の一.五倍はある巨体だ。
あれを食らったら一溜まりもない。
だが突進は僕の結界に阻まれ、壁に激突したかのように後方にのけぞり、床に倒れ込んだ。
オーガは起き上がると腹立ち紛れに棍棒をがむしゃらに振り回した。が、打撃はことごとく跳ね返された。
攻撃が無力だと悟るとオーガは地団駄を踏んだ。
そこへ前衛職の二人組がスキルを放った。
どうやらオーガは任せろということのようだ。
で、こちらへの、無翼竜への応援は?
「……」
ないんですね?
オーガの一撃一撃だけでもむちゃくちゃ重いんですけど……
もう一体も相手にしなきゃいけないのかと思うと涙が出る。
リオナ、お前のせいだぞ。
まぁ、短期決戦で一体を集中的に叩くのはセオリーではあるが、こっちがそれまで保つかどうか。
無翼竜の動きは速かった。
大きな口を開けて、リオナ目掛けて一直線に飛びかかってきた。
リオナは横に回避しながら、でかい口のなかに銃弾をお見舞いした。
見事に口のなかが吹き飛んだが、驚いたことに無翼竜は生きていた。
角度が悪かったのか?
弾は片側の頬を吹き飛ばしただけのようだ。
脳震盪ぐらい起こせよ。どんだけ頑丈なんだ。
二チーム分、結界を張っているせいで僕は動けなかった。
また誰かに地味だと言われそうだが、今は全員の盾になるしかない。肝心の盾は職場放棄した挙げ句に、気絶しているのだから。
今は周りを信じて固定砲台付きの壁として機能するのみである。
リオナを払おうと振り上げた無翼竜の長い尻尾目掛けて、僕はライフルを連射する。
駄目だ! 切断できない。レベル五十台には通常弾は効かないのか?
空になった薬室に僕は『魔弾』を装填する。
怒りで痛みを忘れているのか、また長くて大木のような尻尾がリオナ目掛けて振り下ろされた。
「リオナッ!」
床に叩きつけられた尻尾をリオナは今度も容易く回避した。
そして薙ぎ払いにきた尾を切りつけて、僕のところに逃げてくる。
「危なかったのです」
「結界から出るなよ」
「リーチが短いのです」
確かに短剣では結界から出ないといけないけれど、なんのために鉛の弾が仕込んであるのか考えてほしいな。
リオナは赤柄の銃を全弾ぶっ放して敵を牽制した。
僕は両足をふんばり、二体の攻撃を必死にこらえる。
五十台、二体はやばい…… 気を抜くと突破されそうだ。
どっちでもいいから一体仕留めてくれ。タイミングをずらして同時に来られたらたぶん持たない。
『だらしないのぉ、この程度の攻撃で音を上げるとは』
声が聞こえた気がした。
「何か言った?」
「今忙しいのです」
無視された。
リオナは弾倉に弾込している。
気のせいか?
その間、門番さんが対峙して、注意を引きつけてくれている。
弾込が終ったリオナが前線に猛烈な勢いで復帰していく。
入れ替わりに門番さんが戻ってきて、呼吸を整える。
「結構ハードだな」
全くです。
オーガは相変わらず手に持った棍棒を振り回し、見えない壁に当たり散らしている。が、もはや満身創痍である。あいつには逃げるという選択肢はないのか?
そして次の瞬間、のど元に光るものが。
風の刃と槍持ちの一振りがオーガの首に致命傷を与えた。
「こっちは終ったぞ!」
向こうのパーティーから声が掛かった。
「こっちもとどめを刺すのです!」
リオナが呼応した。
できるのか?
僕はリオナだけに注意を向けた。
無翼竜はとぐろを巻いて傷ついた自身を防御している。
リオナは容赦なく撃ち抜いた。
とぐろに大きな風穴が空いた。
辛抱できなかった無翼竜が絶叫しながら爪と牙でリオナを襲う。
リオナは銃を一発ぶっ放した。
そして反動を利用して後ろに飛んだ。
無翼竜の顎が空を噛み、首が伸びきった。
次の瞬間、リオナは堅い鱗に包まれたトカゲ頭目掛けて剣先を突き立てた。
そして自分の身体を引き寄せると、もう片方の手の銃口を鱗の隙間にねじ込んだ。
ボンッ!
鮮血と肉片を撒き散らして、頭が丸ごと吹き飛んだ。
無翼竜のとぐろが崩れて、ゆっくりとはだけていく。
リオナは血を浴びて真っ赤に染まっていた。
「結界から出るからだ」
僕は水魔法と浄化の魔法を掛けてやった。
「臭うのです」
袖をクンクンと嗅いでいる。
「無茶すんなよ」
僕は消臭の魔法も掛けた。
「お腹空いたです」
そして尻尾を僕にスリスリしてくる。
門番さんが向こうのパーティーと話をして、全員で撤収することになった。
こともなく、僕たちはあちらのパーティーが開けてくれたゲートを潜った。
無事生還することができた。
例のプレートメイル男は伸びたまま地上に運ばれた。
すぐに懲罰動議に掛けられ、パーティーは違約金を取られることなく解散が許された。
男は僕たち三人とパーティーメンバーに多額の賠償金を払う羽目になった。
末っ子とはいえ、伯爵家の小倅だ。しかも恐れ多くもヴィオネッティーである。
男は青ざめ、やがて項垂れて実家に送還されていった。
後日、口座に振り込まれた多額の賠償金に疑問を持った姉さんがリオナを問い詰めた。
リオナは一部始終というか、すべてを自慢げに語り、すべてが露見した。
今なら姉さんの気持ちが分かる。無茶をするリオナにどれほど肝を冷やしたことか。
心配かけた分だけ頭を下げよう。
だが姉さんは怒らなかった。「大変だったわね」の一言で済んでしまった。
拍子抜けである。
一方、リオナはヴァレンティーナ様に厳しい稽古を受ける羽目になった。
本人は「面白かったのです」と反省の色はない。
目的だった新型の転移結晶の性能調査であるが、町の外、東に徒歩で一時間程の距離で使えることが分かった。
「半端だ。一時間は半端すぎる」
別の手を考えなくてはならなくなった。
「楽しかったのです。今度はいつ行くですか?」
リオナは迷宮探索が完全に気に入ってしまったようだった。
アトラクションか何かと勘違いしてるんじゃないのか?
今も僕の横でソファーに転がりながら『エルーダ迷宮洞窟マップ』を鼻歌交じりで眺めている。
仕方ない。ロメオ君と相談しよう。ご両親も来たようだし、窓口業務から開放してもらえるかも知れない。
「あーあ、往復するいい方法ないかなぁ」




