マルサラ村水害騒動1
皆をゲートまで送ると、僕はまず『銀団』のギルドハウスに寄り、本日の収穫を卸した。
連日の入荷、相応のレベルの防具を大量に入手できたことに職員は喜んだ。
お礼にケーキをご馳走になった。
リオナも一緒に連れてきてやればよかったかな……
一方、ソウル品をどうするか、決めかねていた。売ってしまったら最後、高値で買い戻さなくてはいけなくなる。必要があるなら売らずに加工の発注を掛けないといけない。
いらなさそうな物だけは売ってしまうか。馬の鎧とか、馬の鎧とか。
ギルドハウスを出ると今度は冒険者ギルドの事務所である。
最近マリアさんの顔を見ていない気がする。
天気のせいもあって、客は少なかった。だからだろうか、事務所のなかはのんびりとした雰囲気が漂っていた。
僕は上級用の掲示板を見に二階フロアに上がった。
「コモド討伐は……」
必要なら商会から直接発注が来るはずなんだけど…… 四十七階層の情報開示も進んでいるから、他の冒険者にもということか?
「あった」
部位ではなく『全身の授受』とあるので、依頼主は九分九厘『ビアンコ商会』だ。報酬は時価で、回収品の状態を見て決めるらしい。最低額の保証もない。ドラゴンなら何かしら売れるだろうが。完全に後受け狙いの依頼だ。
もしかしてこれは有料情報を売るための仕掛けか? 迷宮のどこを探してもコモドドラゴンは見付からない。となれば、有料情報に目が行くに違いない。料金の高さから考えて、それくらいの裏読みをする奴らが現われてもおかしくない。
姉さんたちの仕掛けかな?
冒険者ギルドはそもそも売る気はない。被害が増えることが分かっているからだ。
「どの道マルサラ村には必要だろうし」
他の依頼書を見る。
そう言えばじっくり見たことなかったな。
今まで倒してきた魔物たちの部位が結構な高値で取引されていた。
「うわっ、全部捨ててたわ」
オルトロスの牙や爪、首輪が結構な値段で取引されていた。
ミノタウロスのおまけぐらいにしか思ってなかったのに。トータルで考えたらとんとんだ。
相変わらず空はどんよりとしていた。
このまま帰るのも暇なので、ちょっと寄り道することにした。
コモドを見ていこうか。
四十七階層の酒蔵の糸玉だけはいつもリュックに入っている。目的は宝物庫狙いなのだが。
僕は酒蔵に飛んで落書きを見た。
「おや?」
戦闘が始まらない。
「あ、リセットしてなかった!」
前回、姉さんたちを案内したときのままだった。
糸玉を一旦しまって、ゲートを入り直し、改めて糸玉を使った。
地面が揺れた。
地上に出るとコモドとミノタウロスの戦闘が始まっていた。
「上手く肺が残ればいいが」
戦闘は直に終わった。今回勝利したのはコモドだった。
まだ息がある。
のっそりとだが、かろうじて動くことができた。
回復が始まっている。
肺も修復したようで、喉袋に炎を蓄えることができるようになっていた。
これ以上回復されては面倒なので、僕はライフルを構えた。
コモドを姉さん御用達の解体屋に送ると、宝物庫のお宝を回収して帰宅した。
雨が降っていたので、帰宅すると転移部屋から飛空艇の格納庫経由で、僕は棟梁の元を訪れた。
「マルサラ村から依頼来ました?」
「いや、領主と冒険者ギルドからだ。マルサラを往復するための移動手段を確保したいと言ってきた。資金は共同で出し合うそうだ」
僕はコモドを送ったことを知らせておいた。
「それはいい。ユニットはできておるからな。後は客室をどうするかだけじゃ。今日のような天気を考えると屋根も欲しくなるの」
どうやら二隻を一度に用意するらしい。
「今使ってる小型艇は?」
「騎士団が買い取りたいそうだ。街道の巡回警備に使いたいと言っておったぞ」
中型艇を手に入れたから、今更いらないし。税金の足しにでもして貰おうかな。
帰り際、商会でも使いたいからどんどん肺を持ってきてくれと言われた。
棟梁が催促するなんて珍しい。
商売に使うにもちょうど使い勝手のいい大きさなのだろう。
あまりやり過ぎるのはよくないが、あの四十七階層は人為的にリセットが効く唯一のフロアだ。コモド狩りを一日中繰り返すことも可能である。でもそんなことをすると他の部位が飽和状態になって仕舞うのだけれど。いっそ、肺だけ回収して魔石にするか……
家に帰ると僕は地下に下りて、荷物を下ろした。
我が家の宝物庫ではロメオ君が調べ物をしていた。
机や椅子や手元を照らす照明など完全な作業ブースができあがっていた。
僕の宝石加工用の作業机も相俟って、宝物庫と言うより作業室に見えた。
「宝物庫行ってきたの?」
僕が回収品を下ろしているのを見て、ロメオ君が言った。
「ギルドの掲示板見たらね。行きたくなっちゃって。それより依頼したのロメオ君ちのギルドだったよ。ヴァレンティーナ様と折半みたいだけど。一度に二隻購入するみたいだよ」
「ええ? ほんとに?」
「棟梁に聞いてきた」
「何も言ってなかったけど」
「取り敢えず肺も二つ、手に入れたからね」
「どうやったの?」
「いつも通り共倒れして貰っただけ。たまたまコモドが勝ったから、肺を治癒する時間を与えたんだ。羽まで回復して飛んで行かれたら困るから、その前に」
ライフルを撃つ仕草をした。
「これからは肺を獲るのも楽勝だね」
「ミノタウロスを一々殲滅する手間がいらないだけでもよかったよ。これからは程よく負けて貰えれば」
ロメオ君は笑った。
僕も夕食まで宝石加工をすることにした。
次のオークション目指して大玉を磨くことにした。
僕とロメオ君が静かに作業をしていると階段を早足で下りてくる音がした。
「若様。お客様です」
エミリーだった。
「お客?」
「ロメオさんのお父様です」
「父さん?」
「急ぎのようです」
僕とロメオ君は急いで地上に戻った。
すると雨具を被ったままエントランスに立っている親父さんがいた。
「どうしたんですか?」
「今すぐ飛空艇を飛ばしてくれ。マルサラ村の上流で土砂崩れが起きた。そのせいで川が堰き止められちまったんだ。流れが変わるか、決壊したら、マルサラ村が危ないかもしれん。住人は安全な場所に移動させているそうだが、村を救ってやってくれんか」
「全員出かけるぞ! 装備しろ!」
裏口から足音がドタドタとやってくる。
「若様!」
テトたちだった。
「チコも行く!」
チッタもピオトもいる。
僕は頷くと「行くぞ。準備しろ」と声を張り上げた。
全員地下に雪崩れ込んだ。制服にお着替えだ。
「兄ちゃん、俺も行くぞ!」
ピノとレオが表玄関から飛び込んできた。
「お前、狩りに行ってたんじゃ?」
「ただいま、僕も行きます」
「アンジェラさん、すいません。夕飯は後で――」
「いいから、行っといで」
「父さんはどうするの?」
ロメオ君が父親に声を掛けた。
「俺は一緒に行っても役には立てん。補給物資を用意して小型艇にスタンバイさせておく。何かあったら知らせてくれ」
僕たちは格納庫行きのゲートを潜った。




