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エルーダ迷宮ばく進中(メッセンジャー)21

 敵の襲来を警戒した。

 勇んで皆、一歩踏み出すと「止まれ!」とアイシャさんが叫んだ。

 僕は立ち止まり、反射的に結界を強固にした。

「罠あった」

 オクタヴィアの視線の先に目を向けると、床全面に罠が仕掛けられていた。

 試しにいらない鎧を放り込んでみた。

 床に触れた途端、石畳みが崩落した。それだけではない。正面の柱を含めて三方から槍の束が飛び出てきた。

 床で跳ねた鎧は落下するよりも早く、槍に串刺しにされた。

 床下を覗き込むと、穴の底からも槍が突き立てられていた。

 皆、言葉を失った。

 やっと敵に会えると意気込んだら、この様とは。

「ナーナ?」

 ヘモジとオクタヴィアが扉を閉めた。

 そして開けた。

「戻った!」

 仕掛けがまるでなかったかのように元に戻った。

 ヘモジがミョルニルを伸ばして床を叩いた。

 同じ反応が起きて、床が抜けた。槍が四方から襲いかかってきた。

「ナーナ」

「いいこと思い付いた」

 ヘモジとオクタヴィアはもう一度扉を閉じて、また開いた。

「敵、おびき寄せる!」

 オクタヴィアが笛を吹いた。

 近場にいた敵が一体、動き始めた。

「来るのです!」

 反応は間違いなくこの通路を通って接近してくるようだった。今度こそ壁のこちら側だ。

 僕は『竜の目』で遠くを見ることを止めた。今は至近距離に限っている。

 広い視野が壁の向こうのノイズまで拾っていたせいで敵の策に嵌まっていたと気付いたからだ。

 ここまで来られるパーティーには壁の二、三枚向こうまで見渡せるトレーサーが必ずいるものだ。それを逆手にとって入り組んだ構造で巧みに通路上にいるように思わせているのだ。

 例えば蛇行した道の振幅の中心に敵を順に配すると、トレーサーにはそこに一本の直線があるように映る。蛇行する通路を平行して何本も並べることによって容易く同じ仕掛けを作ることができるのだ。敵の数がやたらに多く感じたのはそのせいだ。一人何役もこなしていたのである。

 遠巻きに数を調べたときの情報と、目に入ってくる情報の差異が、僕たちの最大のイライラの原因だったと知る。書きかけの地図で確認できれば答えは出るだろうが…… 笛の音に誘われた敵が寄ってきた!

「ナ、ナーナ」

 百倍返し? やめろ『闇の信徒』がやってくる。

 敵が直線に入った。こちらを見付けて猛烈な勢いで突っ込んでくる!

 僕は結界を扉の位置に固定して、敵と接触するときを待つ。

 敵が罠に掛った。

「ああッ!」

 失敗に気付いた。鎧が回収できない!

 目の前に串刺しになった鎧武者が槍の束にぶら下がっていた。

「ナー……」

 予想外の結果にヘモジは膝を突いた。

 僕も頭が疲れているのか、当たり前のことが予測できなかった。

 だが、既に次が来ていた。

 急いで扉を開閉して罠をリセットした。破損した鎧が床下に落ちずに床の上に転がっていた。

「どうやって回収する?」

 ロメオ君も考え込んだ。

 手を出せば罠が作動して更に破損する。

 次の敵も来ているし、罠の発動は必至。どちらにしてもここで戦っていたらアイテムの回収はできない。大体敵が罠に嵌まった位置はここからかなり遠いところだ。こちら側から向こう側には行けそうにない。

 となれば最後の扉が向こう側に渡る唯一の道だということになる。このエリアで完結すればの話だが。

 敵が罠に掛るのを確認して、僕たちは扉を閉めた。

 念のために向こう岸に石を幾つも放り込んで、目印にした。

 隣りの壁に最後の扉がある。

 ロメオ君のマップを見るも、いつもの正確さは見受けられなかった。恐らく壁の厚さにまで細工が施されているのだろう。

 だが、大体の見当はこれで付いた。とんでもなく入り組んだ道が複雑に、実は単純に構成されていた。

 ラスト一本である。概要は既に見て取れた。


 扉を開けるといきなり見つかった。

 衝撃波一発で、仕留めた。

 今までの鬱憤が籠もっていたか。少々派手に行き過ぎた。

 罠を確認しながら、慎重に進む。

 皆、普段の感覚を取り戻していた。

「敵発見!」

 オクタヴィアが笛を吹く。

「反応が消えた!」

 僕たちは笑った。なぜか大笑いした。おかしくて涙が出た。

 反応が消えた場所に急いだ。

「ああ! ミスルル」

 オクタヴィアが舌を噛んだ。

 ヘモジが振り返って笑った。

 ミスリルのフル装備回収だ!

 罠は丸太の振り子落としだった。

「ミスリルがこんな古典的な手にやられるとはね」

 ロメオ君も調子が戻ってきた。

「最後にご褒美といったところじゃな」

 まったくだ……

「敵発見!」

 マップ上に残る敵は後三体! すべてこの通路上にいるはずだ。


 これ以上、手のこんだことはなく、抵抗なくスムーズに小石の落ちている床に辿り着いた。

 壁の凹みに宝箱が隠れていた。

「地図なのです」

 たった今攻略の済んだこのエリアの地図であった。

 ロメオ君が自分で記してきた地図と見比べる。幾つも疑問があったのだろう。それを今確認している。

 僕たちはロメオ君の労をねぎらい、地図から顔を上げるのを待った。

「大変だったわね」

「疲れたのです」

「ナーナ」

「『甘いもの食べたい』だって」

 夕方のおやつ用に残しておいた、一人一個ずつのおはぎを取り出した。

「お待たせ」

 ロメオ君の顔も晴れやかだ。

「適当な階でおやつにしよう」

「なら十一階層で」

 ナガレが珍しく、注文を付けた。

 何をする気か、全員が気付いている。

 僕たちは脱出用の魔石で外に出ると、地下十一階に下りた。


「いい天気だ」

 山間を抜ける冷たい風が心地よかった。

 見晴らしのいい草原に腰を下ろして、お茶の用意をした。

「この時間じゃ、眠り羊はもういないんじゃないかな」

「ここはいつも冒険者で一杯だからね」

 保管箱のなかから、ヘモジはおはぎを二つ取り出すと、一個をオクタヴィアに渡した。

 オクタヴィアは小岩を背もたれにしておっさん座りをすると股の間におはぎをでんと置いて上の方から舐め始めた。

「ナァアアア!」

 ヘモジが突然叫んだ!

「どうした!」

 斜面をおはぎが転がり落ちていった。

 鳥が降下してきて、そのおはぎをくわえると空高く舞い上がって山間の空に消えた。

 僕が自分の分をやろうとするとオクタヴィアが自分の分を差し出した。

 ヘモジが躊躇するのが分かった。そりゃそうだろ。いくら善意と言えど、毛の付いたおはぎなんて。

 僕はオクタヴィアが心を痛める前に、僕の分をヘモジに与えた。

 オクタヴィアの頭をさらりと撫でた。

 ふたりとも嬉しそうに景色を眺めながら食べ始めた。

 リオナが入れてくれたお茶を貰った。

「半分こなのです」

 リオナがおはぎを分けてくれた。

「いないわね」

 ナガレが呟いた。

 いるとしたらもっと奥の街道を外れた先だろう。

「いたずらするなら、朝の方がいいんじゃないか?」

「そんなことするわけないでしょ!」

「……」

 僕に向けているのは『羊の金槌』じゃないのか?

「みんなお前がこのフロア指定したときから気付いてるぞ」

「そんなんじゃないから!」

「いいからおはぎ食え。リオナに取られるぞ」

「ああ! リオナ! わたしの分!」

「惜しかったのです」

 ロメオ君は草に座り込むと、おはぎをくわえながら地図を開いて、記録を地図に転記し始めた。

 ロザリアとアイシャさんは岩に腰掛けお茶を楽しんでいる。

「ナーナ」

 ヘモジたちも食べ終わったようで、お茶を貰いに来た。


 帰り掛け、オクタヴィアはきれいに洗われ、浄化されてしまったお腹をまさぐった。

 悲しそうな顔を主人に向けた。


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