表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
852/1072

エルーダ迷宮ばく進中(ワカバのために)15

「バックラー?」

 丸い小さな盾を腰に提げていた。片手斧に丸い盾がワカバの戦闘スタイルか。

「こいつを拳代わりに敵にぶち込んだるねん」

 怖いねぇ。

「当たると(いて)えど、はっはっはっはっ」

 トレド爺さんも楽しそうだ。

 バックラーというのは敵の攻撃を受け止める盾とは違い、敵の切っ先に当てて逸らすのが目的の盾だ。切っ先を逸らせるだけでなく、相手をぶん殴るときにも使えるので、考えようによってはこれもまた二刀流だ。

 ヘモジが真似しそうだな。

「ナ?」

「じゃ、行くか」

 

 地下一階から出るとすぐに草原が広がっていた。

「久しぶりだね」

「懐かしいのです」

 ロメオ君とリオナが懐かしがった。

 早速こちらを見付けた餓狼がいた。

「餓狼なのです」

 餓狼という名の魔物は実のところ実在しない。意味するところは飢えた狼、そのままである。正確には『牙狼』なのだが、迷宮内ではなぜか『餓狼』で名が通っている。見るからに食料にありつけていない弱々しさと、執念深さを体現した存在であった。

「うちがやる!」

 僕たちはトレド爺さんに判断を仰いだ。

「大丈夫だべさ」

 餓狼が遠くから駆け寄ってくる。

 こちらの射程には既に入っているが、誰も何もしないで様子を伺った。

「いいの? せめてタイミングだけでも」

 ナガレが聞いてくるが、トレド爺さんは「あの程度なら、黙って見とったらいいべさ」とどこ吹く風だ。

「行くでーッ! うりゃあああああッ!」

 走った!

 ワカバが押し寄せる三匹の餓狼目掛けて突っ込んだ! 餓狼は驚き、散開した。ワカバは斧を投げた!

 一匹の眉間に見事に命中した。

「ナー!」

 ヘモジが感嘆の声を上げた。と同時に僕の肩によじ登り始めた。

 僕はヘモジを掬い上げて肩の高さまで持ち上げた。

 ヘモジは僕の肩に飛び乗ると振り返り、遠くを見渡した。

 重い…… オクタヴィアとふたり……

「こら、立つな!」

 ふたり揃って僕の肩の上で立ち上がった。

 バランスを取るために僕の顔に身体を預けてくる。

 オクタヴィアはいいが、ヘモジ、痛い。お前は装備があるんだから押し付けてくるな。

 ワカバが武器を放り投げたことで、武器を手放したうまそうな小熊が目の前にいると餓狼は油断した。

 残った二匹は猛烈な勢いでワカバに急接近した。

「うおおおりゃあああ!」

 バックラーで二匹まとめて顔面をぶっ叩いた。

 腰から解体用のナイフを取り出すと、脳震盪を起こしたか、頭蓋が陥没したか、首骨が折れたかして倒れ込んだ餓狼の首に叩き込んだ。

 すかさず、足を引き摺っている残り一体に詰め寄ると眉間にナイフを突き刺した。

「斧投げちゃいかんだろ」

 トレド爺さんの指導が入った。

「あんなのに時間掛けとったら、かあちゃんに笑われるわ」

 ああ、なるほど。あの投げっぷりは母ちゃん譲りか。

 まあ、確かに餓狼倒したって屑石しか出ないしな。剥げる皮もないし。

 サッサとゴブリンの砦に行こうか。

 斧を拾って次を目指す。

「将来有望ね」

 ナガレはそう言ったが、ロメオ君は怖いもの知らずだと評した。

「ワカバは投げナイフを大量に持っておく方がいいのです。投げるならそっちを投げるようにすればいいのです」

 リオナが建設的な意見を述べた。確かにそうだ。

「軽いと当たらへんねん」

 だったら投げ斧かな。

 それにしてもすんなりいったな。もっとバーサーカー的なものを予想してたんだけど。

 遠くにゴブリンの弓兵がいた。まだこちらを捉えてはいない。

 鎧の性能を調べるにしても、弓は危ない。

「どうする?」

「接近は駄目なのです。側に仲間が一杯いるのです」

「ワカバは遠距離攻撃はどうしてるんだ?」

「普段の狩り場にこんな距離届く奴おらへんわ」

 あのゴブリンももう少し接近しないと届かないけどな。初級迷宮の序盤ならそうだろうな。

「どうする?」

「お願いした方がいいベ」

 トレド爺さんの言葉に素直に頷いた。

「うちの盾は小さいからな。任せたるわ」

 するとうちの連中がじゃんけんを始めた。

「ナーナーナ!」

 勝ったのはヘモジのようだ。

 ヘモジはどこからかボーガンを出してきた。今からボルトの装填するのかよ……

 地面に立てて弦を引っ張り上げた。

「なんやそれ?」

「ナーナーナ」

「うちにも貸して!」

「ナーナ!」

「『子供には無理』だって」

 オクタヴィアが通訳してくれた。

 ボルトのセットが完了すると、ヘモジははぐらかすように草むらに突入していった。

 全員が小声で突っ込んだ。

「お前が言うか!」と。

 コテン、とゴブリンが倒れた。

 戻ってきたヘモジの手にはもうボーガンはなかった。

「隠したな」

「隠したわね」

 ロメオ君は笑った。

「笑い上戸なのです」

「ナーナ」

 ヘモジは背中に隠していたゴブリンの弓をワカバに見せた。

「くれるんか?」

 ワカバの目は輝いた。が、矢筒には三本の矢しか入っていなかった。

 弓兵が倒されたことを知ったゴブリンたちが、チラホラ現れ始めた。

 ワカバの弓はトレド爺さんに取り上げられた。

「防具を試すんだべ?」

「ええやんか、試したかて!」

「実戦で練習なんかしたら駄目だべ! いくら迷宮でも命を冒涜しちゃなんね」

 ぐさっと来た……

 久しく忘れていた感情だ。そうだ、まだワカバは幼いんだ。情操教育を無視しては駄目だ。

 僕はリオナを見た。

「大丈夫なのです。リオナはいつでも全力なのです!」

 それもどうかと思うけどな。

 それよりも、敵がゾロゾロ現われ始めたぞ。

「おびき寄せるか?」

「突撃したる! 弓兵は頼んだで!」

 飛び出そうとしたところでトレド爺さんに襟首を掴まれた。

「蛮勇は勇気にあらずだって、いつも言ってるべさ!」

「ゴブリンなんてチョロ過ぎるわ!」

 僕たちがデビューしたときも雑魚だったけど警戒は怠らなかったぞ。あのときは別の敵もいたしな。

「やってきた敵だけ叩くって方法で行こう」

 ロメオ君が言った。

 姿をさらしておびき寄せながら、少しずつ狩りを進めていくやり方だ。

 間接攻撃だけ注意して、思う存分やって貰おうという話である。

 少なくても結界を張る僕はその方が楽でいい。

「分かった。そうしたるわ」

 と言うわけで、積極的消極策を取ることにした。


 ワカバの戦闘は揺るがなかった。

 ゴブリンが相手では勝負にならなかった。

 なるほどリオナが褒めるだけあって、才能の片鱗が見え隠れした。が、どうしても突っ込み癖が治らない。

 その分、装備のお試しはできているのだが、短い人生だったなんて、過去形で言いたくないぞ。

 そうこうしているうちに砦の雑魚が粗方片づいた。

 残るは砦のリーダー格だ。

 砦柵を幾つか越えるとそこにいました、ゴブリンリーダー。

 ワカバにとって強敵になり得るのか?

 ナガレが雷を落とした。

 側にいた腹心連中をすべて一撃で倒した。

 これにはトレド爺さんも目を丸くした。

「ちょうどいい相手なのです」

 リオナが焚き付けた。

「あれがリーダーやな!」

「露払いはしてやったわよ。思う存分やるといいわ」

 ナガレ、どういうつもりだよ?

 ナガレがこっそりお腹を指差した。

「あ!」

 そうか、もうすぐ昼か。

 ワカバの集中力が切れる前に、きれいに終わらせてやろうということか。

「いけるですか?」

「問題ない!」

 問題大ありだ。今回の敵は盾持ち剣士だ。今までのように上手くはいかないだろう。がたいもワカバよりでかいしな。苦戦するだろう。

「行くでーッ。うおりゃああああ!」

 飛び込んで不意打ちをかました。

 が、リーダーの反応は速かった。ワカバの斧より長い剣を振り回した。

 突撃失敗だ。

 続いて斬りかかるが、盾に易々と弾かれた。

 剣が振り下ろされる度にワカバはバックラーで弾き返すが、少々押され気味だ。

 さすがに初級迷宮の敵とは違う。

 ワカバは間合いを取った。

 次で決める気らしい。が、それは敵にも察知されているだろう。

 ワカバはナイフを投げた!

 ゴブリンリーダーは盾でそれを防いだ。瞬間、ワカバは敵の前から消えた。いつかリオナが使った手だ。敵の盾に身を隠したのだ。

 見失ったゴブリンリーダーは盾を視界から遠ざけ、その場所に剣を叩き込んだ。

 ワカバはすり抜け一撃を放った!

 が、ワカバの袈裟懸けの一撃も絶命させる程の深手にはならなかった。

 リーダーが苦し紛れに放った剣がワカバを捉えた。

 ガキッと嫌な音を立てた。

 ワカバが地面にめり込んだ。

「ワカバ!」

 僕は身を乗り出した。

「まだ行けるべ!」

 トレド爺さんが叫んだ!

「当たり前や! うちを誰やと思ってんねん! マルサラ村のワカバやでッ!」

 ワカバはバックラーを打ち付けて敵の剣を弾き返すと懐に飛び込んだ!

 そして思い切り蹴りをかますと、反動を利用して半転しながら斧を横一閃、振り抜いた!

「……」

 信じられない一瞬の動きだった。

 ゴブリンリーダーの首が地面に転がった。

「鎧に助けられたっぺよ」

 トレド爺さんが安堵の声を上げた。

「これ凄いやんか! 全然痛とうなかったで!」

 みんながワカバを取り囲んだ。

「役に立って良かったのやら、悪かったのやら」

 僕とトレド爺さんは苦笑いをした。

 ギュルルルル…… リオナとワカバの腹の虫がハモった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ