エルーダの迷宮再び(巻き込まれて三十一層)4
「なるほど。連中トラップに引っかかったようだな」
門番さんが地図を指差した。
「ここにトラップがある。これを作動させたんだろう」
そこは罠部屋という奴だった。
なかに入った途端、閉じ込められ、魔物が召喚される仕組みになっているらしい。
「転移結晶が使えなくなるから一時的にパニックになるかもしれないが、魔物のレベルはフロアの敵より格段に落ちるはずだ。冷静に戦えば問題ないはずだ」
「罠にはまる以前に無理をしていたんじゃ? て言うより敵の増援は入れるんですか、この部屋?」
「こっちの応援は入れるんだから、敵も入れるんじゃないのかい?」
そうなの?
「扉を開けられればね」
なるほど。知能が低い魔物であることを期待しよう。
「あの先なのです」
「召喚される敵は分からないんですか?」
「その地図にはランダムとあるからな。この階層に出る魔物の内のどれかだ」
「『無翼竜、コアゴーレム、オーガ』……」
「どれも土属性の敵だ。防御力が高いのが特徴だが、単体なら対処の仕様がある」
風属性苦手なんだよな。
「とりあえずなかを拝見」
扉を押すと抵抗もなくすんなりと開いた。入りやすい扉だ。これなら知能が低い魔物も入ってこれるな。あとは大きさ次第だ。ふと小部屋にはまった地下蟹を思い出す。
「コアゴーレムだ!」
門番さんが囁いた。
上背が人の三倍はある岩の巨人が、でかい腕を振り回しながら暴れている。
その足元にふたりの前衛職が張り付き、スキルを使いながら、注意を引きつけようと躍起になっていた。豪華なパーティーらしく、魔法使いが三人もいる。疲れを見せながらも三方に別れ、的確にゴーレムの外皮を剥いでいく。
それにも増してゴーレムの回復が早い。
コアゴーレムの注意書きを見る。
「『コアを砕かないと永遠に再生を繰り返す』? あの連中、コアの存在を知らないってこと?」
僕は彼らの戦闘を凝視した。
それはない。
ここまで来た冒険者が予備知識なしとは考えにくい。
いや、待てよ、下巻は金貨三百枚だ…… 上巻の巻末から六階層目と考えると資金を出し惜しむ可能性はないこともないか。
「援護するのです!」
リオナが扉の前に立ちはだかった。
「たすか……」
連中のひとりが口籠もった。
「助かる」と言いたかったのだろうが、入り口に立つリオナの姿を見て考えを改めたようだ。
「コアを破壊したですか?」
リオナは大声で話しかけた。
「てめぇ、さっきのチビども」
あの馬鹿野郎が、開けた扉と反対側の扉の背に、完全に閉まらない程度の隙間を空けて、もたれかかっていた。
なんでここまで来ておいて参戦しないんだ? 他人を押しのけてまでゲートに飛び込んだのはなんのためだ?
男は薄笑いを浮かべながら傍観を決め込んでいる。
外から開けた扉を閉めなければいつでも脱出できると? だったらなぜ撤収を命令しない?
傍観することが仲間のために自分がやるべきことだと?
仲間はみんな疲弊している。
敵の増援も迫っているというのに、そのプレートメイルは飾りか? 道理で傷一つないわけだ。
「なぜ君は戦わん?」
門番さんもさすがに険悪な表情をしている。
「ゴーレムには魔法って相場が決まってんだよ。俺が参戦しても刃こぼれするだけだろ」
こいつ、なんで冒険者やってんだ。
「それにあいつら、高い金で雇ってんだ。払った分は働いて貰わなくちゃな。違約金が払えるんだったら、今すぐ逃げてくれても俺は構わないんだぜ」
「コアは破壊したですか?」
リオナは早速この男を無視して、一番近くで戦っている魔法使いに声を掛けた。
「見つからないんだ。探してはいるんだが」
「捜し物をするときは部屋をもっと明るくするです」
そう言うと僕に目で合図する。
なんでお前が自信満々なんだよ?
僕は大きく溜め息を付き、ゴーレムの頭上に光の魔法を放った。
リオナ、ちゃんと考えて行動してるんだろうな? 無謀と勇気は違うんだぞ。
おや? 今何か手応えがあったかも。もしかして『光の魔法』習得した? 地下の『お仕置き部屋』から出たとき以来だな。
光がゴーレムの頭上で輝いている。
「確かに見当たらんな」
門番さんも男を無視して核を探している。
「足の裏かな?」
僕が冗談めかして言うと、リオナが「分かったです」と言って、赤い柄糸の銃剣をゴーレムに向けた。
次の瞬間、ゴーレムの膝が吹き飛んだ。
周囲が絶句する。
銃声が迷路に轟いた。
巨大な塊が斜めに傾き、そのままゆっくりと床に倒れ込んでいく。
ズドーンと地鳴りを上げて転んだゴーレムの足の裏を僕は覗いた。
「欠片をよく見ていたまえ、引っ張られる先にコアがあるはずだ」
門番さんが教えてくれた。
小石大の残骸がリオナが破壊した方の足に集まりだしている。
「リオナそっちだ!」
本体から切り離され、まだ直立している全体の十分の一にも満たないすねと足の部位に欠片が集まり始めている。
リオナは必死に足の残骸を倒して足裏を覗こうとするが、遙かに小さい身体で倒せるわけがない。
「任せな」
前衛のふたりがやって来て槍をテコにしてひっくり返した。
リオナは回り込んで足裏を覗き込んだ。
肉体の大半もコアのある部位と合流しようともがいている。
「見つけたのです」
僕は駆けつけるとコア目掛けて、剣を振った。
ゴーレムの堅い皮膚がチーズを引き裂くように容易く切れた。
ゴーレムの動きは止まった。
「やっぱりこの剣当たりだわ」
僕は自分の魔法剣を見てにんまり笑った。
「うらやましいのです。リオナもほしいのです」
「リオナがこれを使ったら卒倒するから駄目だよ。この剣は――」
マギーさんが紹介してくれた武具屋で購入した魔法剣だ。
誰に買われることなく埃をかぶっていたニッチな剣だ。
効果は『使用者の魔法攻撃力を攻撃力に添加する』だ。割合は一割にも満たない五分だが、桁違いの僕にはちょうどよかった。
安かったし。短剣なら魔法使いが護身用に買っていくところだが、剣ともなると買い手は激減する。
最大の魅力は、魔力を注入すればするだけ、望めば望んだだけの力が引き出せることだ。もちろん同じ魔力を魔法として使用した方がいいに決まっているが。
埃をかぶるだけの理由があるわけだ。が、これも研究のためである。術式は見事にプロテクトされて読めないけれど、ここに例の転移結晶の原石を利用できたらどうなるだろう? リオナにも扱える一撃必殺の武器になるんじゃないだろうか?
夢は大きく出費は小さくだ。
扉が蹴破られた。
寄り掛かっていたプレートメイル男がはじき飛ばされた。
「敵だ、増援だ!」
一行は慌てふためいた。
驚いていないのは僕たち三人だけだ。
ゴーレムの図体では入り口からは入れないとなると敵は残る二種の内の……
「馬鹿な……」
今度こそ全員が驚いた。
無翼竜に跨がったオーガが壊した扉の前で吠えていたのだ。
こんなのありかよ。
でも、やることは同じだ。『エルーダ迷宮洞窟マップ・下巻』に目を向けた。
どちらも頑丈だけが取り柄の魔物だった。ただ、ゴーレムより遙かに機敏で、狡猾だ。
「全員結界のなかに入って!」
僕は『完全なる断絶(偽)』の守備範囲を広げた。
加減がわからないので、遠目で受けきろうと考えたのだ。
みんなの緊張が伝わってくる。明らかにゴーレムのときとは違う緊張感があった。
やはり速い相手は怖い。




