エルーダ迷宮ばく進中(ワカバのために)9
槍と斧が一体化したミスリル製の長物で、デザインがとても凝っている、実戦にも観賞にも堪える代物だった。
正直自分が使いたいくらいだが、このフロアでは危なくて使えない。味方を巻き込んでしまい兼ねないからだ。単騎で戦うときや草原フロアで竜でも倒すときなら使い所もあるだろうが、ここは狭すぎた。
それにしても美しい代物である。
新たな業物の誕生か? 一瞬ワカバにくれてやろうかと思ったが、ワカバにはまだ早いように思えた。今、これを見せて「もっと頑張れ」と煽るのはよろしくない。人は焦りからミスを起こすものだ。
思いはもうしばらく胸のなかに仕舞っておこう。
「ワカバにあげるのです」
え?
「そうじゃな。柄を少し短くしてやれば使えるじゃろ」
切るの?
「これの仕様はどうなってるのよ?」
ナガレが僕に聞いてくる。
「これ…… 持たせるのはまだ早いんじゃないか?」
「自分が何を持っておるのか忘れたか?」
アイシャさんに突っ込まれた。ドワーフの棟梁謹製、珠玉の一振り……
性能のいい装備は身を助くか……
「装飾が似合わなそうだけど……」
「ピッタリなのです。戦乙女にお似合いなのです」
どこが戦乙女だ? コロコロ小熊だぞ?
「エルリンは知らないのです」
「猪突猛進じゃないのか?」
「…… どこをどう見ればそうなるですか?」
「どこからどう見てもそうだろ?」
「トレド爺ちゃんの血を引く斧使いの達人なのです」
母親は確かに凄かったが……
「アイシャさんも見たことが?」
「一度リオナの釣り糸に引っ掛かってしまってな」
「一緒に初級迷宮に行ったです」
「なかなかのもんじゃったぞ」
あの我がまま娘が?
「あいつのビックマウスは意味があってのことだったか……」
「で、どうなの?」
仕様を教えろとせっつかれた。
『魂砕きのハルバート。近接三百。魔法付与、アンデッドキラー。魔力消費、十。魔力貯蔵量、百。魔力残量、ゼロ』
素の状態で既にレアアイテムだった。
『アンデッドキラー』のスキルがレア過ぎる!
『誰もが一本は欲しがるが、手に入らないスキル』万年上位を占めるレア装備だ。銀装備に付き易いとは聞いていたが、まさかミスリルに付くとは。しかもソウル品ときている。
「ワカバには早いな」
「早いのです」
「勿体ない」
「教会が買い取っても」
ロザリアまで……
結論から言えば、必要なときに必要な分だけ使って貰う方向でいくことになった。
当然、誰にでもというわけにはいかないので使用者を制限させて貰った。
ピノのパーティーとワカバとオズロー辺りに制限することにした。
後は姉さんズだろうか。守備隊ともなればアンデッド討伐は日常任務の一環だ。
精々用立てて貰いましょ。
ソウルによる底上げもそっち方面に特化することにした。
そんなわけで用事のないときには宝物庫内の武器棚でおねんねしていて貰うことにした。
『魂砕きのハルバート。近接三百。魔法付与、魔法攻撃力プラス三百。アンデッドキラー。障壁貫通。魔力消費、十五。魔力貯蔵量、三百。魔力残量、ゼロ』
改造したら、なおさらとんでもない国宝級の一振りが完成した。
魔法攻撃力と障壁貫通を付けてレイス級に対応。アンデッドは数で攻めてくる傾向があるので取り敢えず、使用回数を倍にした。そこにアンデッドキラーが組み合わされば……
結局、一番多用したのは想定外なことに教会だった。
聖騎士のグングニルの方が使い勝手はよさそうなのだが、やはりアンデッドキラーの効果は大きいらしく、大物を容易く葬れるとあって、わざわざ借りに来る始末であった。
ナナシさんから情報が漏れていたらしい。いきなり「使わせてくれ!」と来た日にはなんのことだか分からなかった。
残念ながら、この武器がワカバに宛がわれることはなかった。
「『障壁貫通』なんて生温いもんはいらん! 結界は打ち砕くもんや!」だそうだ。
お前は第二のオズローかよ。
僕たちの探索は続く。
取り敢えずはミスリル装備の回収だ。
「地上で売ったらいくらになるんだろうね?」
ロメオ君も興味津々だ。
「取り敢えず本部送りだわね」とナガレが言った。
他の連中の装備も回収した。ワカバ用の軽装を着込んでいる奴は残念ながらいなかった。
部屋の中央に、やはり地下へと下りる階段があった。
僕たちは地下に潜り、一方通行の廊下を進んだ。
敵がいないのは有り難い。
出た先は小部屋ではなく大部屋だった。しかもそこには騎乗した騎士がふたり。
こちらを見つけると一気に迫ってくる。
ロメオ君が一体に向けて床を凍らせると馬が転んだ。騎士も投げだされた。
もう一体はアイシャさんが衝撃波で仕留めた。が、馬は健在でこちらに突っ込んで来る!
馬は僕の張った障壁にぶち当たって首をのけ反らせた。
そこにナガレの一撃が撃ち込まれた。
リオナがとどめを刺した。
ロメオ君に転ばされた馬と騎士が起き上がった。
馬はロメオ君に完全に凍らされ息絶えた。
騎士はのっそりと近付いてくる。馬に乗ってなんぼの装備なので、重いし動きづらそうだった。
近づくのを待って一斉攻撃で仕留めた。
必要な装備は手に入らなかった。
始まりが遅かったせいで、もうこんな時間かと思うだろうが、そろそろお昼の時間である。
「進むべきか、戻るべきか」
「途中分岐が残ってるし、入り直してもいいんじゃない?」
一度倒した連中ならまだ復活しないだろうし。やり直しは可能だ。
切りのいいところで終わらせて、一旦僕たちは地上に出た。
すると、思いがけない景色が飛び込んできた。
ゲート前広場はさながら野戦病院のような様相を呈していた。
僕たちが現われるとシスターメアリーが飛んできた。
「ロザリア様! お力をお貸し下さい!」
なんのことかと思ったら、朝方突入した連中の半数がやられて戻ってきたらしい。検証作業自体は残された連中で継続中らしい。
うずくまっている連中のほとんどは投石器の大岩の餌食になったらしい。足場を崩されたり、追撃を受けたりで、散々な目に合ったようだ。
装備のおかげで即死は免れているが、回復薬の在庫も切れて、重傷者は今、修道院の方に搬送されているらしい。
「ここは任せるのです!」
軽傷と言っても、腕や足が複雑骨折しているような連中ばかりだった。
これでもあるだけの薬で精一杯、命を優先してやった結果らしかった。
四十七階層に入るんだったらメンバー分の『完全回復薬』ぐらい持とうよ。
なかには高価な薬を避けて、お布施で済むメアリーさんたちを当て込んでいる連中もいるから、困りものである。
「妾も行こう。こちらは任せたぞ」
アイシャさんはロザリアとメアリーさんといっしょに修道院に向かった。
さあ、もうメアリーさんはいないぞ。後は治療費を請求してくるギルドスタッフしか残っていない。どうする?
残った僕たちはギルドのスタッフの手伝いだ。因みにこちらの薬代はギルドが買い上げて、間接的に患者に請求する形になる。
「重症患者の命をつなぎ止めるために薬の大半を使ってしまって、軽傷者は後回しになってるんです。今薬の調達に動いているのですが、強力な物はすぐには――」
「この人数なら問題ない。薬はあるから安心して」
僕たちは薄め液を用意させた。
持っている『完全回復薬』の大瓶を患者の容態に合わせてできるだけ薄めて、良心的に使用した。何が良心的かはこの際置いておこう。
何人検証作業に送り込んだのかと尋ねたら、大半の怪我人は野次馬、おこぼれを狙った適正レベルに至っていない軽率な連中だと言う。
道理で人数が多いわけだ。
「自業自得だったですか」
子供にだって分かることを。まったく。
大瓶一つでこちらは何とかなった。
「エルネスト!」
アイシャさんが修道院へ続く坂を下りてきた。
「頼む。手術が必要だ!」
僕は修道院に向かった。
いつか取ったきねづかを使うときがきたらしい。




