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エルーダ迷宮ばく進中(ソウルの置き土産)1

『両断の斧。近接三百。魔法付与、障壁貫通。魔力消費、五。魔力貯蔵量、六十。魔力残量、三十五』


 なるほど障壁二枚抜きは一枚が地の破壊力で、もう一枚が障壁貫通によるものか。

 こりゃ、なかなかの代物だ。お持ち帰りしよう。

 装備類も軒並み魔法付与と来た。こちらはおまけ程度だったが、幸先のいい結果になった。

 だが、これでよく分かった。

 このフロアの敵は紛れもなく一騎当千の猛者だ。組織だっていたミノタウロスは力ばかりだったが、今度の相手は違う。

 いつものことながら、良品の装備を集めようと思えば、当然それを使用している敵と戦わなくてはいけない。おまけに派手に攻撃して破壊もできない。魔石が取れない以上収入源はドロップアイテムのみとなれば、なおさら全力を出すわけにもいかない。

 子供たちに剣の一本でもと思ったのだが、ここまでグレードアップした相手にハンデ戦では考えてしまう。

 せめてヘモジがいれば攻守のバランスが取れるのだが。そう言えばあのふたりもピノの付き添いでエルーダにきているはず…… いや、今日はオフだ。どちらも言えば付いてきたがるにちがいないが、数日後には全員で攻略するんだし。

 ヘモジもリオナも呼ばないと決めたら、自分も無理に進まなくていいんじゃないかという気になった。

 僕は断念して、クヌムの町で買い物でもして帰ることにした。


「今日はオフだ。張り詰めてどうする」

 アガタの工房に盾の修理状況を聞きに行く。

 姉さんにギーヴルの毒の件を尋ねる。

 ヘモジの温室畑も見ておこうか。

「まずは子供たちの剣を見繕う」

 自分に本日の予定を言い聞かせながら武具屋に向かう。

 さてと、新しい剣は入ったかな?

「お客さん」

 店主に呼ばれた。

 普段はご隠居かと思えるくらい物静かなご主人が店の奥から手招きしている。

「なんでしょう?」

「あんたの身体からソウルの匂いがしてね」

「ソウル?」

「ああ、鎧に魂を吹き込んであたかも生きているかのように振る舞う魔物のことじゃ」

「それならさっき一体倒して……」

「見せてごらん。回収してきたんじゃろ?」

 僕は回収品を持ってくる振りをして一旦店を出ると、物陰に隠れて『楽園』から回収した装備を取り出した。それを回収袋に入れ直して担いで戻った。

 店の主人はパイプをくゆらせて僕が戻るのを待っていた。

 店主は僕を土間に置かれた椅子代わりの大きな切り株に座らせると中身を取り出して、パイプの煙を装備一つ一つに吹きかけていった。

 何をしているのだろうと思いながら僕は店主の手元をじっと見ていた。

「これじゃ」

 そう言うと店主が「ここをよく見ていろ」と言った。

 そしてパイプを吸って、胴鎧の首元に煙を吹きかけた。

 煙のなかで一瞬、魔方陣のような物が光った。

「見えたか?」

 僕が頷くと主人は思いきりにんまりと笑った。

「『ソウルの置き土産』じゃよ」

「置き土産?」

「ソウルは依り代を決めると、自分の魔力を器に注ぎ込むんじゃ。そのときの魔力の通り道の跡がこれじゃ」

「それって……」

「この胴鎧がソウルの本体だったということじゃ、手足はおまけみたいなもんじゃ」

「そうなんですか? レイスのようなものだとばかり」

「はは、似て非なるものじゃ。呪われることもないし、可愛い奴じゃ。少々いたずらが過ぎるがな」

 そう言って胴鎧をポンと叩いた。

「この鎧のなかにはソウルの未使用の魔力がまだ残っておる。本来魔石に変わるものじゃ。実際のところ闇属性じゃから消えてしまうんじゃがな。ソウルはおっちょこちょいでな。必ず依り代のなかに忘れてきちまうんじゃよ。わしらはそれを使ってより性能のいい付与装備に生まれ変わらせることができるんじゃよ」

「この鎧の性能が上がるんですか?」

 主人は頷いた。

「ソウルから手に入れた装備はここに持っておいで。わしが鑑定して買い取ってやろう。勿論加工の依頼も受けるぞ。さっきわしがやったようにしてやれば跡がみえるからの。敵がソウルなら必ず武具のどれか一つにこの跡が残る」

「つまりそれが本体だと?」

「いや違う。依り代じゃ。元々煙みたいな奴なんじゃ。それが形を持つために鎧を着込むんじゃよ」

「本体は空っぽの中身?」

「そうなるの」

「魔法じゃなくとも、鎧に衝撃を与えれば伝播してダメージが与えられるからの。ハンマー辺りでミノタウロス張りにぶっ叩けばイチコロじゃ。傷は少ないに限るがな」

 ここまで説明させておいて持ち込んだ装備を売らないというのは非情と言うものだ。実際のところお互い様なのだろうが。僕は斧以外すべてを喜んで売り払った。

『ソウルの置き土産』が付いた胴鎧は十倍の値段で引き取って貰えた。

 つまり加工すればそれ以上の装備に変化すると言うことである。

 明日売り切れていなかったら完成品を見ることができるらしい。

 ソウル狩りに精が出るな。今夜みんなに教えてやろう。

 子供たち用の剣を物色して、次点だった剣の代わりに二本購入し、店を後にした。

 まだ昼まで大分時間があるな。先に行って食堂でピノたちが来るのを待つか。


「エルリンなのです!」

「兄ちゃん、休みじゃなかったのか?」

 お前ら、休憩早過ぎだろ?

 僕は椅子を一つ追加して貰ってテーブルに割り込んだ。店側もこんなに早くランチを食いに来る客が現われるとは思っていなかったようで、準備を急いでいるところだ。

 ランチタイムまでまだ一時間余りある。

 昨日の残り物のケーキとお茶を貰おうか。

「いい物持ってきたぞ」

 僕はそう言って剣を二振りテーブルに置いた。

 武具屋の店員を騙すためにリュックに縛り付けておいたので『楽園』に放り込んでいなかったから、却って面倒なく取り出せた。

 子供たちはスペック表を見比べた。どれもわずかな差だと思うが、一生懸命どれを誰が持つか吟味し始めた。

 僕はそれを頼もしく思いながら子供たちを見詰めた。

 すべての剣の持ち主が決まったところで次点の剣を回収した。

「差額は日替わり定食一回分でいいぞ」

 僕の言葉に子供たちは笑った。その笑顔だけで充分。


 子供たちに奢らせた日替わりランチを食べて、僕は家に戻った。

 その足でアガタの工房に向かった。

 アガタは配達に出ていて留守だったが、盾の方は届けるだけになっていた。同型の盾が、店先に並んでいた。新型と銘打たれていた。魔石が一度に二つセットできるだけなのだが、新型と言うだけで、金貨三枚程高く付いていた。

 領主館に寄る予定があったので、荷物はそのまま届けて貰うことにして、姉さんのところに向かった。


 姉さんもヴァレンティーナ様もいなかったので、ドナテッラ様が対応してくれた。

「結論から言うとギーヴルの肉は食べられはするけれど、市場には流さないようにだそうよ」

「やっぱり毒性が?」

 ドナテッラ様は首を振った。

「部位を制限すれば毒で死ぬことはないそうよ。だけど他の食品に比べて腐敗が著しく速いそうよ。食中毒には気を付けた方がよさそうね」

「食通連中が欲しがりそうですね」

「うちも残念よ。七種盛り合わせができなくって」

 僕たちは笑った。

 その後、しばらく会っていないロッタとカーターの話をしてその場を後にした。


 ヘモジを見つけた。

 温室の屋根の上で大の字になって眠っていた。オクタヴィアも側で丸まっている。

 ヘモジの温室も大分様になってきたな。

「風邪引くぞ」

「薬ある」

 猫が答えながら身を起こした。

「まだ作業するのか?」

「寝る前に終わりだって言ってたけど」

 オクタヴィアがヘモジの顔を踏んづけて起こした。

「ナ……」

「帰るぞ」

「ナーナ」

 ふたりを肩に載せて家路に就いた。


 その夜、新たな敵とクヌムの武具屋で起きた話をした。


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