エルーダ迷宮追撃中(四十七層攻略情報開示)100
四十七階層の情報開示は地図情報とリセットに関することだけになった。が、リセット情報だけでも大層な驚きを以て迎えられた。
一方、有料云々に飛び付く者は現われなかった。
ドラゴン討伐数回分に匹敵する高額設定が話題になるだけで、誰からも見向きされなかった。
契約時に罰則付きの守秘義務が発生するので、誰かが人柱になってから、などと都合のいいことを考えていると永遠に待つ羽目になるのだが、誰もが最初の人柱になるのを恐れた。
ギーヴルは兎も角、コモドドラゴンを好きなだけ狩れる可能性があるのだから格安だと思うのだが。
冒険者ギルドとしても余り売りたい情報ではないので、積極的な対応はしなかった。こちらとしては折角の歩合なので売れて欲しい気もするのだが。
どちらにしても情報提供者として『銀花の紋章団』の名がまた世間に広まる結果となった。
「兄ちゃん! もうどうにかしてよ!」
『銀花の紋章団』の予備軍であるピノたちにまで情報を求めてくる始末で、なまじ情報を知っているピノとレオは胃の痛い思いをしていた。
「低レベルの自分たちが知るわけないだろう」と白を切っているが、その分くみしやすいと思われたのだろう。トレド爺さん辺りの強面を付き添いに加えるのが一番の解決策だろう。
当然のことながら、こちらにもアプローチがあった。
どう見ても四十七階層攻略は無理だろうという連中ばかりだった。攻略できるなら地図情報だけでまず行けるところまで行くのが冒険者だ。高額な情報料が発生するということは、そこにお宝が眠っていると考えるのが常識ではないか? 気の利いた連中はもう潜っているはずだ。
だからなおさらアイシャさんを苛つかせた。
「最高レベルの『鍵開け』職人を数人連れて行けばよいじゃろう。香典も人数分用意してな」と脅しを掛けたせいで一気に沈静化した。どうやら情報を買っても、鍵が開けられなければ意味がないと考えたようだ。
とは言え、熱が冷めるまではまだ数日を要することだろう。
ロメオ君がコアの設計図を調べることに邁進している間、ヘモジは温室で畑仕事、リオナはナガレとピノたちの付き添いをしている。ロザリアは教会に、アイシャさんは相変わらずマイペースで、僕だけがやることを探してウロウロしていた。
オクタヴィアと遊ぼうと探していたら、アイシャさんが居間に放置した雑誌に目が止まった。
冒険をカジュアルに扱った雑誌で、トップ記事は『旅行代わりに近所の迷宮に入ろう』だそうだ。冒険者登録の仕方から、初期装備まで事細かに解説が載っていた。初級迷宮にはほぼ人畜無害な魔物しか出ないトレッキングコースが実在するらしい。
初級ではないが、エルーダなら眠り羊のフロアなんかがちょうどいいだろう。ちょっかい掛けなければ襲われないし、見晴らしも最高だ。
そして人気コーナー『掘り出し物ランキング』である。各国の王室や豪商の秘蔵品などが載っている頁で、現在売りに出されている珍品なども扱われていた。
アイシャさんはこれを見て『暴君の冠』みたいなとんでもない装備を揃えていたのか。ドロップアイテムだけではないようで、名うての工房の広告も載っていた。
実物展示会のお知らせが載っていた。
「へー、面白そうだな」
雑誌のイラストだけでも『細工』スキルを上げるための見本になりそうだった。
商品のイラストに見入っていたら、ある表記が目に飛び込んできた。
『入手先、エルーダ迷宮地下四十八階――』
四十八階層で人が身に着けられる装備がドロップするのか? イラストは珍しいスパイクシールドだった。宝箱からとは書かれていないが……
エルーダは人間サイズの敵が少ない迷宮だ。特に高レベル帯においては。
四十八階層がそれに当たるとしたら…… 金儲けなら他の階でもできるだろうが、これは待ちに待った嬉しい事態である。
居ても立っても居られない。
装備を抱えて突入だ。
「下見だと思えば」
十分もしないうちに僕はエルーダのゲート広場にいた。
行くぞ! 四十八階層!
ゲートから出るとそこは毎度お馴染みの脱出部屋である。
早速周囲を探知する。
すると敵は結構距離を開けて単体で徘徊していることが分かる。
迷宮のマップ情報を見る。
四十八階層は典型的な地下迷宮タイプのフロアだ。肝心の地図情報が相変わらず未完成状態だったが、四十七階層よりはしっかりしていた。見る限り一方通行がやたらとあって迷子になりそうだった。罠もいろいろ仕掛けてある。
近場の戦えそうな敵を探す。
不思議なことに情報では敵のことが一切記されていなかった。
何かあると踏んだ方がいいだろう。
人間サイズの敵がいるとすれば、人気フロアになっていそうだが。僕以外冒険者は見当たらない。
ぱっと見、通路の大きさからしても、大きな魔物が出てくる気配はない。
やはり人サイズが出てくるのか?
廊下に出た途端、一番近場にいた魔物に見つかった。
「え? 嘘……」
どれだけ索敵能力が高いんだよ! リオナに匹敵するんじゃないだろうか?
敵が迷路を迷うことなく接近してくる。僕は急いで敵のいた場所に印を付けると、地図を鞄にしまい込んだ。
荷物の見張りにオクタヴィアでも連れてくればよかった。オクタヴィアは恐らくヘモジと一緒だろう。盗まれるとは思わないが、何があるか分からないので、一応、土の魔法で床に置いたリュックを囲っておく。
敵の接近する速度が上がった。
僕は剣を抜いた。近接戦闘は久しぶりだ。だが、盾がない。ピノに預けたままになっていた。
ここは結界を上手く使うしかないようだ。
廊下を照らす燭台は光ではなく火の魔石になっていたので、少々暗かった。
敵が姿を現わした。随分時代掛かったフルフェイス装備のナイトだった。
『グラディエーター・ソウル レベル六十八 オス』
なんだ? 剣闘士の魂? アンデットか? まさかレイスじゃないだろうな。即死級の攻撃があるなら勘弁して欲しい! 遠くから反応があったし、幽霊の類いではなさそうだ。
敵は突っ込んできた勢いのまま、手に持った大斧を振り下ろしてきた。
ガッキーン!
もの凄い音がした。
「げっ! 結界が一気に持っていかれた」
多重結界の外側二枚が簡単に剥がされた。
「ウオオオオオオオッ」
籠もった唸り声を上げて、鎧は次の一撃を振り下ろす。
結界で弾いたが、これまた二枚持っていかれた。
すぐさま距離を取り、結界を張り直す。
侮っていると大変なことになりそうだ。
一番外側の結界を『断絶』にする。
『完全なる断絶』を抜けて来るようなら、全力でいかないと危なくなる。
だが、その前に。
「打って出る!」
僕の突進を物ともせず両刃の斧で弾き返すと、切り返してきた。
『完全なる断絶』でガードした後のことを考える。
弾き返したところで首を薙いでやる!
が、敵はこれも避けた。
「なんだか、違う……」
レベルがどうのではなく、これは明らかに技能の差だ。
装備がいいからそうなのか、熟練度が高いからなのかは分からないが、敵は紛れもなく武闘大会本戦で戦うようなやり手である。
悉くかわされた。
だが武闘大会と違って、攻撃魔法に制限はない。
僕は足元を凍らせ、雷を落とした。そしてとどめに首を刎ねた。
手応えあった!
ガランゴッロン、突然、展示されていた防具一式から中身のマネキンが消えたかのように、装備が床に音を立てて崩れた。
敵は消えていた。
実体がない敵か? やはりレイスの類いか。
残念ながら魔石は手に入らないようだ。装備もどっちもというわけにはいかなさそうだ。




