エルーダ迷宮追撃中(四十七層攻略その後で)96
全員が夕食のテーブルに着いた。
レオは普段アイシャさんの隣の席だが、今は仲間のみんなといっしょの席に腰掛けた。
レオ以外の話になるが、上座からピノ、マルロー、ケッチャ、モモイロ、タンポポの順に座っている。
見た目から入ると結構覚えやすい連中だ。
全員が猫族で、その内女の子は桃色とタンポポのふたりだ。全員、年の頃はピノと変わらない。
まずマルローは額に丸い模様がある。だから皆にマルと呼ばれている。
ケッチャは茶色の毛並みをしている。そのまんまだ。
モモイロは白い毛並みで桃色ではないが、好きで身に着けている小物がすべてピンクなので分かりやすい。
タンポポは毛並みもそうだが見るからにタンポポのような子だった。いつも元気で笑顔を絶やさない、ピノとは別の意味で、チームのムードメーカーと言えるだろう。
どう見てもブレーキ役がいなさそうなので、レオの加入は大きいように思えた。
アイシャさんはこのことに気付いていたのだろうか? 案外、酒の席で爺さんに相談でもされていたのではないだろうか?
アンジェラさんも今日は腕によりを掛けてくれた。ドラゴンの肉がたんまり入ったシチューである。
フィデリオも満足の一品だった。
ピノとレオが気にしていた例の灯台の落書きから僕たちは話を始めた。そして見たことのないドラゴンの登場。
肉を持ち帰ったと言ったら、飛び跳ねて喜んだが、毒持ちだから検査してからだと言ったら落ち込んだ。
なぜか村の方も静まり返ったような気がした。
ドラゴンの姿をリオナが絵にしたが、なかなかの迷画になった。
全員で筆を足す結果となり、本人はむくれた。
ゼンキチ爺さんもやって来ると、本日の反省会が始まった。
デザートがテーブルに置かれた。
本日はブディーノ。実家で言うところのプリンである。それとなぜか焼き栗の蜂蜜漬けだ。
誰かが栗でも拾ってきたのだろうか?
僕たちは席を外し、装備の点検や宝物庫の整理に地下に降りた。
僕はピノたちに持たせる魔法の矢を用意した。使うのは主にレオになるだろうから、レオの装備棚に数種類の矢筒を加えておいた。
それから明日のヴァレンティーナ様との会見に必要な物を空のリュックに収めた。
冒険者ギルドに提出する書類の中身について、ギルマス兼先輩冒険者としての意見を聞きたかったので、地下四十七階で集めたマップや記録などを用意した。
二体のドラゴンや宝物庫に関する公開するのも憚られる内容が含まれているので要相談である。
宝物庫の鍵に関してはレベルの高いスキルが必要だと思われるので、多少の足枷にはなるだろうが、冒険者ホイホイになるような気がしてならない。ハイリスク・ハイリターンという意味ではドラゴンも同様だが、問題は落書きとの様々な関連性まで公開するかと言うことである。
ゴーレムのコアに関してはロメオ君が何かしら結論を出すまで保留することに決めた。
ドラゴンをゴーレムが倒したところで僕たちの冒険は終わったのである。リオナとはそう口裏を合わせることにした。
地上に戻ると子供たちは新品の剣を携え帰る準備をしていた。
明日は学校もあるから、早めにしっかり休むようにと爺さんに言われたようだ。
「ごちそうさまでした」と口を揃えて帰っていった。
ロメオ君も帰った。
爺さんも酒の肴を手に入れると離れで待つ長老たちと合流すべく戻っていった。
その夜は明日が休みのせいか、酒場の方が賑わっていた。リオナは自室に籠もり遅くまで明かりを付けていた。
翌日起きたら、リオナは既にいなかった。
朝の散歩にもう出たらしい。
「感心、感心」
朝食を済ませると、僕は地下に潜った。
昼からはリオナと領主の館に出かけることになっているので、宝石を加工して過ごすことにする。
ロメオ君もすぐにやって来て、早速ゴーレムのコアとにらめっこを始めた。まずは正確な複製を作るつもりらしい。そこからアイシャさんが知る単語を選んでいって、なんとか文章にしようというのだ。
『楽園』に入れば、恐らく辞書ぐらいは手に入るだろう。今日は無理でも、発注を掛けた振りをして…… 手に入れて…… 任せると言った側から余計なことを考えてしまう。
ロメオ君は作業に没頭している。
取り敢えず、発注に掛けるにしろ存在の確認だけでもしてこようと、僕は手を止めて書庫の鍵部屋に向かい、『楽園』に入った。
そこには真新しい辞書が人の気も知らずに、既にサイドテーブルに置かれてあった。まるでたった今製本されたかのような装丁で。
僕は頁を開いて愕然とした。
「これでは駄目だ」
古代語のさらに昔となれば保管庫や箱のない時代である。現存するならばボロボロの装丁で虫食いだらけで、頁をめくることもかなわぬような、そんな脆い物のはずだった。それに何より、現代語訳があること自体有り得ないのだ。あるとするならばエルフ語までが限界だ。
仮に図面に書かれた言葉をゴーレム語と名付けるなら、ゴーレム語から現代語訳はどう考えても有り得ないのだ。ゴーレム語からエルフ語、エルフ語から現代語でなくては。
なら、この辞書はなぜ存在するのだろう?
僕は装丁を隅々確認した。
そして見つけてしまった。翻訳者の名を。
『レジーナ・ヴィオネッティー』
どうして姉さんが?
僕は頁を開いた。
あとがきに事の顛末が記されていた。
原本はそもそも魔法の塔にあったらしく、それはエルフ語訳で書かれた物だったらしい。魔法の塔建築時のエルフの置き土産か、酔狂な職員の偉業であったのかは分からないが姉さんはそれを現代語に訳していたのだ。
恐らく、エルフ語の勉強のためにしたことだろう。大本の言語のことなど気にしていなかったのではないか?
希望が出てきた。
恐らく姉さんは自分の訳した言語がゴーレム語だとは知らない。
どこかにこの本があるはずだ!
「この書庫にない物はたぶん魔法の塔だな」
「探していい?」
「よく分からんが、後にしたらどうだ」
僕はリオナと一緒に領主館に赴いた折、姉さんと話す機会を得た。そこで姉さんの自室兼書庫で、過去に辞書の翻訳に手を出したことはないか? その辞書は残っていないかと尋ねた。
姉さんは首を傾げていた。やはり当人は偉業の片棒を担いでいる自覚はないようだった。
本の装丁は覚えている。赤い布地に金糸でタイトルが記されていた。あれはたぶんゴーレム語をそのまま取って付けた物だ。見つけるのは容易いはずだ。
本を見つけられたら、ロメオ君に相談しよう。貸して貰えるなら貸して貰おう。駄目なら土下座でもなんでもして本を買い取ろう。希望がこんな近くにあったなんて。今までかき集めた資料もこれで紐解くことができるかも知れない。ロメオ君に対してぬぐえなかった罪悪感が解消した気がした。
僕たちは一足遅れて執務室に向かった。
リオナとヴァレンティーナ様の笑い声が聞こえる。
リオナは四十七階層の冒険を大袈裟に語って聞かせていた。
「遅れたかな」
「大丈夫、まだ序盤よ」
ヴァレンティーナ様は楽しそうにソファーに身を沈め、妹の話に聞き入っていた。
姉さんと僕はそのなかに割り込んだ。
僕は頼りになる姉たちを見詰めた。
リオナは上機嫌であった。
僕は回収した地図をテーブルに並べていき、リオナの話を補完した。
そしてリオナの一大冒険譚も終盤に差し掛かると、姉たちの眉間に皺が寄り始めて、最終的には頭を抱えることになった。
そんなふたりに追い打ちを掛けるように僕はギーヴルの亡骸の鑑定を依頼した。
「飛ぶのが苦手そうだったから、肺は期待できないかな」
僕の言葉に多少安堵したようだ。
ギルドマスターとして冒険者ギルドとどう折り合いを付けるか。僕たちの肩の荷が下りた分だけヴァレンティーナ様の肩に重くのし掛かる。
ヴァレンティーナ様は九枚の地図を黙って見下ろす。
「地図は地図として提出するとして、やはりドラゴンと宝物庫に関しては非公開にするしかないわね。普通にクリアーする分には遭遇しない物だし」
「落書きに関する情報も公開しない方がいいかもしれんな」
 




