エルーダ迷宮追撃中(四十七層攻略その後で)95
午後から休みとなれば気楽なもので、のんびり食事を取ることにした。
「兄ちゃん!」
ピノの声がした。
ピノのパーティーと付き添いのゼンキチ爺さんが僕たちの指定席に座って食事を取っていた。
お仲間たちが僕たちにちょこっとお辞儀した。
「遅かったですね」
レオが僕に話し掛けた。
「最後の落書きで出てきた魔物はおかしなドラゴンだったよ」
僕は耳打ちした。
「ドラゴン!」
猫族の子供たちが全員目を丸くして僕を見た。ったく耳がいいんだから!
「あ、いや、何でもありません」
ドラゴンと聞いて店内がざわついた。
「ほんとに? コモドじゃなくて?」
「すっごい強かった」
オクタヴィアがピノの肩に乗り移りながら言った。
「そろそろわしらは行かんと」
ピノたちは立ち上がった。
「うまくいってます?」
「順調すぎて怖いくらいじゃ」
爺さんも渋っていた割に満更でもないようだ。
「フェンリル一人で倒しちゃうんだぜ」
ピノが愚痴をこぼした。
「ちゃんと一体残しといたじゃろうが」
「連携したフェンリルを倒すのが僕たちの訓練じゃないの?」
別の子にも突っ込まれた。
「本番は明日じゃ」
どうやら同じフロアを二、三日掛けて攻略するらしい。その裏には爺さんの『鍵開け』スキルの伝授があるらしい。
『迷宮の鍵』を持つ僕らは兎も角、一般のチームが稼ぎを上げるには『鍵開け』スキルは必須なのだ。
そう言う意味では他の迷宮に潜ったとき苦労するのは僕たちの方になるだろう。僕たちの場合、リオナに真っ二つにして貰うという、姉さんたち由来の荒技があるにはあるのだが。ちょっと射程が短いから罠食らうかも。
それにしても、もうフェンリルのいるフロアーに入ったのか。
帰ったらお互いの話をする約束をして、僕たちは席を替わった。
「いいお土産を用意できればいいんだけど」
この後はクヌムとメルセゲルの店巡りが待っている。
食堂からいつもより三倍多い注文を受けると、僕たちは店の荷車を借りてクヌムの町を目指した。
そしてドロップ品の掘り出し物を探しに店巡りを始めた。
今日は全員一緒だから、店巡りも賑やかだ。
「これどう?」
「長剣はあいつら使ってないだろ。剣か短剣。それと弓だな」
「矢は?」
「ヘモジがボーガンを手に入れたとき魔法の矢も大量にゲットしたからな。取り敢えずそれで」
「これいい感じなのです」
リオナが一振りの剣を握って確かめる。仕様書には以下のように書かれていた。
『近接百。魔法付与、魔法攻撃力プラス二百。魔力消費、四。魔力貯蔵量、六十。魔力残量、ゼロ』
リオナの『霞の剣』の劣化版だな。
「物理が百しかないぞ」
「獣人なら三割増しなのです」
「物理攻撃用の剣ならある程度は作れるじゃろ? それこそミスリルでもいいわけじゃし。今必要なのは魔法攻撃力じゃろ?」
「せめてもう百は欲しいね」
なかなか見つからない。仕様が満たされたと思ったら長剣だったり、貯蔵量が全然足りなかったり。メルセゲルでは相応の杖は山程あるのだが、剣はからっきしだったりで、取り敢えず次点を含めて人数分揃えるのがやっとだった。
それでも、恐らく今使っている剣の倍以上のダメージを与えることができるだろう。が、全員で使って魔石の補充が追い付くかは甚だ疑問である。特に硬い相手には有効な剣を揃えたので、使い時を選ぶことになるだろう。
皆、爺さんの流派だ。そんな物なくてもヒドラ戦ぐらいまでは今の装備で余裕だろう。
本来敵を倒して手に入れる物を店先で選んで購入できるだけでもよしとするか。
これからはちょくちょく店先を覗いて、村に流してやろうかな。
店の店主に魔石(大)を十個支払った。いい値段だった。
それぞれ買い物を済ませると、チーズだけ荷車に放り込んで、食堂に向かった。そして荷台ごと置いて、僕たちは帰路に就いた。
ロメオ君がすっかりコアの設計図の虜になっていた。
そのために宝物庫に専用の椅子とテーブルを用意した。僕が宝石を弄っている横で、これからはロメオ君の研究が始まるのかも知れない。
「あー、全然読めないよ」
注釈は現代語なのだが、肝心な術式部分がまるでアンノウンだった。
アイシャさんでも飛び飛びにしか読めない超古代語らしい。
僕たちにはちんぷんかんぷんだ。
アイシャさん曰く、エルフ語とは別系統の言語らしい。ゴーレム専用の言語と言ったところだ。
アイシャさんにハイエルフの里にある辞書を用立てて貰うしかなさそうなのだが、たぶん門外不出だ。
『楽園』で手に入るなら、手に入れてしまおうか。これも道程の一部として甘受すべきだろうか。
取り敢えずそのまま文字を転写すれば使い物にはなるだろうが、記述があまりに細か過ぎる
僕が用意できる最高に緻密な魔石でもこれだけの記述を書き込むことができるかどうか。
姉さんのスキルを使わないとどうにもならないだろう。
何より術式が読めなければ、敵味方の認識設定もできないのだからとてもじゃないが使えない。
姉さんを引き込むべきか…… 散々利用してきて今更仲間はずれもないだろうし。
ロメオ君自身もスキル上げをしているから、それを待つという手もあるが。
話だけでも通しておくか?
「どうしようか?」
皆腕を抱えてしまう。
「お姉ちゃんなのです! 騙すのはいけないのです!」
騙すって……
姉さんの後ろに魔法の塔があることが問題なんだよ。今まではそれに助けられたが、あそこは言うなれば王様専属の魔法使い集団だ。成果を横取りなんてことになったら目も当てられない。
姉さんは情報を秘匿したまま協力してくれるだろうか? ロメオ君は一番弟子なわけだし。
「あ、そうだ」
ギーヴルドラゴンの肉届けないと。
「……」
明日でいっか。どうせリオナと顔を出すんだし。
ピノたちが冒険を終えて戻って来た。
居間ではピノとレオが待ち構えていた。
「あれ? 他の連中は? 爺さんは?」
「着替えて戻ってくるって」
「そっか」
ピノとレオの装備置き場はここだもんな。
全員揃う前に頼まれた武器をすべてテーブルに並べて、掛かった費用を提示するとピノもさすがに青くなった。
「提示された限度額内だぞ。何青くなってる」
「べ、別に。びっくりしただけだよ」
ドロップ品の値段を舐めていたらしい。
普段自分たちが「儲けものだ」と言って売り付ける魔法付与装備の数々の値段を思いだして見ろ。あれが買値なら売値がどうなるか。
できればどれを選んでも遜色ないレベルにしてやりたかったのだが、次点が数本混ざっているので僕は言葉を添えた。
「もうしばらく探してやるから、しばらくはそれで我慢しろ」と。
追加でお金を取られると考えたピノは言い淀んだ。
「使わなくなった剣と交換で、差額だけでいい」と僕は先手を打った。
「ピノが代金を全部持つのか?」
「チーム費を設けたんだ。チームで使うお金は全部そこに貯めておくことにした。ゲート代とか、脱出用の魔石やアイテムの代金とか、地図代とか、いろいろ。みんなと均等になるまでは僕の分の拠出は免除されることになってるんだ」
「考えたな」
「俺が出すって言ったら、みんなに断わられたんだ。そんなのチームじゃないってさ」
聞いたかリオナ。
リオナは買ってきた剣を振り回していて、それどころではなかった。
「魔法の矢の在庫があるから少し分けてやるよ。無料でな」
子供たちがやって来て、買ってきた剣に群がるのにそう時間はかからなかった。




