エルーダ迷宮追撃中(四十七層攻略完了)94
先に脱出してきたのはちょこちゃんだった。
羽ばたきながら地上に降り立とうとした。が、ちょこちゃんは突然、炎に巻かれた。
ミノタウロスの放つ無数の矢が掘に向けて放たれた。
もはや理性を失ったギーヴルを防ぐ手立てはなかった。
衝撃波を放たれ、城壁のミノタウロスたちがすくんだ瞬間、落ちた位置よりさらに北から這い上がり、炎を撒き散らした。
木造の町は一気に燃え上がった。
炎はギーヴル自身をも巻き込んだが、もうそんなことどうでもいいのだろう、これまで連射を控えていたブレスを城壁目掛けて放った。
だがこれは角度が悪すぎた。バリスタが損傷することはなかった。
無駄撃ちになったが、先程の衝撃で城壁は瓦解し始めたのでおあいこだ。
ちょこちゃんはギーヴルの尻尾に巻き付かれ、毒が回って事切れてしまった。
ギーヴルを食い止める者はいなくなったが、ギーヴルももはや打ち止めである。休む場所を求めて、自分の放った炎のせいで燃え盛る大地を避け、北上していった。
石畳の町並みにまで炎が到達したとき、ギーヴルは身を隠すいい場所を見つけた。
古のゴーレムが鎮座する窪地だ。
まさか動くとは思っていないギーヴルは暢気に近付いていく。
「ちょっと、あれどうなの?」
神殿に向かう山道の手前でギーヴルは異変に気付いた。目の前に突然強力な魔力が発生したのだ。
ギーヴルは首をもたげて警戒する。
古のゴーレムはゆっくりと起き上がる。
まずはギーヴルの先制、強烈な尻尾攻撃である。
だがゴーレムは片腕でそれをガードしながら、弾かれるまま横に跳んだ。
「まるで人間の動きだ」
ゴーレムは石の剣のオブジェを掴んだ。
そして一閃。
ギーヴルは叫んだ。
尻尾がきれいに切り落とされた。もはやギーヴルに結界を張る余力はなさそうだった。
剣の表面がバラバラと砕けながら、鋼の剣身が姿を現わした。
ゴーレムには毒も炎も効かない。ギーヴルの天敵もいいところだ。
「あ、そうだ! みんなも一撃入れないと!」
フェイクに、スノー、ファイアー、アース、コモドにこいつで大体みんな五種類狩ったことになるんじゃなかろうか?
みんなもこれで『ドラゴンを殺せしもの』の称号を得ることになる。
威力なんてなくていい、一撃入れさえすれば。
だが、みんなは容赦がなかった。
「よくもちょこちゃんをやってくれたのです!」
「ナーナーナ!」
なぜかみんなちょこちゃんに同情して怒り心頭のようだった。
さすがにアイシャさんだけは冷静だったが。
「ちょっと、同士討ちさせないといけないのに!」
何やってんだか。
「ゴーレムが残ってしまったのです」
「高度を上げて!」
「あの剣振り回されたらこの船壊れるから」
だが、ゴーレムはこちらよりギーヴルを始末することを優先した。
剣を逆手に持ち替えると、僕たちの攻撃でもはや動くこともかなわなくなったギーヴルの頭に突き立てた。
やばいな、これは…… あのゴーレムと戦うのか?
と思ったら、ゴーレムは窪みに戻っていった。
そして窪地の壁にある巨大なレリーフの扉に触れた。
するとレリーフだったはずのその扉は、大きさこそ違えど見慣れた扉に変わった。
「『開かずの扉』…… だよね?」
ゴーレムは扉の横で剣を地面に突き立てると、番人の如く直立したまま、だだの石像に変わった。
「入っていいのかな?」
「入れってことじゃないの? どう考えても」
「つべこべ言わずに行きゃいいのよ」
僕たちは船をこのエリアのスタート地点の山頂に下ろすと、転移を使ってゴーレムの足元に降り立った。
「襲ってこないわよね?」
ロザリアが恐る恐る石像を見上げる。
まずは試しに鍵を持たないアイシャさんが扉を押した。
「やはり開かぬようじゃな」
「鍵の出番か」
「難易度的にどうなのかな?」
「一連の出来事がクリアーの鍵のようにも思えるがな」
「こんなことする人いないわよね?」
「条件なんだったのかな?」
「案外ゴーレムに協力することだったりして」
オクタヴィアもテンションマックス、僕の肩の上ではしゃいでいる。
扉は『迷宮の鍵』で容易く開いた。
重い扉がわずかに隙間を空けた。が、僕たちにはそれで充分だった。
隙間を抜けてなかに入ると明かりを灯した。
「でかい!」
「けど、何もない?」
「何よ、これ」
岩盤をきれいに掘り抜いただけの空洞だった。
「ゴーレムの家だとすれば何もなくて当然だな」
「『開かずの扉』よ。何かあるでしょ?」
ナガレは奥へと進んだ。
最深部にてその何かを見つけてしまったとき、僕たちは全員、石像のように立ち尽くし言葉を失った。
「これ…… まずいよね」
「自重しろって言われたのです」
ん? リオナも言われてたのか?
「じゃが、見つけてしもうたものは仕方あるまい?」
「世紀の大発見」
オクタヴィアが言った。
「あったらいいなとは思ってたけど。いざ手に入ると思うと気が引けるよね」
「ロメオ君ならいずれ到達した道だよ、きっと」
ロメオ君は僕の顔を恨みがましそうに見つめた。
「あのゴーレムだよ! 存在自体不味いんじゃないの?」
「まあ、ここにじっとしていても始まらんじゃろ。取り敢えず面倒な物は此奴の腹のなかに放り込んでおいて撤収したらどうじゃ。そうすれば盗まれることもないしな」
「世紀の大発見。ゴーレムのコアの設計図面。ゲットしたのです!」
「閲覧は、うちの鍵付きの書庫か、宝物庫に限定した方がいいよね?」
「ナナシたちにも見せられんしな。宝物庫の方がよかろう」
「誰に見せるか、よくよく考えねばな」
「武装国家に邁進してる気がする」
「ハイエルフの里で預かって貰う?」
「預かるくらいなら、記憶のなかだけに残して燃やすじゃろうな」
「そうだ、みんな帰る前にギルドでスキルチェックした方がいいよ」
「もう、それどころではないのです!」
「それと、リオナ。あのドラゴンの肉、持ち帰らなくていいのか? 魔石に変えても、どうせしょぼいだろ?」
「大変なのです! 一大事なのです! 早くするのです!」
扉に向かって駆け出した。
「称号より肉が大事か?」
みんな呆れながら追い掛けた。
「あ、毒持ちだった」
回収する手前で気が付いた。
肉をどうするか悩んだ末、切り落とされた尻尾は置いていくことにした。
大丈夫かな? 毒の有無の確認は姉さんに任せよう。
「さ、行こうか」
僕たちはギーヴルドラゴンの肉を回収すると、地上に脱出した。
もはやこのエリアに用はなさそうだな。
僕のあの不安は杞憂だったようだ。




