エルーダの迷宮再び(巻き込まれて)2
「Eランク?」
僕が提示したギルド証を確認してマリアさんは首をひねった。
僕は恥ずかしくなった。
それもそのはず、僕たちの狩りは基本、半日だけの片手間仕事か、食料採取がメインであったからだ。兎や豚でポイントになるはずがない。大きな依頼は岩蟹の一件だけだ。
フェンリルや千年大蛇、闇蠍など、強敵を結構倒してきたが、ギルドの依頼としてこなしてきたわけではないから、当然、ギルドポイントとしてカウントされることはない。
潤沢な資金が得られたせいで、日々あくせくしなくなったのも要因だ。
「遊んでたの?」
さすがのマリアさんも心配そうだ。
それだけ僕を買ってくれているのだろう。今頃、Dランクは当たり前、Cランクでも僕の家柄なら不可能ではないぐらいに思っていたのかも知れない。
「まあ、これから挽回しますよ」
僕はお茶を濁した。
マリアさんの視線は後ろにぴったり付いているリオナに向けられた。
「未成年者を連れているの?」
リオナの耳がぴくりと動いた。
「許可はあるのです!」
リオナは自分の仮証を見せた。
マリアさんはリオナの保証人欄とギルド名を見て目を丸くした。
「お姉さんたちに掴まっちゃったんだ」
え? 姉さんのこと知ってるの?
「知り合い?」
リオナも首を傾げた。
「君のお姉さんを知らない人なんてこの国にはいないわ。なるほどね」
マリアさんは改めて僕たちの装備一式に目を向けた。特に注視したのはリオナの双剣に似た変わった武器だ。子供が持つには長いし、重い。
「それで、今回はどれくらい滞在するの?」
「日帰りです。近くまで来ただけなので」
「あら残念」
にこりとやさしく笑った。
「それにしても若い人が増えましたね? 何かあったんですか?」
僕は照れ隠しに周囲を見渡した。
「君のおかげよ。君がこなした新人プログラムが正式に採用されてね。今じゃ、新人も訪れるるようになったわけ。団体様限定だけどね」
「『嫌がらせの剣』を使わせてるんですか?」
「まさか、あれは一本しかないもの。今はこれよ」
カウンターに置かれたのは『破壊の槍』。敵の防御力を無視してくれる一品だった。対魔用の防具を着ている人間相手には効果は薄いが、堅い魔物には有効な魔法の槍だ。
あの狭い部屋から出られない蟹相手にはこれ以上都合のいい武器はない。
「僕のときこれがあったら……」
どんなに楽だったことか。
「正式採用されたから、まとめて何本か手に入れたのよ」
マリアさんは自慢げだ。
「でも、これでも殴られる人が減らないんだから不思議よね」
なぜこの村が急に羽振りがよくなったのか、僕にはそっちの方が不思議ですよ。
厳ついお客が来たので僕たちは窓口から追いやられた。
マリアさんとはそのまま別れ、僕たちはギルドの奥にある販売コーナーに向かった。
目当ては『エルーダ迷宮洞窟マップ・前巻』一層から二十五層までのマップ集と、五十階層までの『エルーダ迷宮洞窟マップ・後巻』、合せて金貨四百枚である。
さすがに現金の持ち合わせはないので王国信用の小切手で支払った。現在僕の口座には、自由に使える分だけでも金貨二千枚がある。
この間の『完全回復薬』も末端では金貨十枚は下らない。切り落とされた四肢でも大きな欠損さえなければ元に戻るという一品である。異世界でいうところの外科的手術を考えれば、安いものであるらしい。
さすがに試す勇気はないので、『認識』スキルを信じるのみだ。
教会はこの手の薬を生命への冒涜だと非難しているが、なおさら、そのせいで末端価格が上がっているのが現状だ。
僕の取り分がいくらになるのか知れないが、浮かせた正規の原材料費だけでも一瓶金貨二千枚分ぐらいにはなるはずだ。
あくまで前回の分は寄付なので、材料費以外取り分がなかったとしても、僕の手には金貨四千枚が入ってくることになる。
ちなみにヴァレンティーナ様のやさしさに期待するならば、一本当たり金貨一枚ぐらいの手数料は付けてくれるだろうから、さらに二千四百枚ぐらいにはなるはずだ。
そうそう売れるものではないので三年は在庫が残るだろうが、利幅は相当大きい。戦争にでもなれば上限知らずだ。マギーさんが飛びつくのも当然である。
姉に全額運用して貰って、普段は二千枚分だけを小切手で自由に使えるようにして貰っている。減れば一月後には補充される仕組みだ。
店員も目を丸くしている。個人でこんな買い方をするのは馬鹿貴族のどら息子ぐらいしかいないだろうから。
いつぞやの会話が懐かしい。
これが高いと感じる程度の冒険者には必要のない物。あのときはそう思っていた。でも必要ないけど買えちゃうんだな。言いようのない悲しさが去来する。
昼を済ませるべく定宿にしていた宿食堂に向かう。
「おいしいのです」
久しぶりの定食の味にリオナと一緒に舌鼓を打つ。
マリアさんと一緒にあの日話し込んだテーブルに今はリオナと差し向かいである。
食後の運動とばかりに僕たちは迷宮に入った。
物珍しいのかリオナがきょろきょろしている。
僕は歩きなれた通路を地下蟹部屋目指して進んだ。
先客がいた。『破壊の槍』を持った同年代の若者が三人、必死に地下蟹と対峙していた。
閑散としていたスポットが今や人気スポットになっていた。
ウツボカズランの巣も満員だった。
ほんとに覗くだけになった。
迷宮を出ると出口の横のゲート広場に懐かしい門番さんを見つけた。僕が迷宮に入っている間に交替したらしい。
「おお、あのときの坊主か? すっかり見違えたぞ。どうだ、うまくやってるか?」
「はい、おかげさまで」
門番がリオナに微笑むとリオナも微笑み返した。
「いい人なのです」と小声で呟いた。
「メアリーにも会っていくといい。詰め所にいるから。毒まみれの新人が増えて最近忙しく――」
突然突き飛ばされた。
「邪魔だ、小僧! こちとら急いでんだ、ゲートを開けろ!」
乱暴な男が僕と門番の間に強引に割り込んできた。
ゲートに一直線に突き進む男のフルプレートの角で僕は頭を殴られた。一瞬、脳震盪に襲われふらついた。
男が安全確認もしないまま、ゲートを起動させた。
リオナと門番さんは僕を助けるべく必死に腕を伸ばした。
次の瞬間転移が起きた。
しまった、巻き込まれる!
僕はふたりを巻き込むように光のなかに倒れ込んだ。




