エルーダ迷宮追撃中(四十七層攻略ギーヴルドラゴン)91
翌日は何ごともなく始まった。
久しぶりに振り子列車で移動しながら、作戦会議をしつつ、お茶を楽しんだ。
「城は落とさんのだな?」
「どんな敵か分からないですからね。リセットしたらすぐ灯台に飛んだ方がいいと思うんですよね」
「一度見ておこうと言うことじゃな?」
「高みの見物ができれば最高ですね」
「投石機三台も潰してくれると有り難いけど」
ロメオ君は適当に書き上げた地図を見ながら言った。スタート地点と投石機と灯台までの湿地帯、南西の岩棚が絵で記されていた。
「これで大したことない敵が出てきたらお笑いよね」
ナガレが空になったオクタヴィアの小さなコップに、冷めたお茶を足した。
オクタヴィアは器用に両手の肉球で容器を挟み込んで持ち上げると舌でペロペロと舐めた。
白い陶器に黒猫が描かれた新しいコップだ。肉球サイズの物をわざわざ注文して作らせたらしい。
一方、影に隠れてヘモジは先日手に入れた兜を逆さにして、そこにお茶を注ぎ込もうとしてアイシャさんに見つかった。
顔面アイアンクローを食らいながら宙吊りになっていた。
今度やったら兜は黙ってゴミ箱行きらしい。
仕方がないと言って、落ち込んだヘモジが出してきたのが、オクタヴィアとお揃いのカップだった。
絵柄はなんだろう?
キュウリ? ナス? そんな感じだ。
それを見たロメオ君がお茶を吹き出して、書き上げた地図に斑点模様を付けた。
「なんの話だっけ?」
「大した敵じゃなかったら笑うって話よ」
「大丈夫なんじゃない。充分癖あると思うよ、あのキメラたち。でもクラーケンだけキメラじゃなかったのはなんでだろうね?」
コモド忘れてる。
ロメオ君は地図を鞄のなかに拭いて戻した。
「適当なんだろ?」
「今日の敵もキメラかな?」
「そりゃやってみないとな」
「ところでレオ君はいいの? 連れてこなくて」
「今日からエルーダ攻略だってさ。先にもう潜ってるんじゃないかな」
「ほんとに?」
「ピノとふたり、やけに張り切っていましたわね」
「そうじゃ。エルネスト、ピノたちに何か頼まれておったじゃろ? なんじゃった?」
「仲間の剣を探して欲しいらしいですよ」
「仲間の?」
「魔法剣が必要だと感じたんじゃないですか?」
「ドロップ品か?」
「そうなりますね」
「ドロップ品って値が張るのよね」
ロザリアが言った。
「しょうがないよ、運が絡んでるんだから」
「帰りにクヌムとメルセゲルの店を回ってみようかと思ってるんだけど」
「リオナも一緒に行くのです」
「布の在庫もなかったわね」とナガレも同伴を決めた。
「昼食のときにチーズの注文も受けておこうか?」
「そうじゃな。そろそろ食堂のストックも切れる頃じゃろ」
結局全員で行くことになった。オクタヴィアもヘモジも何か企んでいるようで楽しげだ。
「どうせ今日は、落書きを見て、地図を回収したら終わりだしね」
「半日仕事じゃな。ちょうどよいじゃろ。誰かさんは学校の宿題もあるじゃろうしの」
「うなぁあああ。それは禁句なのです!」
リオナが悶えた。
「話は戻るけど、まずキメラを倒して、酒蔵経由でバリスタを全滅させて、それから地図探しでいいんだよね。東の落書きで南東のキメラは出さなくていいの?」
「南のキメラの進攻にも寄るんじゃないかな」
「そうか、南東エリアに来るかまだ分かんないんだよね」
「空飛ぶ敵じゃなきゃ、空から追跡できるんだけどな」
「こればかりは開けて見ないとな」
「念のために新型鏃も船に積んできたから、必要なら使ってもいいぞ」
「ナーナ!」
ヘモジが飛びついた。
「ボルトに付けろって?」
「さすがに重過ぎるでしょ」
「船から落とす分にはかまわないんじゃないかな」
「甲板に落とすのだけはやめろよ」
「ナーナ!」
そんなことしないって?
まあ、いいけど。手で投げた方が早いと思うぞ。
リセットして新たな時間が流れ始めると、僕たちは紫色の糸玉を使って灯台に飛んだ。
今日も青い空と海が高台の向こう側に広がっていた。
全員が建物の裏手にある開かずの扉の前に集まった。
僕はひとり慎重に結界を張りながらドアノブに近づき、手を掛ける。
鍵が開く音もなく、あっさり扉は開いた。
扉の先には狭いながらもすべてが揃った生活空間が広がっていた。
敵の反応はないが、ゴーレムの件もある。皆慎重に家捜しを始めた。
結局、小屋の方には何もなかった。塔の方だろうと小さな扉を開けるとまた狭い空間があった。螺旋階段が上に向かっている。
全員で上がるには狭過ぎたので、オクタヴィアとヘモジが先行して、その後ろを僕とリオナが続いた。
手摺りのない階段は怖い。リオナもヘモジもその辺は全然気にしてはいなかった。
階段には埃も積もっていなかった。掃除がよく行届いていた。
最上階の中央には灰が敷き詰められた焚火用の燭台が、その隅に腐りかけのチェストが置かれていた。
チェストには鍵はなく、驚いたことに、なかからこのエリアの地図が出てきた。
ただ肝心な落書きが見当たらない。
必ずどこかにあるはず……
燭台の上、煤けた天井を見上げるとそこに何かがあった。
僕は真っ暗なドーム型の天井に明かりをかざした。
奇声が上がった。
「なんだ?」
窓の外を覗くが姿は見えない。
僕たちは急いで階段を下りた。上りより下りの方が怖かった。
ロメオ君たちは一足早く建物の外に出ていた。
僕たちが追い付くとまた奇声が。
空に火柱が立った。
僕の腕に鳥肌が立った。
「ブレス?」
まさか、ドラゴンなのか!
ドラゴンだと小型飛空艇じゃ太刀打ちできない。
高みの見物をしようと思っていたが、それどころではなくなった。
西の岩棚で何かが蠢いた。
城壁から無数の矢が放たれている。
岩棚から姿が見えてくる。
「巨大蜥蜴?」
火を吐いた。
「羽があるのです。コウモリの羽なのです。ワイバーンの親戚なのです」
「でもあれじゃ飛べないよ。羽が小さ過ぎる」
「あれもドラゴンなの?」
足は四本。鷲爪のように鋭かった。
「原始の竜じゃな」
「コモドと言い、希少種の宝庫だね。でも肺は獲れなさそうだな」
「確かギーヴルじゃ。そんな名前じゃった」
図鑑を見ても出ていないとなれば、新種か失われた種ということになる。
『ギーヴルドラゴン レベル七十 メス』
いよいよレベル七十代だ。
「確か尻尾に毒があった気がするのじゃが」
「よく知ってましたね」
「たまたまじゃ。こう見えても作家じゃからな。ドラゴンの系譜を調べた古い資料を何度か見たことがある」
ハイエルフの古い資料って……
岩棚に続く坂道をギーヴルが下りてきた。
体格だけは紛れもなくドラゴンサイズだ。そして結界も健在だ。
だが飛べないなら好都合。
僕は急いで小型飛空艇を出して全員を乗り込ませた。
前回より軽くなっているので、高度が取れるはずだ。
問題はブレスだが、なるべく距離を取ることで回避できるだろう。




