エルーダ迷宮追撃中(四十七層攻略・プラスにゃん)87
コモドドラゴンのブレス攻撃がいきなり飛んできた。僕たちの頭上を越えて反対側の城壁の上を狙ったようだ。
あっという間に乱戦に発展して、ただでさえ大きなチコの瞳が更に大きく見開かれた。
隠れることより好奇心が勝ってしまっているチコをレオが物陰に引っ張り込んでいる。ピノは盾を構え、そんなふたりの前に展開している。流れ弾には要注意だからな。特にドラゴンのあれは。
ブレスが城壁を真っ赤に焼いた。
バリスタが熱に耐えきれずに炎を上げた。
それでも「肺活量がないんだよね」とロメオ君に言われている。相応のドラゴンのブレスなら一瞬で消し炭になっているはずだから、言われても仕方がない。
チコは目をぱちくりさせながら周囲を見渡している。余り子供には見て欲しくない光景なのだが、余り気にしてないみたいだな。
ピノに頭を押さえ込まれている。どうやらチコの面倒はふたりに任せておけばよさそうだ。
もっともその大外から僕が結界を張ってるんだけどね。
粗方片づいたところで、生存者を確認する。
今回はドラゴンの負けのようである。
頭にバリスタを撃ち込まれちゃな。
結界を破ったミノタウロスの兵士を褒めたいところだが、生き残った連中はアイシャさんの衝撃波でまとめて城壁の外に落とされた。
「もういない」
オクタヴィアが言った。
「よしゲートを出すぞ」
宝物庫の入口付近に出口を設定する。
まずヘモジとリオナが突入する。後続が続く。荷物持ち三人はロメオ君の後をピノ、チコ、レオの順番で突入した。
「うわぁあ。金ぴかだ」
チコが嬉しいリアクションをしてくれる。耳をぴくぴくさせている。
「下敷きになるなよ」
宝物の下敷きになって死なれたんじゃ洒落にならないので、危なそうな物から手を付けた。
僕は大物を転送する振りをして『楽園』に宝物を放り込んでいく。
ピノたちの硬貨の選別も終わり、最後の回収袋を放り込むと本日攻略予定の北エリアのスタート地点に飛んだ。
「石造りだね」
僕たちは山の頂にいた。
神殿跡の廃墟がすぐそばにあった。この辺りは祭事場のようである。麓から長い山道が伸びていた。
僕たちは下界を見下ろした。
他のエリアの建築物は土台こそ石造りだが、上物は大概木造だった。だがこのエリアの建物はまるで違う。別の町にでも来たかのようだった。
石造りの堅固な建物が不規則に並んでいた。
「まるで遺跡だな」
「敵影なし」
リオナとオクタヴィア、チコが声を揃えた。
「確かこのエリアだよ」
そう言ってロメオ君はマップ集を引っ張り出した。
そして一点を指差した。
「番人……」
そう言えば、敵が強くて引き返した冒険者がいるって、マリアさんが言ってたな。それがここにいるのか?
「どうする? キメラに襲わせるのか?」
アイシャさんが言った。
石でできた町となると瓦礫を避けて進むのは厄介だ。
チコもいることだし、安全パイで行こうかな……
「ちょっと待ってよ」
僕は望遠鏡で番人がいそうな場所を調べた。
町並みの奥に窪地がある。周囲をたくさんの石柱に囲まれた神聖な場所のようだ。
「なるほど、このエリアはこの町の宗教的な意味合いを持った場所なんだな」
周囲を巡回しているミノタウロスを見て僕は決断した。
「キメラをけしかけよう!」
チコはなんのことか分からないだろうが、残りの連中にはこれで通じる。現われるのがキメラかどうかはともかく。
一旦、北西エリアに僕たちは飛んだ。
そして橋の周囲にいるオルトロスを優先的に排除しながら、転移を繰り返して橋の下にやって来た。
そして北のエリアに巨大な敵が現われる。
北西エリアの兵士詰め所も慌ただしくなり、小隊を編成すると橋の向こうに突入していった。
僕たちはさっさと北エリアに戻った。
さすがに石でできた町は頑丈だったが、出現したキメラは輪を掛けて頑丈だった。
『ロックゴーレムキメラ レベル六十七 オス』
「なんなんだ」
そこにいた巨大な敵とはロックゴーレムことサンドロックトードである。武装した岩の鎧の隙間から無数の触手が毛のように生えている。一匹一匹が蛇の頭だ。
メドゥーサか? 石化、岩繋がりか? まさか石化してくるんじゃあるまいな?
さすがにそんなことはなかった。
ただ、例の粘液を蛇の頭が撒き散らすのである。
「あれも嫌だな」
強力接着剤だからな。
「お! 火が点いた!」
やっぱり燃やすに限るか。思わず趣旨を忘れてミノタウロスの味方をしてしまった。
ここのミノタウロスは他のエリアと違って聖騎士のような格好をしている。ローブ姿の上に堅剛な鎧を着て、鋭い槍を持った連中だった。
一目見て硬そうだと判断した僕は、キメラに襲わせる選択をしたのだが…… あの粘液戦闘終わっても残るのかな?
それにしてもよく燃える。毛のような蛇頭は片づきそうだが、本体は如何ともし難そうだ。
岩が邪魔をするんだよな。
突然爆発した。
「なんだ?」
全員が身を乗り出した。
「槍だ! あの槍、穂先が爆発する仕掛けだよ」
ロメオ君が嬉しそうに言った。
兵士たちは火に巻かれたロックゴーレムに果敢に攻め込み、岩の隙間に槍をねじ込んでは内部から吹き飛ばしていった。
「知らずに飛び込んでたら、危なかったな」
「あれ欲しい」
チコが言った。
「大物を狩るとき使えそうなのです」
「食うところなくなるんじゃないか?」
「やっぱりいらないのです」
「チコもいらない」
「……」
装甲が硬い相手には有効かもよ。
「バリスタの鏃の応用だね」
ロメオ君が言った。
「え? そうなの?」
「今は装甲剥離より麻痺重視で雷撃中心だけど、昔のバリスタはあれだったらしいよ」
「ドラゴンはあれを逆手に取るんじゃ。わざと射させて回避する。するとどうなる?」
「落ちた先で爆発するんじゃないか?」と僕が答えた。
「味方の攻撃で町はボロボロになるんじゃ」
「敬遠されるわけだ」
ミノタウロスは劣勢だな。隣接するエリアからも兵隊が次々流れ込んできてはいるが。
「動いた!」
「何が?」
リオナとチコが物陰に隠れた。
「隠れて! 早く!」
オクタヴィアも僕に爪を立てた。
「全員隠れろ! 急げ」
ズン! 地面が揺れた。このエリアを囲む森にいた鳥たちが一斉に羽ばたいた。
「何?」
忽然と目映いばかりの反応が現われた。
僕たちのいる山の傾斜に巨大な手を置いて起き上がる謎の物体が出現したのだ。
いつか見たあの巨人だった。
「これが番人?」
巨大ゴーレム。四十階層の天まで届く塔のエリアで見た、人と見紛うばかりに洗練された石の彫像のような。
「格好いい」
ロメオ君と僕は目を輝かせた。




