エルーダ迷宮追撃中(四十七層攻略・プラスにゃん)86
「なんでこうなるんだ!」
「いいだろ? この間と条件一緒じゃん」
ロメオ君の到着を居間で待っていると、ピノがやって来てレオとまた荷物持ちをしたいと言いだした。
この間死に掛けたろ? なんでまた行きたがる?
おまけに今回はもうひとりいた。
「チコ・ソルジャー見参!」
見参しなくていいから。チコに持って貰わなきゃいけない物ならみんな無理すれば持てるから。
「ピノの言ってることにも一理あると思うんじゃがの」
アイシャさんまで。
「いくらなんでもチコはまずいでしょ? レベル六十後半の魔物が一体じゃないんですよ。たくさんうろついてるんですよ! お前らだって、いろいろやらなきゃいけないことがあるんじゃないのか?」
「だからそのための資金稼ぎ」
ああ、くそ、そっちの側面もあったか。
リセットすればもれなく宝物庫が付いてくる。
「チコはなんで行きたいのですか? お小遣いなくなったですか?」
ドラゴンを売ってできたお金をチコが全部消費できるわけないだろ?
「チコも冒険者になる!」
「別に今すぐじゃなくても……」
「チコは初級の迷宮にも行かせて貰えない!」
「そりゃ、年齢制限があるからだろ? いくら寛容な初級迷宮でもチコの歳じゃ許可を出す方が勇気いるだろ?」
「荷物持ちなら入れるもん」
「確かに入れるな」
「アイシャさん! さっきからどういうつもりですか?」
「ゼンキチを説得したのはそなたであろう?」
「あれはアンジェラさんでしょ? とどめはロメオ君だったし」
「でも最初に許可したのはそなたであろう?」
「しょうがないよ、兄ちゃん」
お前が言うなよ!
「アンジェラさーん」
「わたしは二日酔いだから、勝手にやっておくれ」
それだけてきぱき動ける二日酔いがどこにいるんだよ。
「アイシャが大丈夫だと言うなら、大丈夫なんじゃないのかい?」
「将来を見越して敵を見ておくことは決して悪いことではないぞ」
「見たい」
チコに見上げられると弱いんだよなぁ……
でも…… うちは安心安全がモットーなんだ…… 確かにピノを連れて行った段階で言い訳はできない。でもチコだぞ? 確かに耳もいいし、動きも俊敏だ。子供たちの間では最強だとか、第二のリオナとか言われてるみたいだけど、ドラゴン装備なら即死はないか…… 隠密行動もいけるし、お守りも持ってるんだよな……
なんか大丈夫な気がしてきた。
「戦わせないぞ?」
「戦わない」
「僕たちが危なくなったら?」
「逃げる」
「絶対に助けないな?」
「…… 逃げる」
間が気になるところだが。
「でもいくらなんでも一存では、親の同意がないと。せめて長老の許可でもないと無理!」
「両方ある!」
「え?」
「これ、お母さんの字?」
チコは頷いた。
「誰かの代筆じゃないだろうな?」
「本物ですよ」
チッタがやって来た。
「いいのか?」
「長老も匙を投げましたから」
それは許可したとは……
「チコだってエルリンチームだもん!」
ここで許可しないと、向上心が挫折に変わりかねないよな……
要は僕たちで守ればいいだけなんだが。でもそれを言っちゃ、他の……
まるできのうの爺さんの役が回ってきたようだ。
「ああ、もう! こうなったら! ちょっと待ってろ!」
僕はありったけの『身代わりぬいぐるみ』と、即席でオーバーブーストを施した魔石で作った指輪を全部の指の分だけ揃えた。
「全部身に着けろ! 着けたら連れて行く。指輪の調整は今してやる」
この間のようなことは願い下げだ。腕一本で済んだからよかったようなものの、当たり所が悪かったら。
「体力増加四倍! スタミナ三倍! 余ったから腕力も二倍だ!」
僕はしゃがんで指輪のサイズを調整してやる。
こんな小さな手をしてるんだぞ! リオナの手だってまだ小さいのに! 輪を掛けて小さいんだぞ。
アイシャさんたちは僕の奇行を笑っているけど、僕は泣きそうだよ。
「ありがとうございます、若様」
僕が冒険者になると言ったとき、誰も反対しなかった。母さんだって笑って送り出してくれた。
僕がチコの未来を邪魔するのか?
リオナを守れるくらい強くなろうと思ったのはいつだった? 今の僕はまだチコひとり守れないのか?
「よし、準備完了だ」
突然、アイシャさんとリオナが動いた。
床を踏み抜かんばかりに踏み込んで、同時にチコに斬りかかった。
でもチコは後方一回転を決めて、スルスル身をかわして僕の背中に隠れた。
「さすがはソルジャーチコなのです」
「少しは安心したか?」
アイシャさんが剣を鞘に収めながら言った。
脅かすなよ…… 心臓がバクバク言ってる。
僕を見上げるチコと視線が合った。
「普通、避けられないよな」
チコはにっこり笑って頷いた。
「オクタヴィアよりは上手に逃げられる」
既にリュックのなかで寝ていた猫が名前を呼ばれて頭を出した。
「呼んだ?」
そうか、オクタヴィアを守るのといっしょか。そうだよな。確かにそうだ。今までだってオクタヴィアを守り続けて来れたんだよな。何を今更だよな?
「何が問題だったんだ?」
「そなたの度量のなさじゃな」
「さすがに目立つね」
ロメオ君も苦笑いしている。
ドラゴン装備をしたちびっ子が迷宮前のゲート広場を横切る。
「サッサと行こう」
「そうしたいのは山々なんだけど、リセットからだよ」
前回は夕方に引き上げたので、このまま行っても二時間ほどで日が暮れる。ならば最初から再スタートだ。
魔法が使える四人が他を残して順番にゲートに飛び込んだ。残ったチコたちは門番に止められないように離れた広場で待機だ。
今回は全員はずれだった。二度目のチャレンジでロメオ君が当たりを引いた。
「よし入るぞ」
幼い子供にまで荷物を持たせてさぞ鬼畜に見えるだろうな。
アイシャさんは門番に荷物持ち二人と小姓一人を申告した。さすがに荷物持ちとして入れるには無理があったか。
門番とはすっかり顔なじみなのですぐに嘘だとばれるわけだが、うちの面子がそもそも猫だとか小人なので咎められることはなかった。あくまで記録上のいいわけが必要なだけだ。
「酒蔵にとうちゃーく」
ズン! いきなり戦闘開始である。
僕たちは急いで外に出た。
 




