エルーダ迷宮追撃中(四十七層攻略・休日別荘で)85
カヌレを頬張りながらお茶を頂く。二隻並んだ小舟の上で。
岸辺に就業を終えた連中が集まり始めた。
「食材集めかな?」
釣り舟を出すようだ。
「まさか自活?」
「趣味と実益を兼ねてるんだ」
姉さんが僕とロメオ君から一つずつ提供されたカヌレを頬張りながら言った。
「魔法の塔の職員?」
「半分は『銀団』の連中だ」
「あっちにも」
チコが指差した。
対岸の裏手にある工事中の白亜の門扉からフル装備を着込んだ一団が外に出て行った。
「あれは肉を獲りに行ったんだ」
「あっちに通路作ったんだ?」
「狩り場までは距離があるがな。森に入ってしまえば比較的安全だ」
「リオナたちも狩りしたかったのです」
「肉が食いたかっただろ?」
笑いが起こった。
「それもあるのです」
「ん?」
冷たい物が頬に当たった。
「雨?」
全員が空を見上げた。
風が少し冷たくなってきたかな?
稜線越しに灰色の雲が見えてきた。
「こりゃ、雨が降るな」
「戻った方がよさそうじゃ」
鐘が鳴らされた。
舟を浮かべようとしていた連中は作業をやめて空を見上げた。
外に一旦出た連中も急いで戻って来た。
僕たちも舟を岸に着け、流されないように係留ロープで固定した。
終わった頃には大きな波紋が湖面にでき始めていた。
僕たちは別荘に飛んで、帰路に就くことにした。雨を理由に姉さんも早めに仕事を切り上げ、列車に相乗りして帰ることになった。
「カヌレの呪いに掛かったのです」
「一緒にするな」
リオナがげんこつを軽く食らった。
そんなわけでお茶会の続きを列車のなかですることになった。
一泊して帰ってもよかったのだが、子供たちはやはりアンジェラさんの夕飯が恋しいわけである。
「シシケバブのお店が入ると聞いたのです」
「うおーっ、マジかそれ。すっげー朗報じゃん」
「ドラゴン倒していかなくていいの?」
チコが僕に聞いてきた。
「最近一匹倒したからね。今日はお預けかな」
暗にドラゴンの肉をせがまれたような気がした。
家に帰るとゼンキチ爺さんが訪ねて来ていた。
こちらは雨の気配が微塵もなかった。
「師匠。どうしたの?」
ピノが駆け寄った。
「アンジェラ殿と世間話をな」
「ふーん」
「ピノ」
「何?」
「全員の装備を整えたら、エルーダに入ってもいいぞ」
「え?」
地下に装備を収めに階段を降りようとしていた僕たちは全員足を止めた。
「解禁じゃ」
「ただし――」
必要な装備のリストがピノに提示された。
脱出用の転移結晶、補充可能な値段が高い方とか、金貨百枚の『エルーダ迷宮洞窟マップ・前巻』、そして各自が装備する最低限の装備リスト。解体屋と修道院のアイテム保管所との契約料など、すべてが用意できたらという条件付きだった。
「兄ちゃん!」
「貯金、使うのか?」
ピノは頷いた。
「地図は高いぞ」
「『魔物図鑑』も欲しい」
「付録のカードがあるだろ?」
「あれは後輩に譲る」
「『魔物図鑑』は地図より高いよ? 普通個人が所有するものじゃないし」
ロメオ君が言った。
「買えるよね?」
予算の確認をすべく僕を見た。
「ドラゴンスレイヤーは伊達じゃないぞ」
飛空艇に乗って稼いだ金はそう簡単にはなくならない。
ピノの顔が明るくなった。
「それとデビューしたら装備の修理費も薬代も他のメンバーと同じように自腹を切るようにの」
「えーっ?」
「何が『えー』じゃ。他のメンバーは当たり前にしておるじゃろうが!」
「兄ちゃん!」
「薬は命に関わるからな、今まで通り『回復薬』と『万能薬』は提供しよう」
「エルネスト!」
「僕だって未だに姉さんにおんぶに抱っこですよ。それにそれぐらいはしておかないとこっちが安心できない」
「確かに、こっちが身が入らなくなるかも」
ロメオ君も同意した。
「デビューの準備ができるまではまだ時間が掛かるじゃろ? それまでに全員の装備を固めてしまうのはありなのではないかの?」
「アイシャ殿まで!」
「死なれては元も子もなかろう?」
「じゃが!」
「実力以上のことができてしまうことが心配なのでしょう?」
ロザリアが言った。
「それは大丈夫じゃないかね。きのう鼻っ柱を折られたばかりだし。レオもいるし。信じてお上げよ。ピノはきのうの失敗を糧にできる子だよ」
アンジェラさんは言った。
信じてお上げよ…… 僕も言われた言葉だ。一生心に刻まれる言葉だ。
「師匠……」
「駄目じゃ!」
「レオもこれで成人だし」
「エルフで言ったらまだ子供じゃ!」
まあ、確かに見掛けも十四には見えないけどね。
「一緒に行かれたらどうですか?」
「サエキ、お前まで」
サエキさんが食材の買い出しから帰ってきた。
「師匠も道場に籠もっていては腐るだけですよ。まだまだ現役でいていただかないと。なんでしたらうちの長老たちも連れて行かれてはどうですか?」
ああ、なるほど! 老人たちのリハビリにもなるか!
女性陣にタッグを組まれたら、男は駄目だ。口数では逆立ちしたって勝てやしない。
師匠は渋々頷くしかなくなった。
「取り敢えず体力とスタミナを二倍にするのです。回復も欲しいのです。盾持ちは力と体力強化なのです」
「それはもうドラゴン装備でしてるでしょ」
「じゃあ三倍!」
「あの…… 二倍って?」
レオが小声でロメオ君に尋ねた。
「装備付与だよ。レオ君の装備もばっちり決めて貰えるよ」とロメオ君が言った。
なんというか、一般常識が通じなくてごめんなさいって感じだな。普通、装備付与なんて全身振り込んだって一つか二つ、五割アップが限界だ。武闘大会レベルでそれが三つとか四つになる程度だ。
「ピノの全財産も遊んで手に入れた物ではないですし」
「姉さんも何か言ってよ!」
「どんな装備を着ていても引き時を間違えれば死ぬときは死ぬ――」
そう言うことじゃなくて! 僕やリオナに最高級の装備を揃えてくれただろ?
「もっとちゃんとした装備で行かせてやればよかったなんて後で思いたくはないだろ?」
そう、それ!
「じゃがな…… 贔屓するわけには」
「この子たちがいずれ立派な冒険者になったそのときには、この子たちが後輩にできる限りのことをしてやればいいんじゃないのかい?」
アンジェラさんの言葉で遂に師匠は折れた。
「もっとも見習いだけじゃ、入れさせて貰えないと思うけどね。さすがに中上級者向けの迷宮だし。やっぱり引率は必須なんじゃないかな?」
「……」
シーンとなった。
「ナ?」
ヘモジが首を傾げた。
ロメオ君。早く言ってよ!
その夜はピノのパーティーメンバーも呼んで、長老たちも巻き込んでどんちゃん騒ぎになった。
ピノのパーティーは皆猫族でそれはそれで面白いチームに仕上がっていた。レオ以外は全てスピードスターなのだ。ここに打撃力が加われば鬼に金棒だろう。結界が盾頼りと言うのは心許ないが、レオの盾も合わせれば迷宮の前半ではほぼ無敵だろう。前回のようなミスがなければの話だが。後は回復役がいたら最高なんだけど、滅多に転がってるものでもないし、こればかりは薬でなんとかするしかないだろう。




