エルーダ迷宮追撃中(四十七層攻略・休日別荘で)84
「エルネストさんの領地?」
「この湖からミコーレに水を送ってるんだ」
「ほえー、あれも?」
後ろにそびえる建造物群を見渡した。
「兄ちゃんの姉ちゃん知ってるだろ? 魔法の塔じゃ結構偉いんだぜ。その姉ちゃんが魔法使いを使ってここを作ったんだ。凄ーだろ」
「うん。でもさ、なんか周りにいる魔物のレベルが……」
「そうだ、見に行こうぜ、凄いのがいるんだぜ」
ピノとレオはすっかり仲良くなったようだ。
テトとピオトも万能薬を飲んで復活すると、ピノとレオの後を追った。
合流してそのまま展望台の方に行くようだ。
リオナたちは波打ち際で砂浜の感触を楽しんでいる。
「工事も着々と進んでるなぁ」
「客の姿もちらほらいるみたいだよ」
「日帰りかな?」
「耳聡い人もいるもんだね。あの格好はミコーレの貴族かな?」
ロメオ君が言った。
「露店はないのかな?」
「さすがにそれは。あったら見逃さないでしょ?」
リオナと子供たちがね。
「確かに」
「レオ、よかったね」
「まあね」
「姿形が違うというだけでもしんどいものじゃ。若いうちは特にな」
そう言う意味では王宮暮らしのリオナもつらかったに違いない。
ふとリオナの方を見ると、鎧を脱ぎ捨ててみんなで泳いでいやがる。
「あーあ。弾けちゃってまー」
「この湖には魔物はおらんのかの?」
あ、景色が止まった。
「いたらさすがに排除するでしょ」
リオナたちがまた動き出した。
魔物除けの結界はもう張ってあるんだろうな?
「あれ? ヘモジは」
「あやつもおらんの」
オクタヴィアと一緒に何処行った?
「あはははは」
突然、ロメオ君が笑い出した。
すると宿舎になっている建物の方からステップ踏んで近づいてくる麦わら帽子と海パン姿の小人と猫がいた。
姉さんだな。今は夏じゃないっての! もうすぐ冬だぞ。
手には熊手とバケツ。どちらも子供用のおもちゃだ。
途中でくるっと向きを変えて波打ち際に入っていった。そして砂をかき始めた。
「何やってんだろ?」
「貝でも獲っておるんじゃろ?」
「潮干狩り?」
「湖に潮はないでしょ」
「おわっ!」
なんかヘモジが自分よりでかい何かを砂から引き摺り出した。
オクタヴィアがそいつの上に乗った!
身動きできなくなったところを、僕が預けたままにしている解体用のナイフでヘモジがズプリととどめを刺した。
「何?」
水でバシャバシャ洗ってバケツに放り込むが、バケツに入りきらない。
両手に抱えたままこっちにやって来る。
まさか、あれをあのまま『楽園』に入れろと言うんじゃないだろうな?
「ナーナ」
「『入れ物持ってくるまで預かって』だってさ」
ふたりはまた大きな建物の方に走り去った。
「これは? ヒラメ?」
「カーペットフィッシュの淡水亜種かの?」
へー、ハイエルフはそう呼んでるんだ。
「こんな波打ち際にいるなんて、警戒心なさ過ぎじゃない?」
ロメオ君が呆れる。
「それだけ外敵がおらんのだろ?」
「すぐ隣にドラゴンがいるおかげで敵も寄りつかないか」
ヘモジが台車を押して戻ってきた。
氷の入った木箱を貰ってきたようだ。
ロメオ君からヒラメを受け取ると箱に放り込んだ。
「ナーナ」
「『一緒に魚獲ろう』だってさ」
「妾は遠慮しておこう」
「じゃあ、少しだけ」
「ナーナ」
はいよ。今、台車持ってくから。
オクタヴィアが次の獲物を探していた。
すると突然、大きな口が砂のなかから現われた。
オクタヴィアは咄嗟に後ろに飛んだ。そして次の瞬間そいつの頭を押さえ込んだ。
ヘモジが護岸からジャンプした。
そしてズプッ。
また一匹取れたみたいだな。
「…… あれヒラメじゃないよね?」
「ああいうのもいるんじゃないの?」
どうやらオクタヴィアの揺れる尻尾を餌か何かと勘違いしたようだ。
「あっち大丈夫かな?」
泳いでいる連中を見た。
「ナーナーナ」
あっちは日が当たるから大丈夫?
ヘモジは獲物を箱に放り込んだ。
「へー」
「よく知ってるな」
「ナーナ」
「『昔噛まれた』て」
まあ、この程度のサイズなら飲み込まれることはないか。
またオクタヴィアが釣り上げた。そしてヘモジがグサリ。
「なるほど魚釣りじゃなくて魚獲りか。確かに」
「でもこれって食べられるの?」
「ナナーナ、ナナ」
ムニエル、唐揚げ?
「ナナナナナ」
「食べはしない、売り付ける?」
「毎度あり」
「ナーナ」
オクタヴィアとヘモジが宿泊施設になっている宿屋から出てきた。
「三千ルプリ?」
「ナーナ」
稼いだお金を僕に渡してきた。
「ここにはお店がないからな。帰ったら市場行こうか?」
「ナーナ!」
「ホタテ!」
ピノたちが戻ってこないな。
「展望台から落っこちたんじゃないだろうな?」
迎えに行ったら、アースドラゴンと睨み合っていた。
「兄ちゃん! どうしよう?」
「何が?」
「こういうとき目をそらしたら負けなんだよね?」
ピノ…… お前何と戦ってんだ。
「見てるだけだから、行くぞ」
目を合わせたら逆に危ないって。
「エルネストさん! エルネストさんはドラゴンを飼ってるんですか!」
「誰がそんな恐ろしいことするんだよ。あれは野生だよ。もうお昼だから行くぞ」
ドラゴンはゲフッと咳き込んで火を吐いて戻っていった。
「おおっ」
ピノたちは一目散にその場を後にした。
「こえーっ」
顔はいたずらっ子のように笑っていた。
「遅いのです」
リオナたちもロメオ君たちと合流を果たしていた。
「遅かったな」
姉さんだ。
「奥に食堂があるから行くぞ。何してた?」
「こいつらがドラゴンと睨み合ってた」
「いくら結界で守られてるからって挑発するなよ」
「でも生まれて初めて見ました」
「コモド見たじゃん」
「コモドより何倍も迫力あったよ」
食堂の席に着くとごく普通の定食が振る舞われた。大盛りもリオナたちには物足りない物だったが、ここにはこれしかないらしい。早速、ヘモジたちが獲ったヒラメの唐揚げが一切れ載っていた。
午後はチーム編成を変えてまたレースをした。どうやら病み付きになったらしい。
「これは予想外の展開だな」
「なんであんなの作ったの?」
「訓練用だ。魔法使いは兎角デスクワークが多くなりがちだからな。自然を満喫しながら足腰を鍛えるにはちょうどいいだろ?」
「ここは退屈じゃない?」
「散歩コースが欲しいのか?」
「いえ、結構」
「娯楽施設は危なくて外には作れんだろ。まだ何が起こるか分からんしな」
「雨期の洪水大丈夫なの? こんなにきれいな町にしちゃって」
「溢れることを前提に作った町だ。問題ない」
「貴族の姿を見かけたけど」
「ミコーレの環境省の役人だ。水源に毒でも投げ込まれては困るからな。見張りだ。仮にここで猛毒を仕込んだところで末端に届く頃には薄まってしまうし、下流域には浄化を施す取水施設もあるから心配ないのだがな」
「あれが魔法の塔の定宿になるのかな?」
「実際利用するのは民間と半々だな。訓練施設を利用する客もあそこが定宿になる」
「ほんとにここでするの?」
「もう既に始まってるぞ。先週はミコーレの一団がコース確認のために利用したぞ。トレントに引っ掛かって、惨憺たる有様だったがな。途中リタイヤは計算に入れてなかったんで、回収に手間取ったぞ」
そんな場所に僕たちは放り込まれたんだよな。パスカル君たちほんとによく生きてたよな。
「湖の向こうは民間に貸し付けようと思ってる。宿泊施設やいろいろな店が入った複合施設になる予定だ。美観のこともあるので建物はこちら持ちだがな」
「姉さんの知り合い?」
「ミコーレ側は皇太子の息の掛かった商人たちになるな」
「どんな店が入るのかな?」
「それは何もかも完成してからのお楽しみだな」
姉さんと湖を見ながらのんびり話をした。
レースは三人一組になっていた。今回はロメオ君もロザリアもナガレも参加している。
優勢なのはロメオ君とテトとレオチームだ。堅実な三人が落ち着いたレース展開を見せていた。
チッタとピノとナガレのチームと、リオナとピオトとロザリアのチームがほぼ拮抗していたが、体力的にそろそろつらくなる頃合いだ。
「ところで迷宮攻略に進展はあったのか? 宝物庫とコモド以外に」
「四十七階層の地図ができそうかな。それとコモドより強そうなのが出てきそうなんだけど」
「楽しそうだな」
「仕組みがどうにも複雑でさ。さっさと進むのも手なんだろうけど、何か引っ掛かるんだよね」
「空と大地に開いた穴は待ってはくれんぞ」
「時間はあるんでしょ?」
「貴族連中は基本的に短気だからな。横槍を入れられたくなければ結果を出すことだ」
「四十七階層は手強いよ。ピノの魔法の盾が真っ二つだからね」
「なるほど、もはや横槍を入れられるレベルではないと言うことだな」
「近衛を師団ごと投入されたら分かりませんが」
「迷宮で駒を減らす馬鹿がどこにいる」
「クエストによっては後戻りできないケースもありますからね。慎重に行きますよ」
「お、勝負が付いたな」
僕たちは勝者を出迎えに行った。




