エルーダ迷宮追撃中(四十七層攻略・リセット)75
船にダメージはなかったのでそのまま航行を続けることにした。
日が沈んでもやれると思ったのだが、予想以上に視界が悪く、明かりを点けたら点けたで後手を踏みそうなので船旅は中止することに決めた。
と言うわけで野戦に移行する。
一旦外に出て、西エリアの空き地を記録した黄色い糸玉で入り直す。つもりだった。
だが外はわずか数時間前と打って変わって土砂降りになっていた。一寸先も見えず、歩く度に泥が跳ね上がった。雨具も功をなさないから門番さんは定位置から奥、迷宮を入った所に陣取っていた。
結界を張ったが、一瞬でずぶ濡れ。急いでゲートに飛び込んだら、糸玉を出し忘れていた。
「冷たーッ」
「ナーナ」
ナガレは兎も角、身長の低いヘモジはもろに頭の先まで泥を被っていた。
乾かさないで再召喚してやろう。
「あれ? ここどこですか?」
ロメオ君の声にはたと気付いた。
「ごめん、糸玉出し忘れた」
見渡すと見たこともない池にぽっかり浮いた小島にいた。空にはさんさんと太陽が……
「昼になってない?」
「あれ? 夜は?」
僕たちは穴兎が周囲を警戒するが如く周囲をキョロキョロと見回した。
「リセット…… した?」
僕たちはこのとき南東エリアに出てきていた。
このときはまだどこにいるか分かってはいなかったけれど、僕たちはリセットに関するトリガーを見つけた。
「もしかして、糸玉を使わないで新規に入り直すとリセットされるのかな?」
「そんな!」
ロザリアが叫んだ。
余りの間抜け振りに驚いているのだろう。まさか、そんな単純な事象を見逃していたとは、と。
だがあながちそうとも言えない。僕たちが容易く引っ掛かったのには理由があった。
初めて四十七層に来たとき、スタート地点は日も傾き掛けた夕刻だった。そう、これこそが罠だったのだ。
僕たちはここで急きょ実験を始めた。
こんな天気のときにやりたくはなかったが、やらなければ先には進めない。
もっと早くにやるべきだったのだ。
僕たちは糸玉を使わずに何度もゲート侵入を繰り返した。
そして濡れ鼠のようになりながら一つの答えを得た。
リセットはやはり糸玉を使わないで入ったときに起こることが分かった。時間はリセットされるとそこから新たな時間軸がスタートし、糸玉の過去の時間情報は上書きされるのである。
そしてトリガーとなる新規入り直しにも法則があった。
それは開始時刻がそれぞれのスタートポイントで決められていたことだった。北は深夜に始まり、東は明け方、南は昼で、西は暮れ方となっていて、僕たちが最初に突入したポイントは南西、つまり夕方だったわけだ。そう時計回りに割り振られた開始時刻、これが罠だったのだ。
すべてが同じ時刻に始まっていれば、なんの問題もなくリセットのフラグを見つけることができたと思う。でも実際は、最初夕刻に始まり、二回目のときは明け方だったのだ。位置情報と時間軸にはなんらかの関係性があると思い込んでしまったのだ。
一定の法則に則ったフラグを探していたせいで、まんまと罠に引っ掛かってしまったのである。こんな単純な趣向に。
ここにきて僕たちはマリアさんが言った言葉の意味を思い出した。
攻略に最適なルートが東のルートだと言っていた意味。それは日が一番長いルートだと言う意味だったのかもしれない。よくよく考えれば敵のレベルはエリアごとに特に差は設けられていない。城に近付くほど強敵になっていくだけだ。
後はルートの選定だけで、橋の落ちている北が貧乏くじ、南が手薄な感じだ。ただ南から城に入るには鍵を探し、兵士詰め所を突破するか、キメラのいる縦坑の罠を抜けなければならない。キメラに対応できるなら、僕たちが辿った道が最短だろう。
まずどの方角のスタート地点にいるのか確認するところからやり直さないといけなかったので時間を食ってしまった。
太陽の位置と城の方角で当たりを付け、砲撃覚悟で空に舞い上がってマップ情報にある目印をチェックしていったのである。まず明るい地点を先にクリアして、後で夜の部分の穴埋め作業をした。
その苦労の甲斐あって始動開始時間のばらつきの法則性を見出すことができたのだ。
赤色の糸玉に北の、橙色が北東、紫色が南東、茶色が北西のスタートポイントを記録した。
北東エリアと南東エリア、北エリアの一部と東エリアは探索済みのマップ情報があるので、これからの苦労は半減することになる。
こんな天気なので、遠方から来る冒険者は皆無だ。馬車を引く馬だってこんな日は願い下げだろう。
知らずに迷宮内で狩りをしていた連中が出てきてゲート広場で騒いでいる。
僕たちは食堂の窓からそれを眺めて暇を潰している。
「あ、迷宮に戻った」
僕たちはテーブルの下に火の魔石を置いて暖を取った。オクタヴィアは珍しくご主人の膝の上で大人しく丸まっている。
「午後からはどうするの?」
ロメオ君が聞いてきた。
「段取りを考えないといけないな」
「まず昼のエリアに入ることじゃな」
「理想はやっぱり東エリア、明け方の時間帯に入れたらいいと思うけど、そのためにはマリアさんが言ってた裏技を使わないといけないと思う」
「結局そうなるのか」
「でもそのためには脱出ゲートの往復が欠かせない。そうなるとパーティーは僕とロメオ君、アイシャさんとロザリアの四班に分けるのがいいだろう。リオナたちはそれぞれの護衛だ」
「じゃが誰かが当たりを引いたとしても内側から開けた脱出ゲートに、残りのメンバーを外から招き寄せるのは正直、危ないのではないか?」
「余所のパーティーが開いたゲートと区別できないものね」
「そうなんだ。だからこういう手はどうだろう?」
僕は糸玉を使う方法を提案した。
それぞれの班に同じ色の糸玉を持たせ、正解を引いた班に記録を取らせる。
四班編成だと確率は二分の一。二回入り直せば正解に誰かしら当たる確率だ。あくまで確率だが。
そして正解を出した班も含めて一旦、全員外に脱出して貰って、記録した糸玉で入り直すのである。
ただ他の糸玉の記録は保持しなければならないので、使える色は一色だけだ。空いた色に記録しなければならない。
最初のスタート地点、南西の白、西の空き地の黄色、南の入り江の黄緑色、酒蔵の水色、北西の武器屋の青色。後は各スタート地点の北の赤、北東の橙色、南東の紫色、北西の茶色である。他の色の糸玉が見つかればこの限りではないが、現在使えるのはエリアが被っている茶色か武器屋の青かだ。
武器屋はヘモジが使うボーガンのボルトが無料で大量に補充できることもあって記録しておいたのだが、北西エリアのスタート地点の記録とどちらかを空けなければいけない。
今回はスタート地点の茶色を犠牲にして、東エリアの記録に当てることにする。
そこで在庫を確認すると予備の一個があったので、どこかで回収するのは残り二個ということになる。
回収する場所は言わずもがな、西エリアの織物工場の廃墟である。
「またあそこに行くですか?」
「いつか数が集まるのを待ってもいいけど、昼間だけ行動しようと思うと、リセットは欠かせないんだよ。だからさっき言った段取りが毎回必要になるんだ。二班で出入りを繰り返して当たりを引くより、四班で分担した方がいいはずだ」
「でも面倒臭いのです」
「それはみんな同じだよ」
「でどうする?」
「まず、投石機とバリスタを黙らせるのは今まで通り。まず、今の状態のままリセットせずに
酒蔵に飛んでコモドドラゴンにバリスタを破壊して貰って、それから南西エリアに飛んで落書きを見てキメラを発生させる。これによって織物工場のガードが緩むので、後は西の空き地から織物工場に入ればいい」
「どの色でも糸玉が四つ揃えば、その色と交換すればいいだろう。欲を言えば他の色も手に入れて落書きポイントや、移動中の記録にも使いたいんだが。他に色があるかも分からないしな」
今日は段取りだけ済ませて、残るエリアの探索はまた明日ということで。




