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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第三章 ユニコーン・シティー
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閑話 悩める女たち ~懲りない面々~

「状況は最悪よ」

 アールハイト王国王家第一王女にして、ミコーレ公国皇太子の婚約者、マリアベーラ・カヴァリーニが執務室の椅子に座りながら不機嫌そうに言った。

 サルヴァトーレ・チッチの今回の愚行はミコーレ本国でも大分問題になっているらしい。

「てっきり王冠を狙いに来るものと思っていたのだけど…… 侮ったわ」

 大方の予想通り、チッチはミコーレ王族からも警戒されていた。

 だが、彼のタイムスケジュールではユニコーン部隊と拠点と名声を得る、地盤固めの方が先だったようだ。

 知略こそ自分の武器だと豪語する我が姉がまんまと裏を掻かれたわけだ。それでこの仏頂面なわけだが…… 

「悪いけど、姉さんには協力できないわよ。首謀者は王宮筆頭魔導師殿が連れて行ってしまわれて、こちらとしてはまともなコメントも出せないでいるんだから」

 おまけにアシャン老にも上前をはねられ、株は下降気味だ。

「そっちはもうケリを付けてきたわ。遠征中の不慮の事故で片付けるそうよ」

 そういうと書類をテーブルに投げた。

「剣一振り?」

「砂漠の国ミコーレの伝家の宝刀『水竜』よ。これでなかったことにしてほしいそうよ」

「何かの冗談? こっちはバジリスクをけしかけられたのよ! 下手したら領地の二、三個滅びてたのよ」

「怒らないでよ。ヴァレンティーナ。今言ったのはお父様への単なるご機嫌取りよ。王宮にしてみれば騎士団の半分を投入しても勝てなかった西の紛争の首謀者がいなくなっただけでも儲けものなんだから」

「で、何をしてくれるのかしら? 言っておくけどこうなった以上、南への街道整備は遅れるわよ」

「だから、報酬はその工費全額をあちらが負担するということで」

「馬鹿言わないでよ! 二度も仕掛けてきた国に最短ルートの街道整備なんてできるわけないでしょ!」

「あなたはこの町をどうしたいの? 最前線の砦にしたいの? 違うでしょ?」

「悪いけど今回は口車には乗れないわよ」

「よほどチッチは強敵だったようね」

「弟君がいなかったら出し抜かれていたわ。ユニコーンが共闘していなかったらと思うと冷や汗ものよ」

「あんたが仕留め損なったからじゃなくて?」

「チッチは召喚術式に幻影術式まで仕掛けてたのよ。あの男の念の入れ様は病的よ。当てただけでも褒めて貰いたいもんだわ」

「体力付けなさいよ。一撃しか放てない必殺技なんて、どんだけヒーローなのよ」

「チッチを褒めるのね。レジーナだって最後はカスカスだったんだから」

「ほんと、惜しい人材を亡くしたわ」

「あーいうやつは自分が一番だと思っているものよ。姉さんに御せたとは思えないわ。実際裏をかかれたみたいだし」

「だから言ってるのよ。宰相にするには最高でしょ?」

「死んだ人間に何言っても今更無駄よ。で、どうしてくれるわけ?」

「うちの偵察要員がね、あんたたちが罠にはまった後の現象がおかしいと言ってきてるのよね。それにアシャン老を見たという者もいないのよ。おかしいと思わない?」

「その偵察とやら、よくレジーナの一撃に耐えたものね」

「手の内を知ってれば備えるものでしょ? チッチが無防備だったことの方が不思議だわ」

「勘定に入ってなかったのよ。そもそも急襲したのだから、時間を掛ける腹はなかったはずでしょ。陽動で蚊帳の外に追いやった役者のことなど気に掛ける必要はないわ」

「足止めを食らうとは思っていなかったわけだ」

「多少の抵抗は想定していたでしょうけど…… さぞ悔しかったでしょうね」

 姉はわたしにそろそろ答えろと目で促した。

「彼には別の特技があってね。アシャン老とは遠縁でもあるわけだし」

 さすがの姉も目を丸くした。

「あの『牢獄』を使ったというの?」

「本人曰く、罠を回避するために他の手段が浮かばなかったそうよ」

「結界を張るだけでよかったんじゃないかしら?」

「逃がす気はなかったみたいよ」

 姉は黙り込んだ。

 確かに防御に徹すればあそこは防御結界を張るところだ。だが、彼はその隙にチッチが逃げおおせることを読んでいた。だから罠を無力化し、同時にあいつを閉じ込める手段を選んだ。「つまりチッチを捕らえたのはアシャンではなく……」

 わたしは答えなかった。

「噂をすれば、ほら」

 窓から東の城門前を見下ろすとそこには大勢の獣人の子供たちが待ち構えていた。そのなかに見慣れたふたりがいる。

 そして開門と共に白馬の群れが一斉に入場してくる。

「ちょ、何よ、あの白馬の群れは?」

 姉は身を乗り出した。

「ユニコーンの子供たちよ。事件のおかげであの通り、この町もすっかり託児所代わりになってしまったわ」

「あり得ないわ」

 同感よ。でもこれが現実。

「東門を朝と夕の決まった時間に開門するのが日課になっちゃったわ。ほら、姉さん始まるわよ」

「何が?」

「子供たちの遊びよ」

 それは荷運びだった。

 用意された荷馬車を所定の場所に運ぶ仕事だ。馬車は前日の内に運べる状態にされていて、番地が記された張り紙が置かれている。それを獣人の子供たちと一緒に好きなものを選んで運ぶのだ。獣人の子供たちには一回のお駄賃が小銀貨五枚。ユニコーンの子供は仕事の難度に合せて好きな果物を数個らしい。すべて町中の仕事なので危険はない。おやつが多くほしくて二回、三回と働くものもいるが、仕事は限られているので年少組から振り分けられていくのである。

「あの子が考えたのかしら?」

「長老と考えたみたいね。さすがに毎日となると食費も馬鹿にならないから、サービスとはいかないわ。でも、あくまでも遊びよ。強制じゃないわ」

 リオナと『草風』妹がやって来た。

 わたしと姉は一階に下りて出迎えた。

「マリア姉ちゃん!」

 リオナが驚いている。

「ちょっと用事で来ただけよ」

「ほんとにユニコーンなの?」と、姉は不思議そうに『草風』妹を見下ろしている。

『初めまして、お荷物運んできました』

「ユニコーンがしゃべった!」

 姉は飛び跳ねた。正確にいうと念話である。

「普通は獣人としか話せないんだけど、この子たちは話せるの」

 リオナが説明する。そして『草風』妹が引いてきた小さなソリの上に載っている箱を手渡した。それは建築事務所からの書類の束だった。

「ご苦労様」

 そう言うとわたしはユニコーンの首に掛かった配達伝票にサインをした。

「毎度ありがとうです」

『ございましたー』

 ふたりは一礼すると来た道を楽しそうに帰っていった。

「今日は何にする?」

『ポポラの実にする』

「もう一回やる?」

『ううん、一個で平気』

 実に楽しそうだ。


「頭が変になりそうよ」

 帰って行くふたりを見送りながら姉が頭を抱えた。

 そこへ入れ替わりに弟君が現れた。

「お早うございます。マギーさんいますか?」

 しばし姉と弟君は無言で対面する。

「お早うございます、マリアベーラ様。お久しぶりです」

「ご活躍の様で何よりね」

「いえ、僕なんて何も、全然です」

 妙な緊張感があるわね。弟君姉さんみたいなタイプ苦手なのかしら?

「今日はなんの用?」

「武器を新調しようと思って。アルガスに行くから、ついでにマギーさんの知り合いの店を紹介して貰おうと思って」

「あら、新調するの?」

「今の剣を手入れに出すので、ついでに魔法剣でもと思いまして」

「何よ、己の技を磨くのは諦めて、ものに頼る方向に妥協するわけ?」

「こないだの戦いで一朝一夕に皆さんのレベルになれないということに気付かされました。とりあえず時間稼ぎに一本手に入れようかと。自作もしてみたいし」

 ボソッと最後に余計なことを言ったわね。

「いつも言ってるけど」

「自重します!」

 したためしないじゃないのよ。

 エルネストは元使用人部屋に消えた。

「とてもふたりの将軍に引導を渡した男の顔じゃないわね」

「本人もそのつもりはないみたいよ。状況が有利に働いたぐらいの認識しかないみたいだから」

「守ってあげられるの?」

「そのつもりよ。それにこんなことそうそう起きて貰っては困るわ」

 わたしがそう言うと姉は帰り支度を始めた。

「帰るの?」

「ここにいると頭が変になるわ」

「それで、報酬の件は?」

「内緒にしておいてあげる」

「ずるくない?」

「あんたの駒でしょ?」

「あの子は冒険者よ。駒にする気はないわ。それより、冗談抜きでちゃんと払ってよね」

「あ、そうそう。ミコーレ国王の弟、デボア候が隠居するらしいわよ」

「あら、朗報だわ」

「ジョルジュの愚痴がなくなってこっちも大助かりよ。これは迷惑料よ。取っておいて。じゃあね」

 そう言うと姉は宝石を一つ投げて寄越して、ゲートに消えた。

 素直に払えばいいのに。

 宝石は偽物でない限り、金貨一千枚は下らないだろう。

「どう思う?」

 わたしは二階の吹き抜けを見上げた。

「十中八九、けしかけたのはマリアだ」

 レジーナが答えた。

「許嫁の将来のために軍部の刷新といったところだな」

 やっぱりそう思うわよね。

「毒が強すぎて慌てて見舞いに来たのよ。『策士策におぼれる』ってやつよ」

「でも貰える物は貰えたことだし。若干安い気はするけどね」

「バジリスクの召喚術式のコピーならあるけど」

「バジリスクを捕まえてからじゃないと意味ないんじゃないの?」

「試してみましょうか?」

「やりすぎよ。今回は貸しにしときましょ」

 丸腰で来たことは評価してあげるわよ、姉さん。

 でも次は笑って帰れるとは思わないことね。ま、言わなくても分かってるだろうけど……


 レジーナが階段を下りてくる。

「大丈夫?」

 わたしは静かなレジーナに思わず声を掛けた。

「今頃…… 『トイキ』もあの世で呆れているわね。こんな景色見せられたら悩んでいた自分が馬鹿みたいよ」

 わたしたちは建築途中の町並みに闊歩する白い影たちをしばらく見送った。

「賠償金それで大丈夫なの? 自腹で騎士団動かしたんでしょ?」

「弟君が手を貸してくれたわ。『完全回復薬』、末端で二千四百本。マギーの実家と折半してもお釣りが来たわよ」

「へー、それは初耳ね」

 レジーナが薄笑いを浮かべた。

 あ、しまった。内緒だったんだ。


 ごめん…… エルネスト。口、滑っちゃったわ。

 

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