エルーダ迷宮追撃中(四十七層攻略・続二夜目)66
話が噛み合わない。
なんだかずれている。
「王様いたでしょ?」
「いたのです。ヘモジが一撃だったです」
「タイタン並みに硬かったでしょ?」
タイタンがヘモジにとって硬かったかは別にして、王様がそんなに大した奴には見えなかった。
「ナーナ?」
「そんなことなかったって」
ナガレとオクタヴィアが同時に通訳した。
「それってほんとに王様だったの?」
「玉座に座ってた」
オクタヴィアが通訳のついでに答えた。
「ナーナ」
「王冠も被ってた」
「錫杖は? でっかい棍棒みたいな奴持ってた?」
全員が首を傾げた?
「我らが倒したのは王ではなかったということかの?」
マリアさんの話を聞く限り、そういうことになる。
僕たちが持ち込んだ城内の地図を見下ろして、玉座のある大広間の再確認を始めた。
見てもうろ覚えのマリアさんは四十七階層を一緒にクリアーした同僚に確認を取るべく事務所の裏手に回った。
しばらくすると玉座の間の位置に間違いないと確認して戻ってきた。
「どういうことなのかしらね?」
あそこにいた王が別人であることだけはもはや疑いようがなかった。しかも僕たちが倒した方が劣化版だ。
「わたしたちのときはその王が鍵を持っていたのよ」
「持ってなかったのです」
偽者なら持っていなくて当然だ。
「次の階層への出口はその鍵の掛かった扉の奥にあるのよ」
王の寝所に別口の脱出経路があり、地上のどこかに続いているらしい。そこに脱出部屋に繋がる祠があるそうだ。
縦坑が地図にない隠し部屋に繋がっていたのと同様に、マリアさんの言うところの脱出口もまた地図情報に記載されていなかった。やはり非常用の脱出ルートの情報は秘匿されているとみるべきか?
ロメオ君がメモを取った。
「それにしても、次から次へと、よく見つけてくるわね」
昨日の今日であるから、言われてもしょうがない。
さらに宝物庫の話をしようものなら卒倒すること請け合いだ。当然、ばらす気はないが。
「要するに本物の王様を見つけ出さないと通過できないってことですよね」
ロザリアが言った。
「だけとは限らないけど、そうなるかしらね」
普通、鍵を持っていそうなのは…… 王族本人以外では執事や専属の使用人ぐらいか。
「外から入れないかな?」
「どこ?」
「ベランダとか、窓から」
ロメオ君が言った。
「このまま足止めなんて困るのです」
まったく、楽に攻略できた理由がこれかと勘繰りたくなる。
「時間も深夜だったし、王様は寝室で寝てるんじゃないかしら?」
ロザリアが言った。
「それって王様の出待ち?」
ナガレが言った。
「どんな迷宮なのよ」
お前自身、迷宮のミラクルだろうが。
「ナナーナ」
ヘモジがマリアさんに何か言った。
「落とした王冠持ってるって」
オクタヴィアが通訳してくれた。
ヘモジは自分の鞄を開いて、なかの王冠を取り出そうと中身をテーブルにぶちまけた。
世界が止まった。
鞄に押し込んでいた宝物庫の宝がテーブルの上にさらされたのだ。
金や銀の小物の数々。どれも決して安い代物ではないだろう。
地図を事務所に持ち込んだせいで興味を示していた職員や、美女軍団に見惚れているいつもの男連中の視線もあった。
この場にいる全員に雷を落として記憶を奪いたかった。
ぶちまけたお宝を回収しようと僕は手を伸ばした。
が、手遅れだった。
ヘモジが王冠にしていた金のブレスレットがコロコロとテーブルを転がって床に落ちた。施されている宝石だけでも恐らく金貨三十枚は下らない。
ヘモジの鞄が小さかったことだけが救いだが。誰がどう考えたって一番小さなヘモジに荷物持ちをさせるわけがないことは想像に容易いことだろう。
「何やってんのよ!」
ナガレにげんこつを食らった。
「ナーナ!」
条件反射でヘモジは怒った。が、オクタヴィアにも肉球キックを食らって、ようやく理解した。
アイシャさんとロザリアがすぐさま身を挺して壁を作ったが、腰のくびれが災いして隙間だらけだった。
全員で急いで回収した。
「ナーナ」
ヘモジは目的の物をすまなそうにマリアさんの前に提示するとしゅんとなった。
「これが王冠?」
誰が見ても金のブレスレットの方が高級に見えた。
「わたしが見た物はもっとしっかりした本物だったわよ」と声を少し張ってマリアさんが言った。
「なんだガラクタか」と去って行く者もいたが、騙されない者もいた。
「姐さん、何階層だい?」とアイシャさんに露骨に聞いてくる奴もいた。
アイシャさんは四十六階層の砂漠の真ん中だと明後日の方向を教えた。
教える気はないという意味なのだが、聞き耳を立てていた愚か者が何人か事務所を飛び出していった。
聞いた本人はあっさりしたもので笑いながら立ち去った。聞けたらめっけものぐらいの気軽さだったのだろう。
でもそうなるとなんで雑魚があそこにのうのうと座っていたのかということになるのだが。
そう言えば強そうな側近とかいなかったなぁ。普通中ボスみたいな連中がいるはずなんだけどな。
どうなってるんだろう、一体?
「攻略の時間に関係してるんでしょうか?」
ロザリアが言った。
「恐らくそうでしょうね?」
マリアさんは城下で起こったでかいキメラの騒動も知らなかった。
エリア的な問題だけでなく、その日のうちに攻略を済ませていたからだと考えられる。リセットの件も片づかないのに……
答えが分かった、否、目処が付いたのは翌日だった。
まず、僕たちは朝から城内の攻略を始め、外側から王家の居住区にアタックを掛けた。
が、進入禁止エリアの絶対障壁が立ちはだかっていた。
やはり正規ルート以外の経路はなさそうである。
次に鍵を持っている者たちを探した。が、どういうわけか、主要施設、台所、使用人部屋のどこにもいなかった。
一体どこでサボっていやがる!
さすがに切れかけた。完全に手詰まりだ。
そんなときだった。地下の酒蔵である物を見つけた。
樽の並んだ部屋の壁に以前見た落書きを見つけたのだ。
今度は丸の縁ではなく中心に点が増えていた。ヘモジがまたくしゃくしゃにされた紙片を見つけてきた。
そのときだ。大きな衝撃が城を襲った。
僕たちは慌てて崩壊する酒蔵から飛び出した。
すると暗闇のなかに光る目を見つけた。
それは中庭の空中にあった。
その後ろには見えるはずのない場所に星空が輝いていた。
「城壁が崩されてるのです!」
僕たちでもやらないような大きな穴が開いていた。
ちょっと『闇の信徒』が出てきたらどうする気だ!
目の前にいるこいつが壊したらしいが。
炎が揺れた。
二つの光る目のすぐ下で。口元から溢れる炎が垣間見えた。
見たことのある嫌な景色だった。
「全員戦闘態勢ッ! ドラゴンだ!」
僕は叫んだ!
同時に結界を張り、銃を構えた。
オクタヴィア以外、全員が攻撃態勢を取った。
そのとき炎のブレスが吐かれた。
オクタヴィアはリュックに飛び込み、ヘモジは巨大化すべきか、盾を構えながらこちらの様子を伺った。
「まだだ、ヘモジ」
今出たら焼かれる。
ロザリアが空に打ち上げた閃光が敵の姿を照らした。
「やばい……」
ファイアードラゴ…… ん?
あれ? なんか小っちゃくない?
『ファイアーコモドドラゴン レベル六十五』
弱っ! モドキよりまだ五少ない。




