エルーダ迷宮追撃中(四十七層攻略)62
休憩後、戻った僕たちは断崖の小屋から来た道を引き返した。
石橋を過ぎてさらに岩場を南東方向に進んだ。
落ちている橋は多々あれど、必ずどこかに道があった。やたらと『この先危険!』の看板を目にしたが。そもそも迷宮自体が危険だろうに。
看板に促されるように危険地帯を回避して行ったら、いつの間にか海側の麓に降り立っていた。行き止まりになると思っていたのだが、意外にしぶとく道は続いていた。潮の満ち引きがあるのかどうかはまだ分からないが、取り敢えず外周を通って先へと進むことができた。
岩場と岩場の間、長い年月を掛けて浸食されできた天然の回廊を歩いた。
足元は白い砂浜。誰かが通った形跡もない。
たまに小さな蟹がいたりして、お約束のようにオクタヴィアが髭を挟まれていた。
大分入り組んだ回廊だった。光が差さなくなるとまるで方角が分からなくなった。その度に誰かが岩場の上まで飛び上がり、太陽の方角を指す。
自慢じゃないが、ほぼ完璧な地図ができあがったはずだ。何せ歩数は振り返れば目に見えるのだ。太陽を指す方角に地図を合わせて記録していく。
現在僕たちは外周部を南東方向から回り込んで北東方向を目指しているはずである。その内南エリアに辿り着く。
敵もいないから昼時までのわずかな時間でも随分進むことができた。町中の進みにくさに比べたらこのルートは天国だ。
「チョビとイチゴも連れてきてあげたかったのです」
誰にも邪魔されない、白砂のビーチだ。初日の移動が嘘のようである。
そろそろお昼だな、日も暮れだしたかなと思い始めたときだった。突然目の前に、明らかに様子の違う黒い絶壁が目に入った。
「まさか、嘘でしょ?」
ロメオ君を初め、全員でメモを確認する。
記録を砂浜に順番に並べていく。
予定通りぐるりと回り込んで南のエリアまで来ていたが、まさかそのまま城壁の足元まで。
見上げて頭上を確認すると遠くに橋が見えた。
「あれが恐らく城壁の南門に通じる大橋だよ」
幸い僕たちの頭上の崖は迫り出していて、庇を作っているので上から見つかることはなさそうだった。
このまま城壁の深い谷底まで行けそうだった。
久方振りに会った敵は城壁の麓にある、海への脱出用ポートらしき入り江にある、船小屋の監視兵だった。建物の後ろには城内へと続く階段が延びていた。
「ここまで来る気はなかったのだが……」
城内に入るのは後のお楽しみということで、手前の小屋に入ってみることにした。
「来た!」
監視兵が入り江の橋桁を渡って対岸のこちらに向かってくる。
なるべく引き付けて…… 仕留めた!
僕たちは橋桁を一気に渡りきって、小屋の影に隠れる。
「見張りは手薄だ」
小屋のなかに入れる場所を探すと裏口がすぐ見つかった。
「罠はない?」
「なさそうじゃな」
小屋のなかに入ると船渠があって船が一隻係留されていた。
豪華な装飾の施された二本マストの小型の船だ。とてもミノタウロスが作った物とは思えない。
「ちょうどいいサイズなのです」
何にちょうどいいんだか。まさかこの船で海に出ようとか?
「お持ち帰りしてみて欲しいのです」
「え?」
「ええっ?」
全員リオナの意見に驚いた。
「この大きさの落とし物なんてないでしょ?」
「ギミックだって」
「物は試しなのです」
『楽園』があるからって気楽なことを。
「ドラゴンに比べたら小振りだけどな」
こんな物まで持ち帰れたら、船大工が泣くに違いない。前代未聞である。
周囲の探索をほぼ済ませて、本日の攻略を終了した。
お茶を啜りながら考えた。
日暮れまで狩りをして引き上げたとしても、次回突入すればその日暮れ時から続きが始まることになる。時間が連動しているということはそう言うことだ。
だが迷宮である以上、どこかでリセットしない限り、魔物の数は減少の一途を辿ることになる。いつリセットが掛かるのか? そのときはやはり夜から始めなければならないのか?
まあ、これまでも夜中に行動してたことは多々あった。要は根を詰めないことだ。
夜を二分割して、気楽に攻略すれば問題ないだろう。
「残念なお知らせです」
リオナが、ギルドの窓口でマリアさんをからかうべく神妙な顔をして言った。
早めに攻略を切り上げたので、昼食を取る以外やることがなくなった僕たちは、二日分の情報を携えて窓口にやって来ていた。マリアさんの驚く顔が見たいという不謹慎な理由が第一ではあるが、時間のことも聞いてみたかったので悪趣味に付き合うことにした。
「一番攻略が楽なルートより、もっと楽なルートを見つけたのです」
今までのスタンダードなルートが地図情報通りならというお断りが入るが、僕たちは更に安心安全なルートを報告するに至ったのである。
そして今、マリアさんが口をポカンと開けた顔を眺めている。
ロメオ君がカードでもするかのように次々メモ書きをテーブルに並べていく。
昨日進んだ北進ルートと、南の縁をぐるっと大回りするルートの俯瞰図ができあがった。
自分たちが見ても大いに満足する出来だった。
そして北進ルートを中断した理由、二体の巨大キメラの不規則な行動記録を見て尚更驚いていた。敵の敵は味方と言うが、マップの崩壊具合にはさすがに言葉をなくしていた。
「それで、聞きたいのはリセットのタイミングなんですが?」
僕の問い掛けにマリアさんは正気を取り戻した。
「ええと、入出記録は一日一回更新されてるけど……」
書類をまさぐった。
「一日あれば城内に侵入できてしまうから、気に止めた人はいないみたいだけど。迷子になったパーティーがいくつかあって、そのときの記録が……」
マリアさんの口振りから察するに、スタンダードなルートでも数でゴリ押しすれば一日で城壁まで行けるらしい。直線にすれば橋の落ちている北側ルート以外はどのルートでも一日掛かる距離ではない。脇目も振らずに進めば、行けないことはないだろう。攻略ルートが確立しているからこそかも知れないが。
「はっきりしないわね。翌日にリセットが来た話もあるし、三日たっても来なかった記録もあるわね」
それ以上粘ったパーティーはいなかったのか? 不人気なフロアだな。まあ、中サイズの魔石以外、碌な物を落とさないし、町並みも長居したいと思えるほど大したものではない。低階層で同じ収益が上げられる場所が幾らでもあるのだから、殺伐としたこんな場所で狩りをする必要はないだろう。
兎に角、三日掛かってもリセットしないことがあることだけは分かった。
さて、もう一つ残念な話がある。
それは『楽園』に放り込んだ帆船のことである。お持ち帰りできなかったのである。
当然と言えば当然か。
問題はなぜリオナがそんなことを言い出したのかだが……
「トビアが船を買うお金を貯めてると聞いたのです。拾った物なら受け取ってくれると思ったのです」
ファーレーン新島にいるトビア少年が海上輸送の仕事をしたいと中古の船を買うべく仲間たちと努力していることを聞いたリオナは何度も資金援助の話をしたらしい。だが、自分たちの手でやりたいとその度に断わられていたそうだ。
溜め息しか出ない。
海上輸送に使うような船じゃないだろうに。あんな貴族が乗るような船を贈ったら、元々奴隷制度のあった国だ、やっかみやら僻みで却って酷い目に合うだろう。下手したら命を狙われることだって考えられる。まったく、トビアをなんだと思ってるんだ。
幾ら可愛い弟分たちでも…… やり過ぎだ。
弟か……
トビアのことはこっちでなんとかしよう。
援助が必要なら、低利で金を貸し付けるか、船を貸し付けるかすればいいだろう。
幼い子供たちがそう簡単に営業に堪える船を購入できるとも思えないし、どんな長期的な展望に立っているかは知らないが、弟分を思う姉貴分の気持ちに免じて。
押し付けにならないように。
でも、子供たちだけで遠洋に出すわけではないだろう。親たちも見ているはずだし、恐らくシルバーランドとの往復程度だと思うのだが。
取り敢えず、具体的な話を聞いて来るとするか。最近会ってないしな。
 




