エルーダ迷宮追撃中(四十七層攻略)60
いつもの朝がやって来た。
リオナはもう出かけているようだった。
食堂に入るとロザリアもアイシャさんも起きていた。
「僕が最後か……」
「ナーナー」
角の生えた何かが足元を通り過ぎた。
「あ、ヘモジ!」
昨日回収したミノタウロスの兜を被っていた。
自分の席に着こうと椅子を這い上がろうとしたらテーブルの底面に角が当たって後ろに転倒した。うまく後ろに一回転して衝撃を吸収しようとしたが、角が邪魔してつっかえた。首がくの字に曲がり、おかしな方向に身体がくねった。強引に一回転したところで動かなくなった。
「死んだ?」
みんなが息を潜めてテーブルの下を覗き込んだ。
「ナーナーナ!」
いきなり癇癪を起こして立ち上がると兜を脱ぎ捨て、床に叩き付けた。
アンジェラさんの拳が降ってきた。
「床を傷付けるんじゃないよ!」
ヘモジは頭を抱えた。
「ナー」
今日中に首が折れそうだな。
「まったく、命掛けで遊ぶんじゃないよ。この子は」
そう言いながらヘモジを抱きかかえて、テーブルの下から引き摺り出した。
「ナーナ」
ヘモジもアンジェラさんにしがみついた。
「付与効果もたいしたことないんだから、サッサと売っぱらっちゃいなさいよ」とナガレが冷たい突っ込みを入れる。
角が格好いいんだよな。気持ちは分かるぞ。ヘモジがそうしたいなら宝物庫に飾っておいても構わないぞ。場所空いてるんだから。
でもそんな物を目の前でちらつかされながら狩りをするのは勘弁な。せめてヘモジの頭が僕たちの視線の上に来ないことには邪魔でしょうがない。
宝石は安物、材質も大したことはない。術式付与で強度が増しているだけだ。
定刻通り、ロメオ君がやって来た。
リオナも戻ってきたので、パンの最後の欠片を口に放り込んで準備を始める。
「あー、装備が昨日放り投げたままだった」
減った分の薬の補充。売り払う回収品の確認だけを急いで済ませた。
ヘモジは被っていた兜を回収品袋に放り込んだ。
「ナーナ」
『これは危ない』だそうだ。
さすがヘモジ、分かってくれて嬉しいよ。
ヘモジのミラクルのおかげでサイズ調整が行なわれているので、今なら人の頭にもフィットする大きさになっている。でもその頭のサイズでそれを欲しがる人が出てくるかどうかは疑問だ。インテリアにはなりそうだが。
早速ナガレが「サイズをもう少し大きくしなさいよ」とヘモジに注文を付けている。
そんな器用なことできるのか?
「ナ、ナーナ」
やっぱりできなかった。自分サイズにしか調整できないらしい。後はより大きな巨人サイズだけだ。巨人になったときその兜をするのはありだなと思った。イフリートみたいで格好いいに違いない。
でも余程首にきたのか、ヘモジの決意は固かった。
もしまた欲しくなったら似たような兜を作ってやるよ。付与をたっぷり付けた最高の奴をな。
「ナガレはできないのか?」と尋ねると自分の元の姿は完璧だから余計な物を着ける意味がないと返してきた。要するにできないということらしい。
見るとヘモジの奴、結構なガラクタを背負っている。
オクタヴィアとふたりで集めたチマチマした小物だ。
いくらになるのかねぇ。
多少は目利きになったようで、高額で売れる物が段々分かってきてはいるようだった。今のところコインや銀食器、宝飾品の類いだ。石の入った投げナイフや未使用の魔法の矢なんかもいい値で売れる。
十把一絡げで買い取られそうだけどな。
今日はアイシャさんもいることだし、リオナの心理的負担も軽減されることだろう。
日が暮れた時点でどこにいても今日は撤収する気でいる。
時間がないと判断してゲートを使って僕たちはエルーダまで飛んだ。急ぎ回収品を売り払って、迷宮を目指した。
例の兜には鑑定人も首を捻った。ミノタウロスの物にしては小さ過ぎたからだ。子供へのお土産にでもなると判断したのだろうか、結構な値段で引き取られた。
僕は黄色い糸玉を籠から出した状態でゲートを開いた。
予定通り空き地に出た。
昨日のあれがまるでほんの少し前の出来事のように思えた。
先兵のオルトロスが来やしないかと周囲を警戒する。
「あれ? 敵が少ない」
ロメオ君が言った。
全員が肩透かしを食らったように周囲を見回した。
よく分からないが、明らかに敵の数が昨日より減っている。
全員で屋根に上って周囲を確認する。
「塔がない!」
ロメオ君が叫んだ。
全員が塔の方角を見渡す。
昨日のままだった。倒壊したまま巨大な瓦礫となって城下町の屋根の上にうずくまっていた。
そしてその影にキングキメラの亡骸が転がっていた。
「城壁からのバリスタ攻撃だよ」
ロメオ君がなぜか声を潜めて言った。
キメラは何本もの杭を打ち込まれて事切れていた。
「城壁に近い場所は危ないわね」
ロザリアが言った。
「投石機の次はバリスタか」
「やっぱり宵闇に紛れて行動するしかないのかな?」
「探索は難しそうだな」
これから向かう北の橋は落ちている。落ちているのはキングキメラのせいなんじゃないかと推察した。
それにしても町も押し潰されたままだ。
「リセットされていないのか?」
アイシャさんが僕に尋ねた。
「帰るときにあれが暴れていたんだ。放置したんだけど……」
この有様と手振り身振りして見せた。
「リセットの時刻は深夜じゃないのかな?」
ロメオ君が言い出した。
「でもそれっていつなのよ? 昨日の攻略中はなかったわよ」
ナガレが言った。
確かに日中、再ポップする敵に出会うことはなかった。そうなると夜なのだが…… 荒れたままになっている。
「どうなってるんだ?」
僕たちは遠くの断崖絶壁を見た。朝日に照らされ輝いていた。
「あれ? 明け方? 昨日の続き?」
もしかして場所縛りなのか、とも思ったが、入場ポイントが複数存在するのだ。整合性がとれなくなるはずだ。
取り敢えず昨日の続きであることは確からしい。
悩んでいても仕方ないので移動を開始する。
明るいうちにマップを埋めよう。
明るくなっただけで周囲の景色は様変わりしていた。
見える範囲で昨日のマップ情報の修正を行ない、手を加えると未攻略エリアに足を踏み入れた。
「角に一体だけなのです」
魔法を放り込んで爆発させた。ひるんだところにヘモジが一撃を加えた。
急いで建物を散策して、次の建物へ。
「ナーナ」
ヘモジが僕に声を掛けた。ポケットからくしゃくしゃの紙包みを取り出した。
昨日の物と同じか?
紙を広げると、若干違う落書きが現われた。丸に点だった印の点が若干伸びて筋になっていた。
しばらく行くと地下へ下りる道を見つけた。
谷川に設けられた洗濯場と釣り小屋の方に続いていた。
オルトロスの群れがいた。
階段を下りるまでに落雷攻撃のオンパレードで殲滅した。
「糸玉はないのです」
いつもの不味い闇属性に戻っていた。
小屋のなかには特に何もなかったが。洗濯場に籠が無造作に落ちていた。おまけに糸玉が二つも転がっていた。黄緑色と水色が増えた。同じ色は二つあっても仕方ないので、一個はアイテムショップに攻略グッズとして売り払うことにした。
「これって何色あるのかな?」
「さあね、集めてみないとなんとも言えないな」
転移ポイントにするのによさそうな場所だけど、オルトロスに近すぎるか。
帰るまでにいいポイントが見つからなかったら、この小屋を登録するか。
谷底を散策するが、清流以外何もなさそうなので、上に戻ることにした。




