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エルーダ迷宮追撃中(四十七層攻略前)54

 エルーダに到着するとすぐ事務所に寄った。

 事務所は今日も朝から盛況だった。

 裏手の買取窓口では徹夜組が獲物を放出して換金を待っている。

 満足そうな顔をしているところを見ると狩りはうまくいったようである。

 カウンターに並んで数分、順番が回って来るのを待っていると、裏手にいたマリアさんが顔を出して相談窓口の扉を開けて入ってこいと手招きした。

 僕たちが相談コーナーの一角に陣取ると、マリアさんがやって来た。

「四十七階層に行くんだけど」と言いかけると、持っていた資料をテーブルに置いた。

「はい。これ」

 なんとも手回しのいいことで。

「大変なことになったわね」

 なんだもう御触れが出ているのか?

「四十七階層だとまだ関係ないだろうけど、広いわよ」

 え?

「四十層とどっちが広いですか?」

 マリアさんは考えた。

 なるほど考えないといけないほど広いのか。

「物が全然違うからどうかしらね。それに四十七階層はストレス溜まるわよ」

「どういう意味ですか?」

 リオナがテーブルに置かれたクッキーに手を出した。

「退廃的というか、荒廃した滅びの世界というか。今までの整然とした構造じゃないってことよ」

 ロメオ君が地図情報を確認している。

「同じ地図がないんですけど?」

「それはね、こういうことなのよ」

 マリアさんは幾つもの地図を斜めにしたり、重ねたりして、一枚の絵を作り上げた。

「四十七階層はパーティーによってみんなスタート地点が違うのよ。でもね。幾つかの目印を重ね合わせていくと、ほら」

 バラバラの欠片がまとまって、マップ情報に記載されているのと同じ地図になった。

「入場するときには気を付けなさい。全員一緒のゲートを潜らないと、今回は別のパーティーだと認識されて、別の場所に飛ばされるかも知れないから」

 ゲートが開いている時間は充分あるはずなのだが、そう言われると緊張してしまう。

「途中で途切れているマップがありますけど?」

 ロメオ君が言った。

「クリアーを断念したチームが残した物よ。報告だとそこには通路を塞ぐ番人がいるそうよ。倒せないと判断して転進したのね。よくあることよ。他のパーティーに便乗してより安全な別ルートから攻略したのかもしれないわね」

「つまり現存するルートが一番安全なルートだと?」

「それは分からないわ。さすがに四十七層ともなると攻略したチームの数も限られてくるし、この通り手付かずエリアだらけでスカスカだしね」

「まだ情報にない場所に飛ばされる可能性もあるわけね」

 ナガレが言った。

「ええ、マップは広いし、記入されていないエリアの方が多いからね。でも飛ばされるとしてもマップの隅であることは間違いなさそうよ。過去の例から考えても、いきなり真ん中に飛ばされるということはないわ。それはそれで運がいいことかも知れないけど」

 マリアさんは地図上の何かを探し始めた。

「ゴールはマップ中央のこの辺りよ。城の玉座。どこにいてもたぶん城は見えるから方角を見失うことはないと思うけど、相当入り組んでいるから迷子にならないようにね」

「マリアさんのときはどうしたんですか?」

「わたしは二十人ぐらいのパーティーに紛れて正規ルートを行ったわよ。これは裏技だけど、バラバラにゲートを潜って、当りを引いた人に便乗する手があるのよ。はずれを引いた人たちは一旦脱出して、当りを引いた人のゲートで入り直すの。大所帯ならではの裏技ね」

「ずるっ子なのです」

「だから裏技だって言ってるでしょ。どうしても無理ならそういう手もあるってこと。無理するなってことよ」

 ヘモジが僕の肩の上でクッキーの粉をこぼしながらもしゃもしゃしている。

 オクタヴィアは膝の上に乗って、頭だけテーブルの上に出して、そのヘモジの落としたクッキーの滓を舐め取っている。

「変更は一日一回だけだけど可能だし、入り直す度に出現地点は変えられるわけだから、いつかは当たりを引くことができるけど。余り深く考えなくていいと思うわよ、行き詰まらない限りは」

 マップを指差した。

「まずマップにある目印を探すこと。石像や石柱、橋とか城門とか人工物が目印にし易いわね」

「スタートから波乱に富んでるね」

「糸玉で楽できるから、スタートぐらいはわざと煩雑にしてるのかもね」

 え? ここにもあるの?

「どこにあるですか?」

 リオナが飛び跳ねた。

 四十階層の迷宮にあった脱出するとき現在位置を記録できるアイテムだ。正確には『赤い糸玉』と言い、今でもゴーレム倉庫を利用するとき便利に使用させて貰っている。

「運がよければ敵が落とすわよ。宝箱からも出たかしらね? 今回は楽に手に入ると思うし、複数持てるから、うまく使うといいわ。ただし同じ色の糸は駄目よ。あ、そうそう、複数を使い分けるには専用の籠も取る必要があるわよ。でないと脱出するとき全部の糸玉が同じ場所を記録してしまうから」

「籠ですか?」

「糸玉と一緒に見つかることが多いから、すぐ分かると思うわ。使う糸玉だけを籠から出して使うのよ。あと全員がバラバラに持っている場合も別々に記録することは可能よ。ただしゲートをそれぞれ別々に発動しなくちゃいけないけどね。同じゲートを潜ったら、ゲートを出した人の記録と一緒になっちゃうから気を付けるように。籠も複数出るから使わない糸玉は入れておく癖を付けておくといいわ」

「それって入退出を繰り返せば、記録した地点同士を移動可能と言うこと?」

「一々地上に出ることになるけどね」

「凄い……」

「それだけ厄介なフロアということよ」

 マリアさんは何か言い掛けてやめた。

 たぶん飛べる連中には関係ないことだと言いたかったのだろう。


 有意義な情報を貰うことができた。ギルドもより正確な情報がもたらされることを願ってるそうなので、ご期待に応えられるよう努力することにしよう。

 兎も角、いきなり知らない場所に飛ばされて混乱せずに済むのは有り難い。しかも糸玉が複数使えるとは!

 マップ情報に載せればいいのにとも思うのだが、今回は前回と違って糸玉が結構出るらしいので特に記載する必要を認めないらしい。籠も鑑定すればすぐ使い方が分かるらしいし。

 既に既成化している部分も多いので、敢て広める用意はないそうである。

 ここまで来る連中だ。悪知恵も働くことだろう。


 実際いざゲートを開くとなると緊張する。いつも普通にやっていることなのだが。

 全員に脱出用の魔石を用意し、別れてしまった場合には必ず一旦、脱出するようにと念を押した。

 結果的に転びそうなほど窮屈な移動になったが、僕たちは全員まとまって入場することに成功した。

 高台の見張り小屋のような場所にいた。足元には既に牛頭がゴロゴロいた。

「なんでですか! 野原に野牛じゃ駄目なのですか!」

 確かにこの景色は見ていて楽しいものではない。

 荒れ地に廃墟、そこにミノタウロスやキマイラが涎を垂らしながら我が物顔で徘徊している。

「まるでドラゴンが通り過ぎたみたいだね」

 煤けているだけでブレスを吐かれたわけではないが、年月によって大分風化はしているようだ。倒壊した建物が嫌でも目に入る。

 どうにも気が滅入る景色だ。

 糸玉があるだけで、いつでもこの景色から抜け出せるという保険があるだけで、精神的に大分楽になる。

 後ろで物音がした。

 早速、匂いを嗅ぎ付けて階段を登ってきた番犬オルトロスの登場である。

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