エルーダ迷宮追撃中(長老は去った)53
翌朝、早々神樹の前でリオナと長老が宿り木を分ける件で話し合っていた。
長老は保管庫に仕舞い込んでいた綿飴を出してきて頬張っている。
「今、お願いするのです」
リオナはいつも通り神樹の幹にお願いする。
宿り木だけでは道中不安だからおまけに神樹の枝を付けようと言うのだ。僕たちが苗で貰ってきたときと同じ荷ごしらえである。
問題は見返りだが、定期的にミスリルを購入してくれることになったようだ。
世俗と付き合いが余りないので外貨も乏しいらしく、最初のうちは対価にミスリルで作った装備を分けて貰うことで手を打ったようだ。ミスリル装備を巷に売ればすぐに外貨も貯まるだろうから、以降は現金取引にする予定である。
リオナ、ナイス交渉だ。
そしてミスリルを拝んで貰う段になって、リオナは「散歩の時間なのです」と言って出て行った。長老も一緒になって付いていった。
ミスリルの量に驚く顔が見たかったのに。
それにしてもユニコーンってハイエルフには珍しいのだろうか?
エミリーがもう起きていた。昨日は休みだというのに普段より疲れたんじゃないか?
フィデリオはまだ寝てるらしい。
「お祭り、あまり楽しめなかったな」
「いいえ、充分楽しかったです」
午後のゴタゴタがなければ、リオナと一緒に露店を見て回れたのにな。悪いことをした。
朝食を済ませると僕は『楽園』を訪れた。
資料が山積みになっていた。すべて迷宮開発に関する資料だ。
ぱっと見た感じでもなるほど管理者との接見は一度たりとも行なわれていない様子であった。膨大な開発ログ。
「これは!」
マップ情報は秀逸だ。大枚叩かなくてもここで手に入ったか。全国の迷宮マップ集だ。問題はいつの版か分からないことか。最新版だといいが。よし、お持ち帰りしよう。
『異世界召喚物語』……
序盤の一冊がここに。なぜ?
薄く光っている頁をめくる。
それは主人公が異世界に入り込むシーンだった。差し当たり珍しくもない描写だ。ある日大きな地震が起きて、学校の地下に穴が開いて、居残りしていた主人公が落ちてしまうシーンだ。
まさか主人公が異世界に来たのって、問題の穴のせいなのか? だとしたら、穴の先にあるのは?
本質的な資料はなさそうだった。やはり管理人とやらに会わねばならないようだ。
エルーダ迷宮の深部の情報は…… さすがに地図情報以外の物はなさそうだ。
さて、みんな起きた頃だろう。迷宮の下見にでも行くかな。
第四十七層。この辺は何も関係しないよな。念のために一回りして次のフロア攻略に移動かな。
自室を出ると皆食事を済ませてくつろいでいた。
思ったより時間が過ぎている。
この分じゃ、リオナもそろそろ戻ってくるか。
「迷宮に行くの?」
階段の手摺りを渡ってやって来たオクタヴィアが聞いてきた。
「一緒に行くか?」
「行く」
「新しいフロアだぞ」
玄関を叩く音がするので開けにいくとそこにいたのはロメオ君だった。
「一緒に行かない?」
だそうだ。ロメオ君からのお誘いは珍しいことだが、聞けば家のことより迷宮を優先させろと親父さんにお墨付きを貰ったらしい。
「じゃ、用意しますわね」とロザリアも準備を始めた。
「妾は長老をエルフの里まで届けねばならんのでな」
アイシャさんは残念ながらお休みだ。
「そういや、帰って来ないな?」
噂をすればなんとやら、家の外が騒がしい。
「帰るのです!」
「嫌じゃ、ここでもう少し遊びたい」
「駄目なのです!」
「里に帰っても暇なのじゃ」
「仕事するのです!」
「退屈はもう嫌じゃーッ」
長老が駄々をこねて玄関前で叫んでいる。
どっちが子供なんだか。
「サッサと帰る支度しろ、長老!」
アイシャさんが窓から声を掛けた。
「なんでじゃ! お前たちばかり楽しんでずるいとは思わんのか!」
「祭りは昨日で終わりじゃ、今日からは皆、普段通りの日常じゃ。楽しいことなんてない。第一最長老に報告があるのではないか?」
「あーっ、もう面倒臭い、面倒臭い!」
ほんとしょうがない長老だな。
でもまた来いとは迂闊に言えないよ。この人の場合、身分が身分だものな。教皇や王様にうちに滞在しなよと言うようなものだ。
「そうだったのです。ミスリルをまだ見せてなかったのです」
おお、そうだった。
僕たちはこぞって地下に降りた。
溜まりに溜まったミスリルの塊。部屋が広過ぎて少なく見えるが…… これでも教会に売り払った分の何倍もあるのだ。
「おおおおおぅ!」
ミスリルより、煩雑に置かれた金塊の方に関心を向けた。
「これがタイタンから獲れた分か?」
「瞬殺なのです」
「一瞬でこんなに稼げるとはな……」
「我も――」
「今日中に帰るんじゃ。準備はできておる」
「アイシャ!」
「帰って仕事しろ!」
まったく長老らしからぬハイエルフである。レオも後ろで地味に言葉を失っている。
「子供たちに船の準備をさせている。もう行くぞ」
なんとも気の毒であるが、実年齢を考えると同情の余地はない。
「では、エルネスト、子供たちと船を借りるぞ」
「ご随意に」
レオも長老のお見送りに同行することになった。
ミスリルも少し持ち帰るそうなので、切り分けて手頃な入れ物に収納してレオに渡した。僕が以前持ち歩いていた引き摺るタイプの革のアタッシュケースだ。
迷宮組も装備を整えると、狭いゲート部屋で長老と別れの挨拶をした。
長老は「必ず帰ってくるからなー」の捨て台詞を残して、アイシャさんに小突かれゲートに消えていった。
「やれやれ」
オクタヴィアがうなだれた。
「一緒に行かなくていいのか?」
「どうせ戻ってくる」
おいおい。
「出発進行なのです」
「一気にエルーダまで行くぞ」
「了解」
マップ情報は話す程ない。ここまで来ると手探り状態である。出現する敵は様々なタイプのミノタウロス、キマイラの類いであるらしい。恐らく廊下の飾りだろう、ゴーレムや番犬のオルトロスもいるようだがレベル的にフロアに見合うのか?
実物より強い実在しない敵を出すくらいなら、レベルの高い実在する魔物をレベルを落とした状態で出してくれた方が経験になるのだが。
今回のマップはゴールまでのルート以外ほぼ手付かず状態だ。ゴールがマップの端にあるならよし、タイタンフロアのようなトリッキーな構造だとマップの大きさは計り知れないだろう。
一度タイタンマップを端から端までとも思うが、あそこはボスクラス二体以外とことん実入りがない。と言うより二体に集約されている感がある。
さて、四十七階層はどうなることか。
参加者はアイシャさん以外全員だ。
別段トリッキーなマップではないようなので、却って楽だろうと踏んでいるのだが。
 




