エルーダ迷宮追撃中(長老はまだ帰らない)52
僕が鍵を持っていることは姉さんたちも知っている。香木フロアで見せているし、何度か貸し出しもしている。
でも知らない人たちは驚いていた。爺ちゃんもロッジ卿も。
ギルドマスターですら見るのは初めてだと言って鍵を舐め回すように見ていた。
「古びた鍵じゃな……」
「エテルノ殿、これからの方針にご助言いただけますかな?」
ロッジ卿が言った。気位の高いエルフへの接し方の見本のようだが、そのハイエルフには無用である。気位が一周して、舞い上がるタイプだ。
「時間はあるぞ。焦る必要はない。取り敢えず、穴の開きそうな場所の監視の強化。後は管理者の発見に全力を挙げることじゃな」
ふんふんと鼻歌を歌いそうだ。
「穴が開いたら何がいけないのですか?」
リオナが横から口を挟んだ。そういや姉さんも聞きかけていたが。
そうだ、肝心なことだ。
確かに常軌を逸しているが、何故それが斯くも大事に至っているのか?
「迷宮のなかで何が起きたのか見てきたのではないのか? あれと似たような事態になると思っておればよかろう。詳しいことは管理者に会って聞いてくるがいい。どうやら一番近いところにおるのはお前たちのようじゃしの」
迷宮で見た景色が正直なんだったのか深く考えたことはない。あの人を模したゴーレムが味方なのか、敵なのか、何と戦っていたのか、なぜ巨大な塔だか柱だかをよじ登ろうとしていたのか、それすら定かではない。
「扉の発見にはギルド総出で対処しよう」
「教会もできうる限りの調査を行ないましょう」
冒険者ギルドも教会も古い組織だ。今回の事件は彼らの組織の存続理由も絡んでくるような大事なのではないだろうか? 彼らが知っていて口に出さない要件が存在するような気がしてならない。
彼らの態度が僕たちより遙かに窮しているのは言えない事情によるものだろう。
「大人の事情か……」
「管理者に会ってこい。さすればすべての疑問が解かれるだけでなく、世界の仕組みもまた知ることになるじゃろう」
エテルノ様が言った。
「冒険者冥利に尽きるということじゃ」
当然、爺ちゃんも知ってるんだな。
「我らが知っている情報は過去から背負い続けてきた宛名のない荷物のようなものじゃ。もはや中身がなんであったのか、誰に届けるべきものだったのか、背負う者ですら忘れているような代物じゃ」
ヴァレンティーナ様がゆっくりと立ち上がった。
「エルネスト、あなたたちは普段通り攻略を進めなさい」
「いつも通りで?」
「ええ、焦らず、隙間なくね」
世界中に点在する迷宮の探索が始まる。
ギルドと教会が総出で未だに日の目を見ない『開かずの扉』の発見に努めることになる。同時に『迷宮の鍵』の発見にも注力されることになる。
幸いなことにどちらの出現ポイントもほぼ王国の影響下にあり、王家の権威が有効な場所でもあった。皮肉なことにファーレーンの崩壊が結果的にメリットをもたらす格好になった。
王室は飛空艇の増産、西方進出の促進など、今後予想される事態に対処するための手段を講じることになる。膨大な資金と人材が投入されることになるだろう。
僕たちがやるべきことは結果的に何一つ変わらない。いつも通りのことをいつものペースで消化するだけだ。さすれば結果に繋がるらしい。
「五十階層じゃ。そこが恐らくゴールじゃ。それ以上の深度は考えなくていいじゃろう」
ギルドマスターは言った。
「なぜ言い切れるんです?」
「五十一階層から先は管理者の権限からも外れるからだ」
カミール氏が言った。
「そうなんですか?」
「真の迷宮はそこから始まるとも言われているがね。脱出部屋があるのもそこまでなんだよ。その後はまさに自力あるのみだ」
それはそれで面白そうだ。
「魔石とかは?」
「それは安心するといい。迷宮は迷宮だよ」
すべきことが決したところで僕たちは解放された。後は重鎮同士の話になる。
秋祭りは会議中も続いていた。
夜も更けて、中央広場はまさに宴もたけなわ、飲めや歌えの大騒ぎである。
過去の反省から屋台が品切れを起こして息切れ、早期退場することもなかった。まだまだ盛り上げるべく商品の投下が続いている。
リオナたちは晩餐でたらふく食べたにもかかわらず、喧噪のなかに嬉々として消えた。エテルノ様も重鎮であるにも関わらず一緒になって姿を消した。
レオの姿もないことから恐らく長老様に同行したらしい。
今夜中に我が家の食堂のテーブルは買い漁った品で埋まるだろう。
「戻るか」
こんな日にエミリーとフィデリオだけを留守番させておくのは忍びない。
家に戻るとアンジェラさんが帰ってきていた。
「どこに行っていたんだい?」と言うので、ゼロから説明する嵌めになった。
ハイエルフの長老が来たと聞かされ呆れていた。
理由を説明できないことは心苦しいが、本人の暢気さを見て気を取り直して貰おう。
これから起こる騒々しい事態を前に、お茶を一服所望した。
全員が戻ってきたのはそれからしばらく経ってからのことだった。
「楽しすぎる。見よ、我の戦果を!」
長老は膨らんだ袋をいくつも買ってきた。数の割には中身がやけに軽そうだ。
「綿飴じゃ!」
どっさり綿飴を買い込んできたようだ。
一言、言いたい。
子供かよ!
リオナたちはいつも通りだ。それぞれ好物を買い漁って戻ってきた。
レオはと言えば甘栗を大量に買ってきた。どうやら栗が好きらしい。さすが森の民である。でも食べるのには苦労していた。
どれも美味そうな匂いをさせている。
「残った分は保存庫にしまいな。ほらお嬢ちゃんも。ところでレオ、長老はまだ帰らないのかい? 会議、長引いてるのかね?」
全員の視線が口元をべたべたにした少女に注がれた。
「それが長老です!」
「それ言うな! 我こそは――」
以下略。
世界存亡の危機だというのに…… なんだか何も起こらないような気がしてきた。




