エルーダ迷宮追撃中(長老が来た)48
レオとエミリー、フィデリオを除く僕たちは一斉に動いた。
「大丈夫だ、敵じゃない!」
アイシャさんの声がエントランスに響き渡った。
ロメオ君のすぐ後ろに気配があるのだ。
その気配はロメオ君と一緒に部屋に入ってきた。
要するに不法侵入者、隠れていることから推察するにデメリットの多い人物。
まずリオナとオクタヴィアが持ち前のスキルで反応した。
リオナが気付いたせいでナガレも反応した。
オクタヴィアが爪を立てたので僕も気付いた。
ロメオ君の位置が大変まずいので何がなんでも切り離しに掛かる。
僕は二者の間に結界を強引にねじ込んだ。
ロザリアとロメオ君、ヘモジ、チョビたちもそれで気付いた。当然、ロザリアの護衛たちも気付いた。
「これは凄い! 凄い、凄いの。ハハハハハッ」
影が笑ったが、その声は少女のように軽やかであった。
「ロメオ君、こっちへ!」
僕はロメオ君を影から遠ざけるために相手を威嚇し続けた。
敵は一転膨大な魔力を放ち始めた。
ロザリアは下がってフィデリオとエミリーを庇った。
チョビとイチゴはその手前に更に割り込んで、勝手に手頃な大きさに変身して、ロザリアの盾になった。
ようやく何かに侵入されたことに気付いたレオも側にあったナイフを取ると、フィデリオを庇うように敵との間に立ち塞がった。
このとき大半が空手であった。魔法を使える僕たちはまだいいが、リオナが持っているのはトレントの短剣だけだ。何より防具を着ていないことが痛かった。あの膨大な魔力相手に……
「ヘモジやめろ! 敵じゃないと言うておろうが!」
アイシャさんがもう一度、叫んだ。
ヘモジは盾を構え、ミョルニルを振り上げて敵の背後を取っていた。後ワンステップのところで思いとどまっていた。
いつの間に……
「恐れ入った」
敵の魔力が忽然と消えた。
「勝手に侵入したことは詫びよう。お前たちの実力を知りたかったので少々無礼をした。アイシャには試すなと止められておったのだが、この目で見んことにはの。なるほどタイタンを一撃で葬れるわけじゃ。この通り、すまなんだ」
影から姿を現わした人物はロザリアと歳の変わらぬエルフの少女だった。一見するとだ。
「我が名はエテルノ・フォルトゥーナ。この地に最も近いハイエルフの里で長老をしておる。里の名は明かせぬ。アイシャとそこのレオの故郷とだけ言っておこう。手紙では埒が明かぬ故、こうして参った次第じゃ」
「エルネスト」
アイシャさんが僕を制した。
僕は我に返って結界を解除した。
「長老様?」
レオが目を丸くしている。
「皆すまぬ。うちの長老じゃ。敵じゃない」
アイシャさんが攻撃態勢を解くように促した。
チョビとイチゴはお互い顔を見合わすと、小さくなってアップルパイの元へ駆け出した。
ナガレもでかいブリューナクをどこぞに隠した。
ヘモジもホルスターにミョルニルを戻すと玄関の扉を閉めた。
「いい匂いがするの?」
「あ、はい! 今すぐ、お茶をお入れ致します」
レオが台所に飛んで行った。
普段は外している部屋の防音結界を作動させた。
壁に空いた穴に魔石を置くだけのことだが、これで居間と食堂の会話が外部に漏れることはなくなる。却って外部から怪しまれるが仕方がない。
建築当初、内と外、双方向の音を打ち消していたが、現在では内部の音だけを外部に漏らさないよう調整してある。
「今日は祭りか、何かか?」
そう言いながら長老とやらは勝手に席に着いた。
「なんか凄いことになったね」とロメオ君が暢気なことを言った。
よく分からないがハイエルフの長老自らが危険を冒さなきゃいけない事態になってると言うことを理解して欲しい。そして下手をすると僕たちが巻き込まれるということを。
「アップルパイです。エテルノ様」
レオがおどおどしながら接客した。
エミリーがフィデリオを使用人部屋に下げようとしたら長老に制止された。
「よいよい、若い息吹じゃ。老いた身には心地よいものよ……」
突然、後ろを振り返った。
後ろにあるのはリオナの森を囲うガラスだけだ。
いきなり駆け出した。
「入口はどこじゃ!」
ガラスに顔を張り付けた。
「こ、こっちなのです」
リオナが気圧されて案内した。
マーベラスとか言うなよ。
全員後に続いた。
「なんで子供なの?」
ロザリアが突然聞いてきた。
なんで僕が知ってると思うんだよ、と思ったらアイシャさんがすぐ後ろにいた。
「長老は妖精族の血を引いておるのでな」
「よう…… !」
「…… 本物?」
「実在したんだ」
ロザリアと僕とロメオ君は改めて長老を見た。羽はないみたいだな。
「過去形じゃない、今も存在しておる。羽は探してもないぞ」
見透かされてる……
「妖精ってタイタンと――」
「それは精霊でしょ!」
ロザリアがロメオ君に突っ込みを入れた。
エテルノ様とやらは森の中央で棒立ちになっていた。
「なぜこのような場所に……」
神樹を見上げていた。
「貰った苗を植えたです」
「貰った?」
「迷宮の…… イベント?」
リオナと一緒になって長老も首を傾げた。
貫禄ないな…… タメ口きいちゃいそうだ。
「あ、あれは……」
「どしたですか?」
全員、覗き込んだ。
「や、宿り木? 金枝…… か?」
「里の宿り木は枯れて久しいからの」
長老の動揺を余所にアイシャさんは素っ気なく言った。
アイシャさんの里にもあったんだ…… 道理で育て方とか知ってたわけだ。
「枯れたの?」
「木を枯らす疫病が蔓延したことがあったらしいです。森を維持するためにその魔力の多くを使い果たしてしまったとか」
レオが言った。
「それより、僕になんで教えてくれなかったんですか?」
「いつ消えるか分からない居候に秘密を教えるわけないでしょ!」
「ひどいなぁ」
「定住決まったの最近じゃないの! それに自分で気付けないあんたも悪いのよ。普通、気付くでしょ? ハイエルフなんだから! この家のなかの異常なまでの魔力の充足感。半分はわたしのおかげだけどね」と水脈を操作した自慢も織り交ぜながらナガレは言った。
「アイシャ!」
「すまぬ。長老。すっかり忘れておったわ」
「なんじゃとー、エルフの大事な使命なるぞ。せめて宿り木の情報だけでも下ろさぬかーッ」
「次からは気を付けよう」
本物が貫禄で負けてるというのはどういうことだ?
「ただでさえ忙しいときに! ああ、頭がおかしくなる。次から次へと」
「そうだ、ロメオ君も大変だって言ってなかった?」
「なんかこっちの方が大変みたいだから、後でいいや」
「そう、悪いね」
全員席に戻った。
僕はロメオ君用の食器セットを用意させて、入れ直したお茶を注いだ。
「へー、これがユニコーンが作ったポポラの実のパイか」
「な! ユニコーンじゃと?」
ロメオ君の呟きに長老がまた驚いて動揺した。
「ここまで来る間に気付かなかったのですか?」
レオが聞き返した。
「非合法に入ってきたのでな、隠れるのに一生懸命で考えが及ばなんだ。元気すぎる馬が大量におると思ったが、子供たちじゃったか。迂闊じゃった……」
ハイエルフの里、よく今日まで無事だったな。
全員が同じ思いで彼女を見つめていた。
「言っておくが、あれは最長老ではないからの。勘違いするなよ?」
アイシャさんが視線に気付いたのか、そう言った。
「合議制なの?」
「言ってなかったか?」
「言ってなーい!」
「そりゃ、悪かったの」
「なんだ。だったら安心だね。心配して損しちゃった」
「ロメオ君!」
「あ……」
 




