エルーダ迷宮追撃中(レオがやってきた)43
ワイバーンの巣を離れると進路を西に変えた。
警戒を解いて、半舷休息。子供たちに休憩を取らせた。
お客さんの分も一緒にと思ったが、あいにく食器が足りなかった。
お茶を入れたポットとお菓子を格納庫に持っていった。
下では皆が小窓に張り付いて外の景色を眺めていた。
「甲板に上がってみますか?」
休憩は甲板で取って貰うことにした。
カップとお菓子を持って子供たちが合流する。
僕は操縦室のテトと交替だ。
するとキャビンが定位置のアイシャさんが難しい顔をして入ってきた。
「どうしたんです? 珍しい」
「面倒ごとになりそうなんでな。お前たちには見せておこうと思ってな」
ロメオ君と僕に?
二通目の手紙だ。
差出人は里の長老らしい。これまた達筆で、僕たちには所々しか読めなかった。
『信用のおける人族との仲介を求む。可及的速やかに』
丸一枚の羊皮紙にこれだけが書かれていた。その一方で余白には本文より長いセキュリティ対策の術式が施されていた。
「依頼か何かかな?」
「さあな。ハイエルフの里が人族と手を組んでやることがあるとも思えんが。信用のおける人族と言われてもな。どの程度の人材を言っているのか……」
ハイエルフの里は言い換えるならば宝の山だ。魔法の秘術や秘蔵物の宝庫である。
所在がばれたら人族の大群が押し寄せてくる可能性は残念ながら否定できない。
一見どうでもいい文章だが、こんな要件が出てくること自体、異例の事態だと言えた。
「妾が里にいる間に話せばいいものを手間を掛けさせてくれる」
恐らく止めるのも聞かずに出てきてしまったのはアイシャさんの方だろう。
「里に今一度手紙を出すことになりそうじゃ」とアイシャさんは言った。
そして信用のおける人材レベルが僕らで済みそうなら、そのときはよろしくと言われた。
当然、僕たちは太鼓判を押した。
休憩時間が終わると見慣れた町が見えてきた。
アガタの店に近い門の前で荷馬車を降ろすかという話になったが、こっちでやっておくと言っておいた。いくら近いとは言え、車軸が折れている馬車だ。移動には別の馬車が必要になるだろう。
「着陸完了!」
ドックに到着すると、いつものように商会のスタッフが出迎えてくれた。
今回は戦闘ゼロで損耗もない。魔石の消耗データー回収だけだ。
ジャコッベ爺さんの一行は散々礼を言って我が家のゲートから帰っていった。
僕は誰もいなくなるのを確認して壊れた馬車の荷台を回収した。
「あ……」
馬が嘶いた。
「困りましたね。ここは人以外侵入を想定していないんですよ」
スタッフが頭を掻いた。
「馬ってゲートは?」
「死んだ馬ならね」
スタッフが物資搬入用のゲートを見た。
出入口は滝口だけだし、ゲート以外、人が往来できる道はない。姉さんがここを掘ったときの穴は完全に塞いでしまっているし。
「もう一度飛ばすしかないか……」
残っていたのは男連中だけだった。
「テト、もう一度飛んでくれ。馬を降ろすのを忘れた。ロメオ君もちょっと」
ふたりは急いで船に飛び込んだ。
「馬は僕が届けるよ」
ロメオ君が言った。
「ごめん。すっかり忘れてたんだよ」
「いいよ。それは僕もだし。村の方の厩舎でいいんだよね?」
「うん、頼むよ」
船を出して、南門前の開けた場所に馬と一緒にロメオ君を降ろした。
「馬って入場無料だったか?」
船の旋回中、門で税金を納めている列を見下ろしながら言った。ロメオ君が馬の手綱を引きながら最後尾に並んだ。
「出て行った馬が戻ってきただけならね。でも荷馬車ないし、人のだし、証明できないかも」
「馬一頭いくら?」
「知らない。安いんじゃない?」
「門番が獣人ならすぐ事情を確認して貰えるんだけどな」
「南門は獣人が多いから平気だよ」
テトがじっと僕を見た。
「タイタン狩って金塊どっさりだって聞いたんだけど」
「誰に?」
僕を指差した。
「……」
「馬代ぐらいでけちるなって? それはお前らが律儀に返しに来るからだ」
「そりゃ、そうだよ。当たり前じゃん」
「そうなると最終的に払うのはジャコッベ爺さんの一行になるんじゃないか?」
「あ」
「だから黙ってろよ。壊れた荷馬車と一緒に戻っていたら掛からなかった経費かも知れないんだからな」
「聞こえちゃってたら?」
「聞かなかったことにしてくれと頼む」
「ふーん」
「なんだよ、ニヤニヤして」
「若様、意外と考えてんだな」
「なんだとー」
「『うちらの大家なんだからでんと構えてなよ』ピノならそう言うよ。家賃だって取ってないんでしょ?」
「風呂代だけで賄えてる不思議」
「僕たちだって町の住人なんだぞ。ただで住んでるなんて一員じゃないみたいだろ!」
「充分役に立ってるよ。お前たちの耳と鼻があるだけで町の人がどれだけ安心して暮らせているか。人族にはどんなにお金を積んでも得がたい安心なんだ。勿論僕もロメオ君だって」
「住む家があって、美味しい食べ物があって、着る物があって、病気になってもお医者がいて、薬もあって、学校もあって、ユニコーンも一緒で。全部若様と知り合えたからだよ」
「それを言ったらこの飛空挺だってそうだ。テトが飛びたいと言わなかったら、僕は作らなかった。お互い様だよ、テト。僕は充分みんなからいろんな物を貰ってるんだ」
「リオナ姉ちゃんと同じこと言ってる」
「えーっ?」
「そこ嫌な顔するとこ?」
「なんとなく」
「収穫祭かぁ。今年は何が穫れたのかなぁ」
「開墾も遅かったし、本格的な農作業は来年からだからな。簡単にできるとなるとパタータとかカボチャとか」
「カボチャ?」
「ああ、ズッカのことだ」
「なんだ、ズッカか……」
急にしょぼくれた。
「前の村では毎日食べてたな…… 最近あんまり食べなくなった」
母親の味を思い出したか。
「じゃあ、祭りの日に食べるか?」
「えーっ」
あまり欲しくなさそうだ。
「パイはどうだ?」
「ミートパイ?」
「ズッカのパイ」
「それって美味しいの?」
「さあ? レシピはある」
「…… いきなり本番?」
「試食する?」
「うん、する」
「ヘモジは喜びそうだよな。その名も『パンプキンパイ』!」
「どういう意味?」
「パンプキンって言う人が作ったんじゃないか?」
「ほんとに?」
「本に書いてあっただけだからな」
なんでそんな話になってしまったのか。秋祭りを数日に控えて、また僕は新たな試みをすることになった。
祭りの日に予定していたサプライズがああなっちゃったんだからしょうがない。新しいサプライズを用意しないとな。
でもカボチャのパイってどこかにありそうだよな……
まあ、僕のカボチャのパイは異世界産だから、何かが違うはずだ、たぶん。
「ちょうどよかった、これ見てくださいよ。ユニコーンの連中が暇あるごとに入れ替わり立ち替わりで。おかげで家庭菜園のはずが……」
あらー。倉庫のなかがカボチャの山だ。
「こんなに育ってしまって…… パタータもありますけど」
うわっ、じゃがバター屋やったら一年間、材料に困らないわ。
と言うより、この分じゃ、来期の保管場所が足りなくなる可能性が……
傷まないうちに保管倉庫用意しないと、こんな室じゃ長期保存できないよ。
いや、売り払うことを考えるとこれでいいのか? 保管するのは買った奴がすることだもんな。生産者は新鮮な状態で売り切ればいいんだ。
「え? 値段はそちらで決めるんじゃないんですか?」
「商品の値段は長老たちが最終的には決めるだろうけど、今回はただの家庭菜園だし、近所のよしみで譲ってくれると有り難いんだけど」
「そんな滅相もない!」
「好きなだけ持っていってくださいまし。若様にも領主様にも補助金まで頂いておりますのに」
値段はヘモジに決めさせることにして、貰うだけ貰って返ってきた。安いか高いかは味次第だ。
子供たちがやって来た。
僕は材料を並べてメモ通りにパンプキンパイを作り始める。
そう言えばパンプキンパイにはシナモンティーが合うらしい。




