エルーダ迷宮追撃中(レオがやってきた)42
「わー、これが噂の飛空艇ですか! 凄いです。凄いですよ。飛んでますよ!」
レオが窓に張り付きながら言った。
落ち着きのないエルフなんて滅多に見られるものではない。
大概超然としているものだけれど、なんとも親しみやすい。俗物的というかなんというか、エルフじゃないみたいだ。
携帯する武器は小弓で実戦用というよりお遊び用だった。
アイシャさん曰く、魔法の弓で魔法の矢を使うのだから不都合はない、だそうだ
。
弓自体にそれなりのルーンが刻まれているから、大弓に負けないだけの威力は出るらしい。大弓が魔法の弓ではない前提の話だが。
魔力に余裕のあるエルフならではである。軽いし場所も取らないし。射程と威力を弓と矢に分けて仕込めば相応に使えるだろう。
ただそれでもやはり一人前が持つ物ではない。
弓の性能以上のことは魔力で補っているわけで、本人の魔力か、魔石の魔力かは兎も角、それなりに消費されていくのだ。
いい武器とは使い手に負担を掛けない、却って利益をもたらすような物のことを言うのだ。狙いやすいとか、取り回しがいいとか、よく切れるとか。マイナスを補うのではなくプラスを加味する物でなければ。
使い手に常に負担を強いるようではいい武器とは呼べないのである。
レオがまずやるべきことは小弓から卒業することだろうが、魔力の練習が主になるらしいからいつになることやら。
エルフにとって主力はやはり魔法だろうしな……、弓はやはり遊びか。
「これで町まで何日かかるんですか? お――」
伯母さんと言おうとして咄嗟に口を閉じた。
「半日もかからん」
「え?」
前回盗賊さんにノコノコ付いていったときはたぶん四、五日は掛かっていたことだろう。
『ワイバーンの巣を通過します』
伝声管からテトが警戒を促す。
「全方位警戒!」
「了解」
ピノは後方狙撃室に、ピオトは展望室に向かった。
「ワイバーン?」
レオがこちらを見た。
「あそこの崖の周囲が奴らの巣だ。隠れ里の門番みたいなもんだ」
僕は望遠鏡を手渡し、大体の場所を指差した。
「うわぁあ、大きく見える! 何これ? いた! ほんとにいた! はーっ、動いてるよ! 崖にうじゃうじゃいる!」
うじゃうじゃはいない。
君は確か狩人の血筋ではなかったのかな? そんなに騒いだら不味くはないかい?
「里の周りには物騒な魔物は寄りつかんからの」
なるほど……
学ぶことが多そうだ。
「襲って来ませんね?」
「いつも返り討ちにしてるからワイバーンも学習した」
チコが言った。
「煙、発見!」
「煙?」
チッタが指差す方の窓を見る。
「狼煙だな。町の狼煙とは違うな。誰か読めるか?」
「あれ獣人の古い信号」
『怪我人、回収求む』
操縦室にいるテトが教えてくれた。
「盗賊の類いじゃないだろうな?」
「間違いないのです。うちの団員なのです」
「『銀団』?」
「ジャコッベ爺ちゃんの家族なのです」
誰だそれ?
「森の東にアンキロを発見したってこの間言ってた」
チコが言った。
勿論言ったというのは聞こえてきたということだ。
「身内なら急いでやろう。誰か信号弾上げろ」
『俺やる!』
後方狙撃室にいるピノが言った。
水平に信号弾が放たれた。音と共に明るく一瞬輝いた。
「どうだ?」
「気付いたみたい」
船が滑るように降下していく。
遠くの森の木が急に倒れた。
「アンキロだ!」
獲物はどんどん遠ざかっていく。
「倒す?」
オクタヴィアが聞いてきた。
「いや、他人の獲物だ」
それより今は救助である。
「わたしが行きます」
ロザリアが言った。
「リオナも行くのです」
ロザリアも一緒ならゲートを出して…… 見られるとまずいか?
ふたりがボードで飛び降りた。
木が多くて降下ポイントを探すのに苦労している。
「大丈夫か?」
「アンキロの尻尾で殴られたみたい」
チッタが言った。
ロザリアたちの首尾を尋ねたのだが、患者の容態について返ってきた。
アンキロは十メルテ程の無翼竜である。外皮は堅い鎧に覆われて尻尾には堅いハンマーのようなこぶがある。ワカバのいるマルサラ村近郊に多く棲息する魔物である。
「痛そう」
オクタヴィアが呟いた。
「ナーナ」
「あの尻尾は痛そうよね」
ナガレが言った。
「怪我ひどいみたい」
「直撃を食らったんだろ。防壁から飛び降りるような衝撃があったはずだ」
「万能薬使うみたい」
「ロザリアが珍しいな」
「一刻を争うって」
「狼だ!」
レオが叫んだ。
「こっちには来ないから」
チコに黙らされた。
「なんで言い切れる?」
狼の群れがチコの言葉に呼応するように逃げ出した。
「この森には怖いのが他にもいるから」
レオは目を丸くした。
ユニコーンが遠巻きに見ていた。
ユニコーンが立ち去ると同時に下から声が上がった。
「荷馬車が壊されたんですって。乗せられないかって」
「馬は無事か?」
「平気だって」
「開けた場所を探せ。全員積んで帰る」
「助かりました。若様」
「こいつが焦りやがって、見つかっちまいましてね」
三世代の狩人か。祖父と父と子供が二家族、六人パーティーだ。
「同じギルドの一員だ。気兼ねなくゆっくりしてください。一時間もすれば町に着きますから」
格納庫にオプション部屋を用意して、馬と一緒だが、好きにして貰うことにした。
馬車は車軸が見事に折れていた。荷台を修理する以前の問題だ。
面倒はアガタの店で見て貰っているらしいので後で店に届けておいてやることにした。




