エルーダ迷宮追撃中(ウィズ・マリア)39
僕たちは大部屋行きの地下通路に入った。
『開かずの扉』を開けてあげたかったが『迷宮の鍵』は持っていない設定になっているので、ゼンキチ爺さんがいない以上スルーすることにした。
僕は間違って鍵を開けてしまわぬように扉を避けて大回りした。
影追いのルートが変わったからといって特に内部が変化した様子はなかった。
変わったことと言えば、ヘモジがすべての敵に対して無双になったことぐらいだ。
何せヘモジは小人サイズで戦っているから大抵の敵が遙かにでかい相手ということになる。先のサンドゴーレム然り、『巨人殺し』は闇蠍程度にも充分発動するのであった。
マリアさんだけでなく僕たちもヘモジのでたらめさに驚いている。
闇の障壁など無視してミョルニルでタコ殴りである。
闇蠍を恐れないうちの連中の態度にもマリアさんは驚いていた。
スプレコーンと言えばユニコーン。ユニコーンと言えば闇蠍である。僕たちにとっては日常の天敵駆除なのだ。即死級の猛毒があろうとも、常にそれだけの対応はしているのである。毒耐性の装備に魔法の武器。銃に今は手持ちがないが障壁貫通用の特殊弾頭。探知スキルに万能薬。とどめは身代わりぬいぐるみだ。
きっと弓使いの自分の出番があると思っていたのだろう。でも魔法の矢が勿体ないと皆に止められていた。
まあ、僕の出番もないんだから、警戒だけしてくれれば充分だ。ロザリアもいるしね。
くらい通路を突き進むとお目当ての大部屋に到着した。
光をかざして天井を見る。
周囲の壁はほぼ捜索済みだから残りは落盤に巻き込まれた天井部分と支柱だけだ。
天井を見上げてみても特に何もなさそうだった。
そう思ったときロザリアが光の玉を天井の中央に掲げた。
「これが太陽」
そう言って天井に開いた丸い窪みに光の玉を放り込んだ。
なんのことかと思ってよく見ると三日月のレリーフが窪みの側に並んでいた。
すぐに昼と夜を現わしていることに気付いた。
天井に星空が広がった。
「中央の辺りだけ二層構造になってる!」
本来なら光の魔石でも置くのだろう。放り込まれた光の玉が灯籠のように裏側から表に空いた穴をすり抜けて辺りを照らした。
穴を通った光が星々のように瞬いている。
これは星空のイメージか?
この景色…… どこかで見たような……
「これって…… 地下大聖堂の石膏レリーフに似てない?」
マリアさんがリオナになんのことかと尋ねた。
イフリートのフロアにある地下大聖堂の石膏レリーフのことだとリオナは言った。検証部隊が暑くて到達できなかった場所だ。当然マリアさんも見たことはない。
「てことは光点が何かを意味していると?」
「ロメオ、地図じゃ! 見取り図じゃ!」
アイシャさんが何かに気付いたようだ。
「光のある場所じゃなく、ない所を見るんじゃ。どうじゃ、気付かぬか?」
「通路だ! 地下通路!」
影追いの基本ルールがここまで繋がっているのか!
無数の星々に照らされている中央の天板に影ができていた。そしてそれを繋げていくと地下の通路網になる。
ロメオ君が見取り図と影を照らし合わせていく。
「あった!」
叫んで指差した。
「一つ戻った先の分岐に隠し通路だ!」
僕たちは急いで来た道を戻り、分岐を折れた。
すぐに行き止まりになった。
倒した闇蠍はもういなかった。
「何かあるはずだ。探そう!」
捜し物とくればリオナとオクタヴィアだ。僕たちを掻き分けて先頭に踊り出す。そして壁を叩き始めた。
僕たちは明かりを照らして周囲を見渡す。
ただの石壁のようだ。
ゴトッ。
「うにゃあ」
オクタヴィアが地面で突っ伏した。
体重を掛けていた石が突然動いて倒れたのだ。
ゴン!
「あった!」
「警戒!」
僕たちは身構えた。
「……」
探知スキルを目一杯働かせる。
敵の気配はない。
かすかに開いた扉の隙間にヘモジを潜らせ、調べさせている間に、片脚を隙間に突っ込んで扉をこじ開けた。
小部屋があった。
「ナーナ」
ヘモジが懐中電灯で壁の一角を照らした。
ボタン代わりにせり出した石があった。
「これを押し込めと?」
「そのようじゃな」
「念のためにみんなは離れていた方がいい」
「おかしなトラップだと困るものね」
ナガレが床を槍の柄尻で叩いた。
小部屋には僕とヘモジだけが残った。
「行くぞ!」
「ナーナ」
緊張する。
大きく息を吸って吐く。そして体重を掛ける!
ゴリッ!
石が擦れる音がした。
バン! バン!
炸裂音が大広間の方で聞こえた。それから地響きが……
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「長いな……」
「何かが動いてるみたいだ」
「随分大仕掛けじゃな」
揺れはしばらく続いた。
そして静寂が戻ってきた。
僕たちは期待を膨らませて大部屋に引き返した。
そして驚いた。
部屋が煌々と照らされていたのだ。天板の夜空が昼になっていた。ロザリアの明かりもないのに輝いていた。
そして前回強引にこじ開けた扉がゴトンゴトンと音を立てて開いていく。
隙間から闇が漏れてきた。
カサササッ……
音だけが漏れてくる。
闇蠍が扉の前に固まり始めた。
そして通れる広さになると闇蠍の群れが大部屋に一気に押し寄せた。
が、闇蠍は床に突然できたすり鉢状の大穴に次々滑り落ちていった。後続に先頭が押し出されて面白いように転がり落ちていく。
結果的に最後に残った連中だけを相手にすれば済んだ。
「まるで様変わりしておるな」
すり鉢状に凹んだ床の中央には大穴が空いていて、そこまで僕たちのサイズに合わせたような螺旋の足場が切られていた。
僕たちは慎重に穴の中央を目指した。
「なんだ?」
明かりを落としてみた。
「深すぎて見えないわね」
ロザリアが言った。
すると床が一瞬ガクンと落ちた。
「うわっ!」
何ごとかと思ったら床が回り始めた。いや、動いているのは壁かも知れない。
兎に角、壁と床が相対的に逆方向に回り始めたのだ。
「ちょっと!」
ロザリアの声に振り返ると大穴の底が迫り上がってくるのが見えた。
「まずい!」
このまま床が上がってきたら落ちた闇蠍の大群と一戦交えることになる!
「生きてるかしら?」
深さは相当あるようだが。
ロザリアがもう一度光を穴に落とした。
結界が消え、蠍の亡骸が大量に転がっているのが見えた。闇がまだ隅の方で蠢いている。
仲間の死骸に助けられたか?
探知スキルを働かせて確認した。
僕が銃口を向けるよりも早く、ロザリアが光の魔法で一気に殲滅した。弱っていた敵は一溜まりもなかった。
あと少しで穴の底という所で回転が止まり、中央の迫り上がりも止まった。
「なんだったんだ?」
穴の底が迫り上がってきただけか? それとも部屋の方が沈んだのか?
改めて周囲を見渡すが通路らしき物は見当たらなかった。
闇蠍が出てきた扉を行くしかなさそうだ。
「上の扉から行こう」
螺旋を登り、元の床の高さまで戻った。
「来た道が塞がってるのです!」
リオナが叫んだ。
「こっちもだ」
ロメオ君が叫んだ。
「はあ?」
閉じ込められた?
やはり怪しいのはあの穴だろうと言うことで、僕はもう一度戻って穴を覗き込んだ。
ちょうど闇蠍の最後の亡骸が消えるところだった。
「あ! あった! ごめん! 扉があった!」
僕は魔法で足場を作って穴に降りた。
慎重に扉を確認した。
ここで敵に襲われては逃げ場がない。
扉は簡単に開いた。
「敵はいないみたいだな」
扉の方角は闇蠍が出てきた扉と同じ方角だった。恐らく行き先は同じだろうと思えた。
脱出する道がここしかない以上、ここを進むしかあるまい。
通路にも敵はいなかった。
だが、おかしなことに魔素の量が急激に増えてきていた。
「おかしい。魔素が充満してきている」
「これって…… 脱出部屋だ!」
突き当たりの扉を開けて覗いてみると、反対側にも扉があった。
「やっぱりそうだよ! 振り出しに戻る方のはずれゲートだ」
見取り図に記されていない当り通路にいつの間にか合流していた。
おかしなことに大部屋からここまで階段を降りてきた記憶がなかった。
扉を越えて先に進むといつもの通路が現われた。




