エルーダ迷宮追撃中(ウィズ・マリア)38
一旦休憩を挟んでいよいよデカブツとの戦闘だ。
タイタン程でないにしろ、でかい獲物である。
マリアさんが敵を見て一瞬固まった。大丈夫、僕たちだって驚いたから。
「どうやって倒すの?」
弓で加勢する気満々のようだが、僕は「大丈夫」とだけ言って、ライフルを構えた。
砂嵐こそがサンドゴーレムの結界のようなものだから内側に入ってしまえば普通のゴーレムと変わらないといういつもの蘊蓄を暇なオクタヴィアが解説していた。
マリアさんが知らないはずないだろ?
「腰、右の脇腹だ!」
「あの高さだと落とし穴に潜るのです!」
「片足だけ落とす! いいな? 戦闘準備! 行くぞ、三…… 二……一……」
ズズズンと片足が沈んだ。
巨大なゴーレムが反り返ったかと思うと反動で前に倒れ込んだ。
倒れ込むと同時に手を突いた右腕の肘目掛けてヘモジがミョルニルを振り抜いた。
ゴーレムはそのまま顔面を砂に埋めた。
回り込んだリオナが近距離から銃弾の雨を降らせた。
「戦闘終了ーっ」
「大部屋に行けないのです」
「いつでも落とせるから気にするな」
すると「大部屋の仕掛け、調べたいんだけど」とロメオ君が言い出した。
確かに大部屋からタイタン部屋への通路の入口を開ける仕組みがまだ解明されていなかった。マリアさんは隠し扉のことも知らなかったようだし。
だったら大部屋が無傷な状態で進入した方がいいんじゃないかと言うことで、日時計経由で行くことにした。
ボードに乗れないマリアさんを運ぶにはゲートを使えば容易いのだが、さすがに見せられないので、砂で作ったソリに簡易荷車用の『浮遊魔方陣』を貼った物に乗って貰い、僕とロメオ君で引くことになった。
アイシャさんとロザリアはそのソリを安定させるためと言って、ソリに掴まって引っ張って貰う気満々である。魔力の供給源としてはどちらも優秀なのは分かるが。
当然高所を飛ぶことはできないので、三人に迎撃して貰おう。
マリアさんはまだヘモジとリオナのふたりだけの連係プレイに言葉を失っていた。穴を掘った僕もいるんですけどね。
あのサイズのサンドゴーレムをたった二人で? それもあんなちびっ子がとか思ってるのだろう。
遠距離攻撃できる人間がこんなに揃っているのにさぞおかしく見えたことだろう。
僕は例の石が出たときに備えて、ドロップしそうな位置に陣取った。
マリアさんには少し離れていて貰いたかったので、ロザリアに頼んでさりげなく遠ざけて貰った。離れた日陰に場所を作って、回収が済むまで休憩してくれるようにとお茶とお菓子を用意した。ヘモジとオクタヴィアが頼みもしないのに接待に向かった。
兎に角、あれは情報すら外部に出したくない物だから、アイテムに変化したら即行で確認して、もし出たなら即刻精製して誤魔化すつもりだ。
念のために戦闘でヘモジに大き目の欠損を作らせたが。腕一本で足りたかどうか。こればかりは運次第だ。
「!」
変化しだした!
身体を構成する物質が砂のように崩れ始めた。そして消えていく砂のなかからアイテムが姿を現わし始めた。
どでかい金塊だけでも充分、困りものなのだが……
ここまで他の冒険者の狩り場になってしまったら僕たちが遊べるフィールドがなくなってしまうので、回収物に関しては非公開にして貰おう。
幸いマリアさんはオクタヴィアとヘモジの相手で余所見をしていたし、例の石も出なかった。
「取り越し苦労じゃったな。金塊と宝石だけじゃ」
アイシャさんが言った。宝石は前回と違って小振りな物が数点だ。
ここは金塊縛りだな。銀や銅すら出やしない。でも例のアレが少し混じっただけで……
回収した量だけでもマリアさんは充分目を回した。
「驚くのは早いのです。今驚いたらタイタン見たとき損するのです」
まあ損するかは兎も角、馬鹿らしくはなるな。
アイテムを回収袋に入れて修道院送りにする振りをして『楽園』に放り込んだ。
市場がパニックになると困るので小分けにして『銀団』の方で処理するからと断わっておいた。さもいつもそうしているかのように。支払いもその度分割でと。
マリアさんは『銀団』時代に使っていた口座を今も使っているから、そっちに振り込んでくれるようにと言った。現物を窓口に持ってこられるよりいいと判断したのだろう。
マリアさんも元は団員だ。それも姉さんたちと連んでいたのだから法外な回収品の処理の仕方は熟知している。
どの道タイタンの報酬が追加されれば、安全確実な受け取り方法はそれ以外考えられなくなってしまうのだが。
「あなたたち、毎回これを?」
「エルリンは四回目です?」
「いや三回目だ。ヘモジと来たときはこっちは倒してないからな」
「ナーナ」
アイシャさんがいなかった初日と、アイシャさんと攻略した日と、ヘモジと来た日でもうタイタン攻略四回目になるのか。結構来てるな。あの長い階段を下りるのは二度と御免だと思っていたはずなのに。まあ、上り階段だったら考えるだろうが、下りだしな。
「妾以外は三回じゃな。サンドゴーレムはじゃが」
わざわざ含みのある言い方しなくても。もしかして前回誘わなかったこと根に持ってる?
あれは、急きょ予定が変わったんだからしょうがないと思うんだけどな。
「…… タイタンは違うと?」
「エルリンとヘモジは今日で四回目なのです。リオナたちがお仕事してる間に羽伸ばしてたのです」
タイタン戦で羽を伸ばすという表現はどうかと思うが。まあ、確かに羽目は外していたが。
「ふたりだけで?」
「ヘモジはいい思いしたのよね」とナガレに突っ込まれた。
「ナーナ」
ヘモジは嬉しそうに頷いた。
「今日はわたしがとどめを刺すからね!」
槍をヘモジに突き付けた。
「あれって召喚獣限定なのか?」
「そうよ。まったくヘモジったら大事なこと隠して!」
「ナーナーナ!」
隠した隠さないで喧嘩を始めた。どうやらヘモジは物知りなナガレなら当然知っているものと思っていたらしい。
でも擬人化解いたら、ふたりには余り必要なスキルじゃないよな。擬人化してる方が強いなんていう馬鹿な事態にならなきゃいいが。
ヘモジがバックアップに入ることでけりが付いたようだ。
回収を済ませるとソリを作ってマリアさんを日時計まで運んだ。
ロックゴーレムが何度か邪魔をしてきたが、接近される前に黙らせた。ソリに岩を投げられてはたまらない。
日時計まで来るとマリアさんは感慨深げに周囲を見渡した。
「たった半日で?」
マリアさんがここを攻略したのは職員になってからで、日誌通りの攻略だったらしい。
つまりここまで四日ぐらい野営をしてきたのだ。
さぞやこのフロアを広く感じたことだろう。
だが重要な拠点は往復一日で済む位置に固まって存在したのだ。
懐かしさがやりきれなさに上書きされることはないだろうが、そろそろ日を傾けるとしようか?
大部屋に行くルートだが、僕たちが選んだのとは別の棒をマリアさんに選んで貰った。マリアさん自身が過去に選んだ棒である。
逆さまに挿せるか試したら無理だった。
「何してるの?」
「僕たちが見つけたはずれ棒、逆さにしたら当たり棒になったから」
ロメオ君が言った。
「わたしの当たり棒はあっちなんだけど」とマリアさんは正面の森を指差した。
「え?」
僕たちが見つけた当たり棒とは真逆だった。
噂は本当だった。当たりは一本ではなかったようだ。
取り敢えず、マリアさんの選んだ当たりではなく、新たなはずれ棒で大部屋を目指す。見取り図に記されているルートは一つしかない。だとすると別の見取り図があるのか、或いは――
後者であった。はずれの棒の影追いを始めたらゴールは同じ地下道だった。影追いのルートが変わるだけで行き着く先はまったく同じだったのである。
なぜこの程度の情報が秘匿されているのか?
まあ、こういう謎を自力で調査してこその冒険者でもあるわけで。何もかも教えられていては冒険者は務まらないということだろう。折角のパズル要素でもあるし。
因みに正解の方も追い掛けたが、行き着いた先は後日見つけた別ルートの祠だった。
「へー、こっちが正解だったんだ」




