ユニコーン・シティー17
「エルネスト!」
僕を囲む様に五人が駆けつけていた。
姉さんも飛んできた。周囲の膨大な魔力が一瞬に消え去ったことを感じ取ったのだ。
「首謀者は爺ちゃんに渡してきた」
姉さん以外の五人が首をひねった。
魔力を使い果たした僕は目眩を起こすほどひどい飢餓感に襲われていた。すぐさま僕は万能薬を取り出して口に含んだ。喉が渇いたときに水分を口に含んだ折のあの全身に染み渡る感覚が全身に沸き上がってくる。
空きっ腹に答えるな…… 一本じゃ足りない。
「アシャンが助けに来たのね」
姉さんが僕の手を止めた。一度に飲み過ぎると中毒になるが、さすがに二本ではならないと思うのだが。
「まあそういうことかな」
「筆頭殿がおいでになったのか?」
エンリエッタさんが不思議そうに僕に尋ねた。
「爺ちゃんの『牢獄』初めて見たよ」
嘘だということに姉さんは気付いている。爺ちゃんなら原石の魔力を吸収する必要などないからだ。
でも自分がやりましたとはさすがに言えないだろ。何が起きたか説明することもできない。
二つのユニークスキル持ち、ラヴァルの分も合せると三つか…… 『認識』阻止のアクセサリーをしているから見られることはないにしても、あの将軍のユニークスキルに怯えた身としては、自分の置かれている状況は理解しているつもりだ。
辿り着いた先で事切れていたのは指揮官クラスの鎧とマントを着た知らない男だった。
「どうします?」
偽物と分かっているのに今更回収する意味はない。
どうするか悩んだ末、ヴァレンティーナ様は回収班に任せることにした。
それにしても破壊することで原石から魔力がこうも容易く取り出せるとはね。マイバイブルで勇者がよく口にしていた『案ずるより産むが易し』とかいうやつかな?
せっかく手段が見つかったのに『楽園』は遠くなってしまったな。
とぼとぼ最後尾を歩いていると、歓声が僕たちを出迎えた。
城壁には人族も獣人も関係なく歓喜に沸いていた。
とりあえず終ったみたいだな。
突然、地面から天に稲光が伸びた。そして星空を隠す黒い雲の輪郭が轟音と共に光った。
何事かと全員が空を見上げた。
「なんだ? 花火?」
僕は口をぼかんと開けて空を見上げた。
「召喚術式だ!」
姉さんが声を上げた。
僕たちは光が打ち上がった場所目指して駆けた。
再び橋を吊り上げるべく兵士が控えていたが、その前を横切り、森の外れの平地に向かって駆けた。前方から奇声が轟いた。
僕たちは立ち止まった。
「こんなものまで仕込んでいたのか……」
ヴァレンティーナ様が顔をゆがめた。
光の正体は怪しく光る魔法陣だった。そしてその中央に顕現しかけているのが……
『バジリスク、レベル八十、性別不明』
頭にトサカのある雄鳥の半身に蛇の尻尾を持つ巨大な魔物。
コカトリスの番にして蛇の王。
こいつの最強の武器は猛毒だ。闇蠍の毒などこいつの放つ毒に比べればかわいいものだ。こいつは森を、大地を余さず腐らせるだろう。伝説ではミコーレの砂漠はこいつが作ったとも言われている。
バジリスクの息はすべてを滅ぼす。生物の住めない世界が訪れる。
あの男が笑ったのはこういうことだったのか。
苦いものが込み上げる。一体どうやって傘下に収めたんだ?
「召喚前に叩く!」
ヴァレンティーナ様が号令を発した。
姉さんが巨大な氷の槍を怪しく輝く魔法陣めがけて落下させる。
だが氷の槍は魔法陣の上空で一瞬にして砕け散った。
対魔法結界だ。
当然物理結界も仕掛けてあるのだろう。城壁の防御結界並の大がかりな防御術式だ。でもこれを貫通できないというのは…… 姉さんも戦闘で魔力が枯渇しているのか?
「『結界砕き』!」
サリーさんが結界に斬りかかる。一瞬で三連撃だ。
放電現象がサリーさんを襲うが、そこにはもう彼女はいない。
サリーさんはマントを翻し余裕で回避している。相変わらずの燻し銀だ。
入れ替わりにエンリエッタさんが放電をかいくぐり、地を這う様な姿勢から剣を薙ぎ払う。
「『一刀両断』ッ!」
サリーさんが打ち込んだ場所に寸分違わず切りつける。衝撃と共に布を裂く様に結界に亀裂が入った。あれって『一撃必殺』と同類の技だ。発動したら最後、切れないものはないってやつだ。僕のと同じで発動しないと意味ないんだけどね。
ルチアさんは踊る様に槍を振り回し、放電を見切りながら遠心力を増していく。
「『葬送乱舞・赤』!」
オズロー顔負けの強烈な槍の一撃が連続で加えられる。
そして赤い光跡が今度は横に結界を切り裂いた。
放電が直撃するが彼女は微動だにしない。結界が守っているのだ。
すごい。
思わず唸ってしまう。あれで新人って近衛騎士団ってなんなんだ? 化け物の巣窟か?
「『次元断絶・無双撃』」
しんがりはヴァレンティーナ様だ。目に見えない一撃が地面ごと魔法陣となかの化け物を両断した。
「うわっ!」
思わず声が出てしまった。
あれってユニークスキルだろ? 絶対ッ! 問答無用の一撃だよ。勇者の言うチート攻撃だ。
『無双』って名前付いてるし。
レベルが違いすぎる。これがSランクの戦い。
だが僕の感動を余所に戦いは終わってはいなかった。
片翼を失ったそれは毒を吐きながら身をもたげた。まるで眠りを覚ましたものに鉄槌を下すべく周囲を威嚇した。
まさか、召喚されちまったのか? バジリスクッ!
レベル八十の敵にどうやって……
ヴァレンティーナ様が膝を突いた。
あの技には相応の代償が必要だということか。でもそうなるとあいつは誰が殺るんだ?
「突撃ーッ!」
幻聴が聞こえた。いないはずのやつの声が聞こえた。
「投擲ーッ、なのです!」
リオナだった。
『草風』に乗って獣人の先頭に立ってバジリスクに特攻を仕掛けていく。
「なっ?」
獣人たちが自分の武器をバジリスクに次々投げつけていく、姉さんが風の魔法で毒を追いやっている間に。いつの間に連携を……
トレドじいさんの巨大な斧が、オズローの長剣がバジリスクの鱗に深く突き刺さる。
バジリスクは半分切断された巨大な尻尾をくねらせ、こちらを払う動きをした。
突然雷鳴が轟いた。雷がバジリスクを捕らえる。
体中に刺さった武器が雷を引き寄せ、身体の内側から焼いていく。
地鳴りと共に彼方から白い一団がやってくる。
「ユニコーン…… ようやくお出ましか」
強力な聖結界によって猛毒をものともせずバジリスクに襲いかかる。
円陣を組み、遠巻きにバジリスクを囲みながら、制御できないほどの強力な魔力を今まさに放出している。
姉さんの雷魔法が子供の嗜み程度にかすんで見える。
長い槍のような角から目映い雷が延々と放たれる。
バジリスクは悲鳴を上げながら一方的に攻撃を受け続けた。尻尾の付け根は既に炭化していて、その先は意思とは関係なくひくついているだけだ。
猛毒の鎧が効かない以上、バジリスクはユニコーンにとってはただの巨大な雄鳥に過ぎなかった。バジリスクの身体は内側と外側から焼かれて、ついに消し炭になって崩れていった。
そして真の静寂が訪れた。
ヴァレンティーナ様が僕の肩にしなだれかかってきた。
「終ったな……」
「はい……」
勇者のいた世界の言葉で『井の中の蛙、大海を知らず』という言葉がある。
今の僕の気持ちだ。僕はまだまだ小僧っ子だ。
そういやもうひとりの小僧っ子はどうした?
リオナは『草風』と共に獣人たちに迎えられて、はしゃいでいた。
「いいところ全部持って行きやがった……」
「出てくるなと言ったんだろうな?」
僕は頷いた。
「だったらお仕置きが必要だな」
そう言うとヴァレンティーナ様は笑った。
僕もおかしくなって笑った。あいつのへたれた顔が思い浮かんだからだ。
「薬飲みます?」
「ああ、頼む」
こうして僕たちの長い夜は今度こそ終りを告げた。




