エルーダ迷宮追撃中(凧作り教室)36
「先生! 手がくっついたー」
「エルリン先生、接着剤固まっちゃいましたー」
「お湯だ。温めてやれば取れるから。そっちも湯煎しろ!」
「竹籤折れたー」
「予備の竹籤あるから」
「変なとこくっついたー」
「こっちもー」
「変なとこじゃない所に付けなさい!」
きゃいきゃいとちっこいのが騒がしい。
「絵を描いていい?」
「完成してからね」
「魔法使って見せてー」
「先生魔法使いなんでしょ?」
「えー、そうなの? でも武闘大会で優勝したんだよね」
「作業に集中して」
「今度いつ肉祭りすんのー?」
「今度はなんの肉ー?」
「先生、あたしドラゴンの肉食べてないのがあるの」
「あたしもー」
「俺、全部食った!」
「お前ら全員、言葉の通じないゴブリンかーッ!」
「ゴブリン、しゃべんの?」
「何語? ゴブリン、何語? ゴブリン語?」
「戦ったことある?」
「魔法使うゴブリンがいるってほんと?」
「それすげー、エルフ語しゃべんの?」
「魔法使うんだからエルフ語しゃべれるに決まってんだろ!」
「すげー、ゴブリン語ってエルフ語だったんか!」
「でもゴブリンって魔力あんの?」
「えーっ、マジかよ。俺たち負けてねー?」
「じゃあ、エルフはゴブリンなんか?」
「なんで?」
「なんでって何が?」
「エルフはエルフでしょ!」
「でもゴブリン語だぜ」
「なんか変じゃない?」
「先生、よく分かりません!」
分かんないのはこっちだよ!
「ほら、頑張って作んないと凧揚げする時間なくなるぞ」
チコがすっくと立ち上がった。
ふん、と完成した凧を胸の前に構えて、僕に見せた。
凧には『見参!』と文字が描かれていた。
「すげーもうできたんか?」
「チコちゃん凄いねー。難しい字知ってるね。これなんて言う意味?」
「『チコソルジャー見参!』 文字数が多すぎたから自主規制した」
「自主規制?」
「我慢すること」
ちょっと違う。
チコの周りには友達の輪ができあがっていた。僕の知らないチコの世界がそこにあった。
子供たちは口をぽかんと開けて空を見上げた。
言葉を失い、駆け回ることも忘れて。
さっきまでの騒々しさは風に吹かれて消えてしまった。
凧は青空高くにぽつりとあった。
風を受けてフラフラしている。
子供たちは自分の凧を大事そうに抱えたまま、お手本に揚げた僕の白い凧に吸い込まれていた。
「じゃあ、みんなの番だぞ。ぶつからないように広がって」
上手に揚げられる子、揚げられない子。
不器用な子は何度も落とすけれど、それでもみんな楽しそうに走り回っている。
「ちゃんと重心取れてるか? 糸を掴んで吊してごらん。変に傾いてないかい?」
「あ!」
「ちょっと右が重いみたいだね」
「貸してごらん」
「はい、先生」
僕は魔法で少し細工をしてバランスを取ってやる。
「はい、これでもう上がるはずだよ」
「ありがとう、先生」
未だに地上待機している凧の持ち主たちは皆同じように糸をつまんで凧を吊した。
重心が前のめりだよ、みんな。
まったく、人の話を聞いてないんだから。尻尾付けろ、尻尾。
教えなくても子供たちは勝手に動き出す。お互い意見を出し合い、足りない部分を補い合って次のチャレンジに挑んでいく。
もう教えることはないな。ここからは好奇心が先生だ。
終了時間も忘れて最後のひとりが揚げられるようになるまで授業は続いた。子供が帰ってこないのを心配した親が向かえに来ていたが、辛抱強く最後のひとりが笑顔を浮かべるときを待ってくれていた。
こりゃ、昼飯食べる時間ないな。校庭の一角にある日時計の影を見ながら不謹慎なことを考えた。
お昼休みが終わると下級生は帰宅し、リオナたち上級生の授業が始まる。
見慣れた顔が仕切っていたこともあるが、午前中の授業風景を既に覗いていた彼らは目的が凧を作ることではなく、凧を揚げることだと既に理解していた。
遊ぶ時間を確保するには、素直に従ってサッサと完成させてしまう方がいいと判断したのだ。
だが四角い凧は竹籤を多く使うし、上糸と下糸の調整もある。反り糸でうまく湾曲を付けなければいけなかったりで工作が少し難しい。
三角凧と違って、絵も最初に描いた方がいいのだが、皆練習だと割り切っておざなりだ。
リオナは大きな文字で『肉』と描いた。
できあがった順に校庭に出ていった。
教えるまでもなく、耳のいい連中は午前中の授業を盗み聞きしていた。
「うおおおおおっ」
ピノが走り回っているが、凧もくるくる回っていた。
「尻尾付けろ、尻尾!」
「エルリン先生、風送ってー」
「ナイスアイデア! 先生、早く」
変に頭が回る奴らだと小憎らしくなるのはなんでだろう?
「自分で揚げるから面白いんだろうが! 風と駆け引きするんだよ。こっちを頼るな」
突然空が光った。
なんだ! 魔物の襲来か?
僕は身構えた。
「あーっ! リオナの『肉』が焦げたのです……」
「何やってんだ! 糸の長さは決めてあっただろ! 上空には障壁があるんだから、決めた以上の長さにするなよ!」
「う…… リオナの凧がお亡くなりになったのです」
お調子者には天罰が当たる仕組みになってんだよ。
「ちょっとエルリンの凧貸すのです」
まったくしょうがないな。
上級生は別の意味で騒がしかった。
「うおおおおおっ」
「ピノ? なんでまだ走ってんだ? どうなってんだ、お前の凧?」
よくよく見るとピノが凧に描いた絵はエルフ文字だった。
「ああッ! ちょっと止まれ! ピノ! お前何やってんだ! 誰が術式を書いていいって言った!」
「術式?」
首を傾げた。
不十分な術式だから風が乱れてたんだ。
「兄ちゃんちにあった本に書いてあったマーク。格好いいから真似したんだけど…… 不味かった?」
誰だよ、魔導書放り投げておいたのは。
「兎に角、そのマークを消せ! いつまで経っても上がらないぞ。それに魔力が減ったら卒倒するぞ」
「道理でやたら疲れると思った」
そりゃ、あんだけ走ってたら疲れるわ。
こっちもドッと疲れた。
障壁の件で守備隊が来た。焼けた凧を見せて、始末書を免除して貰った。
取り敢えずつつがなく終わった。
教師のまねごとがこんなに疲れるとは思わなかった。
本番にはもう一度、同じことをしないといけないと思うと気が重くなった。
秋祭りの会場に来るのは家族連れだと思うし、たぶん大丈夫だろうとは思うけれど。
リオナたちにも手伝わせようと思っていたのに…… 当てにしない方がよさそうだ。




