ユニコーン・シティー15
案の定、堀の向こうに、闇蠍の群れがいた。
「ワイバーンは囮か……」
僕は北側に集中している領主に伝令を出した。
「どうする?」
オズローが聞いてきた。
「ここの責任者は?」
僕は守備隊の責任者を探した。
「わしが引き継ごう」
ホワイトレッグさんが言った。
「人族は?」
「皆北の応援に。こちらに残ったのは獣人だけです」
ここの指揮を任されていた者が言った。長老が指揮を執ることに異存はないらしい。
「正しい判断だ。指揮系統に組み込まれていない者が戦場にいても混乱の元だからな」
ホワイトレッグさんが言った。
「だがそれはこちらにも言えること」
どうしたものか。奴らはどうやって堀を渡る気でいるのか、それが問題だ。だがそこに現れたのは……
「足長大蜘蛛!」
レベル五十の大群だった。
こちらは星空のなか、まだ姿が辛うじて見えた。その数、二十匹以上。長く鋭い手足が蠢いている。
「こちらに渡る気か? 渡ってどうする? 登ってくる気か? 橋を下ろす頭があるとは思えんが?」
ホワイトレッグさんも腕組みをして考えている。
そうか!
実に手が込んでいる。足長大蜘蛛すらも囮か!
堀を泳いで渡る者の影が見えた。正確に言えば察知できないエリアがあったのだ。彼らが潜入部隊だ。城門を開けるのはやつらだ!
他人任せにしないのは関心だが、僕は空に光を放った。とびきりでかい光だ。これなら北の城壁からでも見えるだろう。
「闇蠍じゃないんだから、原石担いだって姿まで隠せるかよ!」
僕は銃を放った。
衛兵たちも気付いて弓を射た。
それは人族であった。
水に潜るため鎧を脱いでいた彼らはこちらの攻撃を防ぐには余りに脆弱だった。
無数の矢の前に生き残った者はいなかった。
反対側からも渡河を試みた者たちがいた。
「周囲を警戒しろ! 泳いでくる者がいるぞ!」
堀に向かって明かりが照らされ、敵兵は次々に討ち取られていった。
一方こちらの応援は次から次へと増していった。
「足長大蜘蛛はおらに任せておけ」
いつの間にか来ていた熊族のトレドじいさんが巨大な斧を担ぎながら言った。そして屈強なものを引き連れて門に向かった。あのなまりのせいで全然勇ましくないが、腐っても熊族だ。身体能力なら虎族にも匹敵する。
「結界は僕が張ろう」
僕はトレドの後に続いた。
「じゃあ、俺も」
オズローが続いた。
敵が人間なら堀の向こうからの遠距離攻撃もあり得るからな。城壁の上までは届かなくても下で戦う者を狙うことはできるだろう。
この町の防壁の外側はアルガスのようにすぐに堀になっている訳ではなかった。
いずれ土壁を壊すときのために足場となる土地を壁の外に残す必要があったのだ。堀の流れが河川と繋がっているため意外に激しく、仮初めの壁の浸食も防がなければならなかった。そのため緩衝地帯を必要としたのだ。そのために堀との間に三十メルテほどの空き地が四方に存在する。将来解体屋辺りが軒を連ねることになるが、人ならともかく、糸を飛ばし壁を上ることができる足長大蜘蛛に取っては格好の足場になり得た。
ヒュンという音と共に矢が飛んできて石壁で跳ねた。
僕は魔弾を装填した銃で相手にお返しをした。
地面ごと吹き飛んだ。
矢が僕たちめがけて無数に飛んでくる。
「気にするな」
僕は『完全なる断絶』を発動させた。
矢はすべて弾かれ地面に力なく落下していく。
対岸の森の影に大勢伏兵がいる。敵が誰か察しは付いているが、だからといって容赦はしない。城壁から森のなかに矢が降り注いだ。射下ろす獣人の強弓の矢は木の葉や小枝などものともしない。
「おおっ、若様、やるでねえか」
そう言いながらトレドがその大きな斧で足長大蜘蛛の頭をかち割っている。
「安心して戦えるべさ」
足長大蜘蛛は糸を対岸に残し、振り子の様に揺られながら、水の流れに逆らわず岸に押し寄せてくる。
僕たちが倒した兵士の死体が堀を流れ、泳いでいる足長大蜘蛛の前に流れ着く。足長大蜘蛛は作業を中断して死体を引き上げるとそれをむさぼり食い始めた。
完全には管理できているわけではないのか? それとも証拠隠滅か? 目をそらしたくなる惨劇だが、やられれば僕たちも同じ目にあうことになる。
『足長大蜘蛛、レベル五十一、オス』
僕は八つ、二列に並んだ目のある頭を『魔弾』で吹き飛ばした。
水面に浮かんだまま抵抗できない今なら僕でも仕留めることができる。
既に上陸しているものはトレドやオズローたち精鋭に任せて、非力な僕は水上を狙う。
何本かの糸が架かった。だが、そこはあえて排除せず、トレドが残す様にと言った。
闇蠍が動き始め、糸を渡り始めた。そして糸一杯にたわわに実った果実のように堀幅一杯に並んだ瞬間、大きな斧を振り下ろした。だが思う様に切れない。闇蠍は迫ってくる。
僕は咄嗟に火を掛けた。
糸は燃え細くなり、重みに耐えきれずにプツリと切れた。
糸に掴まっていた五、六匹の闇蠍が落ちて流された。
「毒を貰った!」
誰かが叫んだ。
「オズロー!」
「任せとけ!」
オズローには普段から薬一式を持たせている。
負傷兵を守るため土壁を築いた。オズローはそこに負傷兵を引きずり込み、無理矢理薬を飲み込ませた。
こちらを見て「大丈夫だ」と合図してきた。
いつの間にか戦場が広がっているな。
さすがに全体は覆えない。敵もそこを突いてくるのだろうが、僕は周囲に壁を造りまくった。いつでも身を隠せる様に。
原石を積んだ闇蠍もトレドの作戦であっけなくその数を減らしている。
突然撤収の合図が空に上がった。
「撤収ッ!」
僕はしんがりを務めながら、仲間が城門のなかに下がるのを待った。
空に閃光が走った。
「やばい!」
僕は『完全なる断絶』を強化した。確か魔法も防げたはずだ。
落雷が空から降ってきた。
視界が完全に失われた。
まぶたを再び開いたとき、直撃を受けたすべてのものが燃えカスになって息絶えている光景が目に飛び込んできた。
僕は上を見上げて叫んだ。
「少しぐらい待てなかったのかよ!」
城壁から姉がのぞき込んだ。
「何か問題でもあった?」
あんにゃろ! 確信犯だ。笑いやがった。
「喧嘩は後にしろ。主犯に会いに行くぞ」
ヴァレンティーナ様がいつもの面子を引き連れて後ろから現れた。
「ちょっと、こっちの方がひどくない?」
近衛騎士団の新人ルチア・アバーテが、足長大蜘蛛と闇蠍の死骸の山を見て言った。
「援軍の必要なかったですかね?」
マギーさんが僕に言った。
「よく前に出なかったな」
ヴァレンティーナ様が僕を褒めた。
「お前のことだからまたひとりで突っ込んで行ったかと思ったぞ」
サリーさんは相変わらず毒舌だ。
大きな吊り橋がゆっくりと降りてくる。
「この鎧…… ミコーレのものだな」
エンリエッタさんが言った。
僕にも見覚えがあった。ラヴァルの兵たちが着ていたものと同じ鎧だった。
「どこまで面倒掛ける気だ」
サリーさんはいつになくお冠だ。
僕たちは橋を渡り、敵の本命、首謀者らしき遺体に近づこうとしていた。
前回、最後の一行を掲載し忘れたので、今回の冒頭に一文を追加。前回分も修正しました(汗




