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エルーダ迷宮追撃中(秋祭りリターンズ・正夢)15

 それは凧揚げである。

 ある勇者が言うんだ。

「昔は収穫の終わった畑でよく凧揚げをしたもんだ」と。

 僕もその言葉を信じて凧を自作して遊んだことがあった。

 余りに風が強すぎて、僕は引き摺られて空に舞い上がったんだ。誰も助けてくれなくてあのときは死ぬかと思った。知らない人の家の屋根に降り立って、下りられなくなってほんと散々だった。よく無事に着地できたものだと今でも思う。調子に乗って大きな凧など作るものではない。それからはひとりで遊ばなくなって、結局やめてしまったが。

「凧揚げしましょう」

「凧揚げ?」

 まず凧の説明を絵を描いてしなければならなかった。

 レースでもないのにそんなに楽しいものなのかと聞き返された。

 僕はきっと見ているだけでも楽しくなるからと太鼓判を押した。少なくとも子供たちは。

 参加者は親子、友人なんでもござれだ。勿論、性別、人種は問わない。理屈を理解するために若干の教養は必要になるが、それは製作も兼ねて学校で教えればいいだろう。当日も凧作り教室をしようとは思うけれど、最初から全開で遊べた方がいいはずだ。


 後日、ヴァレンティーナ様に許可を貰って、僕は教壇という物に恥ずかしながら立たせて貰った。

 そこで、凧の作り方をレクチャーし、実際に作って飛ばす授業を行なった。

 凧にもいろいろな種類があるのだが、僕がレクチャーしたのは縦骨と横骨、筋交いの入った本格的な四角い蛸と幼い子でも簡単に飛ばせる三角形の凧だ。

 材料は丈夫な布と竹籤、丈夫な糸である。後は尾っぽになる布だ。凧には思い思いの絵を描いて貰い、自作した凧に愛着を持って貰うことにした。

 リオナはエルリンの顔を描いた。

 てっきり失敗したシチューの絵かと思った。



 母さんが来訪してきた日の夜、僕は急に凍りつくような底冷えを感じて目が覚めた。

 この感覚…… 千年大蛇に『憑依』したときのものと同じだった。

 僕は慌てて周囲を索敵した。

 家のなかは安全なはずだと念じながら。

 寝室に気を巡らし、何もないことを確認すると、扉を素通りして自分の部屋を見渡した。窓の施錠を確認して、書庫を見て、書庫側の扉から廊下に出る。ベランダの扉を確認しながら階段を下りて二階部分に気を巡らした。

 女性陣の個室はガードが堅くて覗けないのでスルーして廊下と階段を見回した。開いた窓や不審な影は見当たらなかった。リオナの部屋に続く渡り廊下も調べた。問題ないようなのでそのまま一階に目を向けた。

 玄関、居間、リオナのいる温室、食堂、台所、勝手口、使用人部屋を確認した。

 居間の卵ハウスでは番犬代わりの猫とヘモジが仲良く寝息を立てていた。

 風呂や使われていない部屋の確認もして、地下を一周し、中庭に目を向ける。

 池の畔でチョビとイチゴが岩のように眠っていた。

 回廊を見回し、そのまま裏口から家の外に出た。

「問題ないようだ」

 この家の結界をそうそう突破できる者がいるとも思えない。

 どんどん意識する領域を広げて行く。

 道場、ガラスの棟にギルドハウス。ユニコーン部屋に滝壺の裏。内防壁に新旧の村々。森のなか。白亜の城。我が家の敷地が終わると町中に気を張り巡らせた。

 領主館、そして中央広場。

 突然目の前が暗くなっておかしな景色が飛び込んできた。

 これは『竜の目』で見た景色ではなく、視覚といつぞやの熱感知が入り交じった景色だった。

 それもいつか見たときと同じく視点の位置がやけに低い…… 地面に擦りそうだ。これは小動物というより、明らかに蛇の視点だ。

 中央広場だろうか…… 見慣れた街灯の明かりが見える。

 目の前に見えているのはロメオ君のうちの前の通りだ。

 視点はどんどんロメオ君の家の敷地に近付いていく。

 ギルド事務所にはまだ明かりが点いていて、視点の主はその明かりを避けるように茂みに身を隠そうとした。

「うわっ!」

 敷地に入ろうとして一瞬目の前が光った。

 どうやら結界があったらしい。

 人なら感電して失神するところだろうが、依り代であるこの蛇は持ちこたえた。

 だが相当機嫌が悪くなったようで、視点が思うように定まらなくなった。

 どうやら操っている奴の能力はそう高くはなさそうだ。

 結界に気付いたそれは鎌首をもたげて庭を見回した。

 守備隊の兵士たちが武器を携えてやってくるのが分かった。

 視界は街道の側溝に後ずさりしていった。そして暗闇に消えた。

「おいおい」

 僕はもう一度目を覚ました。

 どうやら夢のなかで夢を見たようだ。

 それにしても…… 身体がすっかり冷えてしまった。

 暖かい物でも飲まなきゃ寒くていられない。


 厨房で茶葉とポットを探した。魔法を使って水を湯に変えてポットに注いだ。茶葉がなかなか沈まない。

 寒いな。

 そういやあの蛇、どこから来たんだ? あの側溝…… オクタヴィアがギリギリ通れるほどの幅しかないはずだ。だとしたら憑依した蛇は千年大蛇とは違うな。トラップに引っ掛かっても耐えられたことを考えると只者ではないはずだが。調べないといけないな。あんなのに我が物顔で町を闊歩されたら溜まらない。へたしたらオクタヴィアや子供たちに被害が出てしまう。

 夢ならいいのだが……

 残念ながら正夢だという確信があった。

「側溝にギルドを偵察していた蛇がいたぞ。憑依されたものだ。守備隊は気を付けろ」

 僕は誰もいない厨房の壁に向かって話し掛けた。

 起きてる獣人たちの耳には届いたはずだ。それと、この家の警護をしている連中にも。

「ナーナ?」

「喉渇いた?」

「まったく……」

 お前らは寝てろ!


 翌朝、僕は見事に寝坊した。僕を起こしたのは姉さんだった。

「お前は寝ていても面倒を掛けるな」と言って額を叩かれた。

 一階に下りると守備隊長がいた。

 着席すると「話を聞こう」とせかされた。

 僕のユニークスキル『憑依』について話すべきかと考えたが、前回の魔力過多の件にかこつけて有耶無耶にすることにした。これ以上呆れられても困るし。

 問題はなぜ僕が探知したのかだが、そればかりは答えられなかった。

 おかしな癖が付いているとしか言いようがない。

 夢で見たことだけを素直に話した。


「今朝方、調査した結果、側溝に蛇の鱗を見つけたわ」

 そう言ってサリーさんは何枚かの鱗を並べた。

「今も側溝をひっくり返して痕跡を探している最中よ。ギルドの庭の茂みにも蛇が通った痕跡があったわ」

「蛇は回収した鱗や大きさから考えてガラだ」

 ガラ?

 一メルテぐらいに育つこの辺りでは一般的な蛇の名だ。森で食料に困ったとき、まず非常食候補に思い浮かぶ程度の蛇だ。

 僕が体感した感覚だと半メルテもなかった気がする。まだ子供だったということか?

「毒も弱いし、巻き付かれても鎧を着て、ふたり以上で行動していればまず死ぬことはない」

「目的は偵察? そういや、庭のトラップを浴びてもケロッとしてたけど」

「最初のトラップは脅しだ。死に至るものじゃない」と姉さんが言った。

「ただ迷い込んだとも思えないけど……」

 夜の『ご苦労さん会パート二』までには解決して欲しい。

 その後、側溝に繋がる横穴を見つけたという報が届いた。

 獣人ネットワークから情報を仕入れたリオナからだった。


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