エルーダ迷宮追撃中(秋祭りリターンズ・母来たる)13
朗報である。
あのいらない子だった肉が捌けたのである。それも理想的な形で。
なんとあのパサパサ肉を美味しいと言って食べてくる者が現れたのだ。それは他ならぬユニコーンたちであった。
レストランのメニューにならないかと御用商人のレシピに手を加えながらアンジェラさんと唐揚げを作ってると、朝の散歩を終えた『日向』たちが現われたのだった。
腹ぺこで好奇心旺盛なユニコーンの子供たちにリオナが食べさせたところ、唐揚げより生肉の方が美味しいという結論に達した。
元々雑食で葉っぱを食むことの多い彼らにはパサパサの肉でも充分うま味を感じるのだそうだ。香辛料は彼らには無用の味付け。自然の味が一番らしい。
結果的に彼らの食事の嵩増しに成功したのだった。
勿論いつ断わってくれても構わない。そうなったときには我が家は一年中唐揚げ祭りだ。ステーキ数切れの横に唐揚げ大盛りだ。
ガルーダの件で世間が大騒ぎするなか、来訪者があった。
なんと母さんであった。
何ごとかと思ったら「今年の秋祭りはどんなことするの?」と宣った。
「ええ? もうそんな時期なの?」
僕は驚いた。
今更何言ってるんだという顔で家人たちが僕を見た。
今年は気温が例年より高くなかったが、その分残暑が長引いていた。
現在、盗賊ホイホイ実施中に付き、お祭りも続いているようなものなのだが、ヴァレンティーナ様はどうする気なのだろうか?
予定では秋の収穫祭は月末になっていたはずだ。
「これ、今年獲れた収穫物よ。見てこれ、念願のお米よ」
「餅米とは違うですか?」
「これは普通のお米よ」
「餅米は普通じゃないですか?」
「ええとね…… こっちはおむすびを作るお米なの。パンみたいに主食になる物なのよ」
「小麦みたいな物ですか?」
「説明するより実際料理した方が早いかしらね」
今ではガラスの棟の定番になっている餅米や醤油の新年度分が積まれた荷車が玄関に横付けされていた。振り子列車を使って運んできたようだ。人足がぺこりと頭を下げた。
言えば取りに行ったのに。
料理と言っても母さんは完成品を知ってるだけで、基本自分ではできない人なのでレシピをアンジェラさんに渡して、味見だけするのである。
エミリーやサエキさんも一緒に厨房に入っていった。
僕はヘモジたちと荷車の荷物下ろしである。
取り敢えず玄関先に下ろさせて、駄賃を支払い、引き上げて貰った。
誰も見ていないことを確認して『楽園』に放り込むと地下室に下りた。
そう言えば……
ついでに保管庫に入れっぱなしになっている精霊石を宝物庫の方に移すことにした。
僕は棚に鎮座している精霊石を手に取った。
かつて認識したときには『精霊石』としか判別しなかったが、今一度『認識』スキルを発動したら『光の精霊石』と出た。
「あう……」
予想外の展開だ。コンプリートならずである。
みんなになんて言おうか…… 隠すことではないんだが。
それにしても光の…… という割には輝きがなさ過ぎる。
僕はその場で『鉱石精製』を使って軽い気持ちで精製し始めた。
まず分解すると見事に四属性の石に分かれた。
それぞれを精製し直して不純物を取り除き、元に戻したら輝きは増したが、光の魔石(特大)にしかならなかった。
予想以上に不純物が多かった。
「ああっ!」
やってしまった……
煌々と輝きを増した石の前で、ヘモジとオクタヴィアが僕の顔を見上げた。
「失敗?」
オクタヴィアが聞いてきた。
「いや、成功だ。でも、失敗かな?」
「ナーナ」
「『明るくなった』だって」
僕の心は闇のなかだよ。こりゃ懺悔決定だな。よりによって母さんがいるときに。
荷下ろしを再開した。
前回の肉祭りのおかげで棚に結構空きができていた。
荷車一台分入れても余裕があった。
『ご苦労さん会』も後一回、週末にやる予定だから、もう少し空きができるだろう。
マリアさんも来る気らしいけど、多分その日はヴァレンティーナ様も姉さんも参加するはずだ。弄ばれなきゃいいけどね。
保管庫の最後の整頓はアンジェラさんが行なうので、僕は大体の位置に荷物を置くに留めた。
地上に戻ると窓から見慣れた顔が覗いていた。
「相変わらず鼻がいい」
ピノたちである。
「お土産」と言って、絞めてもいない鳥を渡された。
「おい、ピノ。これは?」
「さっき捕まえた」
「このまま持ってくるなよ」
「いいじゃん、すぐ料理するんだし」
するのかよ。
母さんは諸手を挙げて子供たちを歓迎した。
「あら、鶏肉持ってきてくれたの? ちょうどよかったわ。鳥のピラフにしましょうね」
子供たちの目は輝いた。
「ピラフって何?」
「ピラフって美味しい?」
尻尾を全開で振り回す。
ロメオ君も呼ぼう。精霊石の件もあるし。
僕はオクタヴィアとヘモジにお使いを頼んだ。
ロメオ君が我が家に到着すると同時にリオナも走って戻ってきた。
「どこ行ってたんだ?」
「秋祭りの打ち合わせ。爺ちゃんたちと」
「長老たちと?」
リオナは頷いた。
「忘れてなかったんだ」
「忘れてたのはエルリンだけなのです」
アイシャさんも書庫から下りてきたし、ロザリアも教会から戻ってきた。
「食事の前にちょっとみんなに謝ることがあるので、言わせてくれるかな?」
そう言って僕はテーブルに光の魔石(特大)を置いた。
「眩しい!」
「眩しいのです!」
皆が目を覆った。
「申し訳ない! 保管庫にあった精霊石を調べたら、光の属性だと分かったんだけど、輝きがなさ過ぎると思って精製したら…… こうなっちゃいました」
シーンと静まり返った。
「申し訳ない。みんなには相応の賠償をするので――」
「あんた器用なことするわね」
母さんが僕の言葉を遮って、光の魔石と不純物の石を取り上げて言った。
「なるほどね」
ああ、光の魔石の秘密が…… 母さんにばれた。さすが天才魔法使いその一。
「光の魔石を加えたら元に戻るんじゃないの?」
「戻してどうすんのさ? 買い取って貰えるわけじゃないんだよ?」
「教会は無理かしら?」
母さんがロザリアに向かって言った。
「無理です! 今教会はジリ貧ですから」
うちへの分割払いだけで結構負担になってるからね。西で儲けてるという話だけど。
「じゃあ、これどうするの? 折角光を放っているのに倉庫に仕舞っておくんじゃ勿体ないわよ?」
「うちの居間には光が強すぎるわね」
アンジェラさんが言った。
「うちの事務所にも大きすぎるよ」とロメオ君。
「今は吸収式の光の魔石が普及してるから、ただ放つだけの石に需要は余りないんだよね」
「領主館かギルドハウスのラウンジに飾ったら?」
ナガレが言った。
「飛空艇で使えないかな?」
「勿体ないよ……」
「肉祭りの照明に使えばいいのです!」
いい案は出なかった。
取り敢えず次の『ご苦労さん会』から巨大な照明として広場に置くことにした。町の酒場が開くまでの繋ぎにはなるだろう。
光の魔石は教会が絡むので、このまま戻さない方がいいだろうということになった。
僕が賠償する必要はないとみんな言ってくれた。
そして大皿に盛られたピラフがそれぞれのテーブル中央に置かれた。
バターの香りが食堂いっぱいに広がった。
粒々の穀物がバターを吸い込んで美味しそうにてかっている。そこに鶏肉、海老、チッポラ、カロータ、ペペローネ、ピリリと香辛料が混ざっている。
「いただきまーす!」
子供たちが一斉に頬張った。
僕たちは様子をじっと伺う。
すると子供たちはいつものように騒ぎ出す。
「美味しい!」
「優しい味!」
「これなら歯の悪いお年寄りでも食べられるよ!」
「海老の塩気がちょうどいいアクセントになってるわね」
ナガレの味覚もだいぶ人寄りになってきたな。
『美味しい』
『食べやすいです』
チョビもイチゴもいつの間にかテーブルの下にいた。
母さんがニヤリと笑った。
「次の料理はこれよ!」
テーブルに置かれたのは……
「石?」
真っ黒い球体が置かれた。
なんだこりゃ?




