エルーダ迷宮追撃中4
また時間間違えました。
中間地点の谷間はロザリアには気の毒だが、ドラゴンフライの巣窟になっていた。
余りに数が多いので僕たちは遠くから燃やすことにした。
魔法使いがあの羽音の群れのなかに突入するのは明らかに自殺行為である。
気流は谷間を此方から向こう側に流れていた。風上にいることになるので、通常なら地理的に不利な状況なのだが、今回は都合がいい。
気流に炎を流し込むのだ。
いつかやった風の魔法と火の魔法の合わせ技である。燃え盛る炎の渦を連想する。
でもロメオ君の杖が赤々と輝くと、谷間を吹き荒れる風が炎のブレスとなってドラゴンフライの群れ目掛けて襲いかかった。
「あれ?」
僕とアイシャさんの攻撃は必要なかった。
ロメオ君は自分の杖を上下に振った。思惑に沿わない杖に困惑している。
ヘモジが肩に載せてというので僕は身をかがめた。
オクタヴィアもリュックから出てきて、ふたり肩の上から燃え上がる景色を眺めた。
少しでも見晴らしのいい所から眺めようと僕の頭に手を置いて背伸びする。
「髭燃えそう」
炎を免れたドラゴンフライの一部が吹きすさぶ逆風にめげず、上空から此方に迫ってきていた。
もうお前らの魔石はいらないとばかりにアイシャさんが風を操り、木っ端微塵に切り刻んだ。
近付きながら息のあるドラゴンフライにとどめを刺していった。
巣窟の壁に横穴があった。
「気になる」
オクタヴィアが鼻をひくつかせた。
「気にしないのです」
リオナは素通りすることを宣言する。
みんな顔を見合わせて頷いた。
また変なクエストに巻き込まれたらかなわない。
それに時間的にギリギリだから。
どうせなら夕飯は家で食べたいものである。
僕たちは谷を抜けそのまま前進した。
すると雲間から日の光が差してきて、見晴らしのいい景色が広がった。
風だけは相変わらずビュービューと音を立てる。
「こりゃ、襲ってくれと言わんばかりのシチュエーションだな」
全員が溜め息をつく。
遙か彼方の裾野まで隠れる場所がどこにもないのだ。
次のポイントまで天候が気まぐれを起こさないとも限らない。
「行けるか……」
無言のうちに陣形を組んだ。
「ナーナ」
「行くのです」
先頭のふたりが走り始める。
僕たちは駆け抜けた。
どこまで行っても身を隠す場所がない。先は見えているのになかなか近付かない。
段々と天候が崩れてきた。
風の流れも激しさを増してくる。
明確な予兆が僕たちにプレッシャーを掛けてくる。
結局、僕たちは間に合わなかった。
裾野の先に見える森の手前でフェンリルの大軍に捕まった。
そして白い霧に包まれた。
やはりこうなるのか。罠だ。完全に嵌まってしまった。
またワイバーンでも襲ってこないかと期待したが、僕たちが通り抜けてきた尾根以外近場にワイバーンがダイブできる環境はなかった。
ロック鳥は現われたら怖いので遠慮願いたい。この開けた場所なら滑空して横から掬い上げることができる。横から突然転移してくるなんて可能性もあり得るのだ。
でも今は目の前でやる気になっているフェンリルの群れの掃討が先である。
僕は『魔弾』で応戦した。強風も関係なく『一撃必殺』が発動すれば仕留めることは可能だった。
一方、風と霧の影響をもろに受けるリオナの銃は乱射ぎみだ。
ロメオ君たち魔法使いの攻撃もフェンリルの動きに翻弄されていた。
僕が遠距離から仕留めていく。
襲いかかってくる相手に中距離から魔法と銃の乱射で牽制しつつ、手数で倒していく。
そして抜けてきた相手を結界間近でヘモジが迎え撃つ。
結界は機能しているので越えてくる者はいない。
キャインと犬のように泣き声が聞こえた。
どうやらアイシャさんの仕掛けた落とし穴に落ちたようだ。
敵の動きが一気に悪くなった。落とし穴を警戒し始めたのだ。
こちらの目論見は成功した。
素早さを失ったでかい狼はただの的だ。
攻勢に転じた。
順調に数を減らしていった。
けりが付きそうだと思ったその時だ。巨大な塊が目の前に突っ込んできた。
何もかも根こそぎ押し倒し、巨大な爪が掛かる獲物を切り裂いた。
完全に隙を突かれた。
勿論予測はしていた。頭の端で警戒もしていた。
だが、その突進力は予想を超えていた。
完全に想像の上をいかれたのだ。
圧倒的な質量が容赦なく襲いかかる。
さらに転移してくるか?
結界を越えてくるのか?
奴の目にこちらの結界は見えているのか?
防御とサポートに専念していたロザリアが動いた。
「結界をぶつけます!」
ロザリアは僕の結界の外側にはみ出すように聖結界を広げた。
考えが読めなかった。
でもロザリアには勝機が見えていることだけは分かる。
ロック鳥は聖結界を勢いのまま突き破った。
気をよくした奴はそのまま先頭で身構えるヘモジに突っ込んできた。そして無警戒のまま僕の結界に正面からぶち当たった。
そういうことか。
ロザリアの策が嵌まった!
ロック鳥にこちらの防御手段が消えたと思わせたのだ。
慢心した巨体が壁に直撃した。
首がよじれるほど無警戒だった。
「ナァアアア!」
脳天にミョルニルが振り下ろされた。
骨の砕ける鈍い音がした。
「やったか?」
ロック鳥は沈んだ。
ロック鳥の足に捕まっていたフェンリルが下敷きになってもがいている。
抜け出される前に仕留めようとリオナが回り込んだ。
ロック鳥の亡骸を越えて、フェンリルが襲いかかった。
ロック鳥の転移能力が作用したのか、僕の結界が奴の亡骸の上空には展開できなかった。
引けばリオナが結界の外に出てしまう。
押せばフェンリルが結界のなかに入って来る。
動けない!
他のフェンリルも結界に掛かっている。
軸線上には陥没したロック鳥の頭が転がっている。
誰か。狙えないのか!
アイシャさんが後ろに下がるのが見えた。アイシャさんも狙えないのだ。
ロメオ君は? 別のフェンリルを見ていた。
ヘモジは嬉しそうにこちらに向かってくる。
ロザリアもナガレも別のフェンリルと戦うべく走り出している。
「リオナ上だ!」
僕は全力の『魔弾』を装填した。ロック鳥ごとフェンリルを消し去ってやる!
「逃げろ、リオナ!」
首が飛んだ。
空高く巨大なフェンリルの頭が。
くるくる回った。
ゴン、とロック鳥の亡骸の上に落ちて、坂を転がり落ちた。
何が起こった?
誰がやった?
アイシャさんが間に合ったのか?
「『双刃旋風・『輪舞』』なのです」
リオナがすっくと立ち上がった。
そして万能薬を飲み干した。
そうだった。こいつにも必殺技があったんだ。
他のみんなもフェンリルを倒し終わったようだ。
それにしても……
結界に干渉してくるとは…… 転移と相性が悪いのか?
考え込んでいるとアイシャさんが言った。
「周囲の魔素をすべて持って行かれたんじゃ。より大きな消費がいる転移の方が魔素の消費は大きいからの」
ラヴァルにし掛けたとき、僕がしたことと同じことが偶然起きたのか。
「要は気合いが足りなかったということじゃ」
アイシャさんは笑った。
結界はその性格上、魔力消費は小さくできている。少ない程いい結界だと言える。
だが今回のような魔素の奪い合いになると圧倒的に不利だと分かった。大概の魔法で負けることはないだろうが、さすがに転移クラスの消費となると影響が出ると言うことか。
勇者たちのいた世界には魔素がなかった。故に魔法も存在しなかった。そう言うことだろ。
リオナが放った一撃が内なる魔力ではなく、周囲の魔力を消費するものなら影響が出たのかも知れない。
リオナの魔力付与の底上げをしておいてよかった。
大勢を整え、魔石を回収する。
「大だ……」
ロック鳥の石が特大じゃなかった。
「さすがに転移は魔力消費が大きいようじゃな。二回転移しただけでランクが落ちるとはな」
「やっぱり二回目の転移は阻止するのです!」
「なんてこった。くたびれ損ってのはこのことだな」
「くたびれたですか?」
誰のせいだ。
晴れ渡る空の下、中腹まで再び登るとおやつの時間になった。
そして順調に僕たちはゴールに辿り着いた。
「やったのです。出口なのです」
「……」
みんな無言だった。
「ナ?」
「なんで?」
ヘモジもオクタヴィアも首を傾げた。
「ガルーダは?」




