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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第十二章 星月夜に流れ星
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エルーダ迷宮征服中(星月夜に流れ星)60

 夕食はレストランの新メニュー開発で出た試食品処理である。

 試食品と言っても今では国中に名を馳せる『アシャン家の食卓』の新作メニューの数々である。

 僕たちには充分過ぎる料理だった。

 お礼にとは言わないが、忌憚のない意見を述べて商品開発の足しにして貰うのである。

 アンジェラさんもこのときばかりは給仕をエミリーに任せて、メモを携えてこちらを窺っている。

 今回のキーワードは『燻製』である。

 アンジェラさんお手製のベーコンもこの町に来た頃に比べると数段進歩していた。

 香辛料や塩をとことん吟味して高級な一品に仕上がっていた。肉自体は手頃な物だが、充分満足できる味だった。

 カリッと焼いて卵と挟んでベーコンエッグサンドにして食べるのが僕のスタンダードである。

 個人的にはやはりチーズの燻製が絶品だった。それにボリュームのある腸詰めを数本添えて貰えるとそれだけで満足である。

 子供たちは専らイフリートの燻製肉を頬張る。

 パンに挟んでもそのまま食べても最高だ。ドラゴンの肉より明らかに減りが早い。

 イフリートか…… そうそう獲りに行けないのが難点だ。

 親父や後からやって来たゼンキチ爺さんは長老たちと東屋で宴を始めた。

 酒の肴はチーズと海産物の燻製だ。アローフィッシュの燻製も丸々一尾持って行った。

「ホタテは焼くに限る」

 オクタヴィアの口には燻製は合わなかったようで、いつも通りの調理法で満足していた。

 ヘモジは野菜スティックをコリコリかじりながらお手製のジュースをがぶ飲みして幸せそうにしている。

 ここでサプライズの一品が登場する。

 カーラ嬢とお母上がお礼にとザナージ家特製ミートパイを作ってくれたのだ。これには全員が飛びついた。

 エルーダの食堂が出す小洒落たミートパイじゃなく、パイ皿に載ったボリューム満点の大きなパイだ。

 普段食堂に顔を出さないチョビとイチゴもこのときばかりは匂いを嗅ぎ付けてやって来た。『ご主人、チョビも所望します!』と声高に叫んだ。

 わざわざ小さくなっての登場である。

 ナガレが小皿に分けて貰ったミートパイをふたりの前に置くと、顔を突っ込んで鋏で掻き込んだ。

『美味しい……』

 さすがにこれにはカーラ嬢たちも引いた。チョビたちの勇姿を見たことがないから、折角の料理をペットにまで食わせるのかと不愉快に思われたに違いない。

「ちょっとあんたたち! まずはお礼を言いなさい! 作ってくださった方に失礼でしょ!」

 ナガレが言った。

 すっかり汚れた顔をもたげるとチョビとイチゴはカーラ嬢とお母上にお礼を言った。

 ふたりは驚いてトレーを落とした。

「この家は変わってるからな」

 ピノもソースをべったり口に付けながら言った。

 ミロ少年はクスクス笑った。

 どうやら中庭を散歩していた彼は既にふたりと面識があるらしい。

 トビアたちも海岸で一緒に遊んでいたから知っている。

 とどめのミートパイで満腹になった子供たちはみんな腹を出して居間の床に転がった。


 その日の夜は東屋の喧噪を余所に静かに過ぎた。少し雨がちらついたが、翌朝には晴れ間が広がっていた。

 ロメオ君の計らいで開場前の展示会に入らせて貰えることになったので、僕たちはロメオ君の後に続いて自宅側の入口からなかに入った。

「うわーっ。これが冒険者ギルドかぁ」

 ミロ少年は冒険者ギルドのなかを見るのも初めてだった。屈強な者たちの巣窟は彼には縁遠い場所だった。

 ワカバが息を切らせてやって来た。

「ギリギリセーフやな」

 充分遅刻である。一時間前に知らせてやったのに何をしてたんだか。

 展示ブースに入って早々、全員が一斉に固まった。

 ミロ少年もお母上も表情から笑みが消えた。

 来たばかりのワカバは汗を拭うことも忘れて口をポカンと開けて立ち尽くした。

 それは巨大なイフリートの角が入った巨大なショーケースだった。

 その横には『魔物図鑑』から写したイラストと蘊蓄が描かれた立て看板が設置されていた。

 イラストと目の前にある実物の角を見比べて全体像を把握すると、ますます愕然とするのであった。

 ピノたちはドラゴンを何度も見ているのでその限りではないのだが「すげー、すげー」を連発していた。

「皆さん、ほんとにこれを?」

 お母上がリオナに尋ねた。

「あっちの方が大物なのです」

 クラーケンの足の断面の直径を表わした目印の解説をしている看板を指差した。

 看板の上の天井には一メルテごとに尺度が入ったお手製のメジャーが貼り付けてあった。そのメジャーが事務所の端から端まで伸びている。

「ええっ?」

 お母上が気の抜けたおかしな声を上げた。

「これ……本当なの?」

 カーラ嬢も茫然自失である。

「足一本がサンドワームなのです」

 リオナは自慢げだ。

「それが八本と胴体が付いて一匹分のクラーケンよ」

 ナガレは気にせず隣りのブースに向かった。

 ナガレの後に付いていくと厳重に管理されたブースが見えてきた。

「通路の線からはみ出さないように。レジーナさんのトラップが仕掛けてあるから」

 ロメオ君の注意にはしゃいでいたピノたちが足を止めた。

 それを見たトビアたちは首を傾げる。

「気を付けろ! 兄ちゃんの姉ちゃんは凄い魔女なんだ。姉ちゃんの仕掛けた罠なら、はみ出したらきっと死ぬ!」

 トビアたちはビクリとなった。

「さすがに死にはしないけどね……」

 ロメオ君が顔を引きつらせた。

「軽い麻痺が入るんだ。あ、でもショーケースに触れると気絶するかな」

 ピノたちは動けなくなった。

「普通にしてりゃいいんだよ」

 僕が先頭に立った。するとみんな恐る恐る動き出した。

 普段はタメ口聞いてるくせにこんなときだけビビるなよ。

「うわあっ!」

 子供たちが感嘆の声を上げた。

 精霊石の収まったショーケースの周りを一斉に取り囲んだ。

「はぁ…… すげー」

「きれい……」

 ライトアップの演出が効いていた。屈折した光の反射で輝きが何倍にも増していた。

「これが、精霊石……」

 溶岩のように赤く揺らめいていた。

「あっちにもあるよ!」

「あっちは水の精霊石だよ」

 あちらは海中にいるかのように涼しげだ。

 他にお客がいないことをいいことに、子供たちは二つの精霊石の間を行ったり来たりした。

「兄ちゃんたちはやっぱすげーなぁ」

 ショーケースを見上げる瞳はどれも精霊石に負けず劣らず輝いていた。


 通路の先に今度は大きな金属の塊が現われた。

「うわっ! 固そー」

 ミロ少年とトビアが鉄の塊を見上げた。

 入口から入ってないから、閲覧の順路が逆になったようだ。精霊石を見た後だから感動が薄れるかと思ったらそうでもなかった。

 子供たちは鉄や銅、銀やミスリルなどの塊を見て目を輝かせていた。

「兄ちゃんとリオナの武器の素材はないの?」

「アダマンタイトは希少なのです」

「おーい、そろそろ店開けるぞ。開館時間だ」

 親父さんが出てきた。ロメオ君の家族や従業員も出てきた。

「もう終わりか」

「残念やな」

 子供たちが残念がった。

「そのうち下火になるから、そのときまた来ればいいさ」

 ロメオ君の親父に子供たちは頭を撫でられながら裏口に追いやられた。

 さすがにアイアンクローはなしか。

 僕たちはロメオ君ちの母屋の方にお呼ばれして、お母さんの入れてくれたお茶を飲みながら来場者の長い列を眺めた。

「今日もこんなにいる」

「売れた予約券の枚数からすると明日ぐらいまで続きそうね」

 腕組みをしてロメオ君のお母さんが言った。


 が、この予想は大きく外れることになる。

 口伝えに評判が広がり、最終日までこの列は続くことになる。その最終日も一週間後の予定が、延びに延びて一ヶ月間後になっていた。

 親父さんたちの望みはギルド本部に届き、ワカバたちの住むマルサラ村に来年早々、出張所ができることになる。


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