エルーダ迷宮征服中(イフリート再び)46
「ここで騙されたんだよな」
僕は洞窟を入った所で周囲を見回した。
溶岩も蒸気も吹き上がっていないし、明かり代わりに赤く燃える壁もない。
突然現れた目に優しい環境であるから、なおさら涼しく感じてしまったのだろう。
でもそれは他が暑過ぎたからであって、実際さほど冷えていたわけではなかったようである。
地面に垂らした水筒の水が沸騰する間もなく消えた。
ここから段々暑くなって元の温度に戻っていくように感じたのは錯覚だったのだ。まさか他のパーティーが近づけなくなる程高温になっていたなんて思ってもみなかった。
洞窟はどんどん深度を増していき、岩で足を取られることが多くなった。
赤い溶岩が見え始めるといよいよ人工の通路が姿を現わす。
壁に火が灯っている。
四角い通路を進むとやがて終わりが見えてきた。
「到着です」
目の前に天井高の広い空間が現れた。
華美な装飾に囲まれた床の中央に燃え盛る炎が。
「あれか?」
僕は頷いた。
「『過ぎ去りし輪を数えよ。カークスの先に荒れ狂う炎あり。我が炎を以て治めよ』」
姉さんが聖火台に近づき刻まれた言葉を読み上げた。
僕は石膏でできた地図まで案内すると段取りを説明した。
地図上の現在位置を示す『我が炎』の目印の飾りを引き抜き、イフリートがいる場所を示す『荒れ狂う炎』の目印と重ね合わせる。そして力一杯押し込むと地図上の輪っかが光るのでその数を数えて、同じ数のタイルを床の幾何学模様から探し出す。そこにランタンが隠されているので回収して、聖火台にかざして火を灯せば『ウェスタのランタン』の完成である。
僕はひとりゆっくりと遠ざかった。
姉さんが代わりに結界を展開させていくが、どうやら無理なようだ。杖を貸してやりたいがそうなれば今度は僕が困る。
後はアクセサリーで下駄を履かせるだけだが……
姉さんはこの時のために用意した魔力強化に特化したアクセサリーを身に着けた。
そして万能薬を飲み干し、ふっと息を整え詠唱を再開した。
僕を見て頷いた。
どうやら耐えられる状況になったようだ。
僕はゆっくりと聖堂から出て行き、外で待機した。
これだけ距離が離れていれば問題ないという話だが、今はそんなことどうでもいい。
それより心配でならない。一瞬でも姉さんが根負けしたら全員消し炭になってしまう。
僕は聖堂の温度が少しでも下がるように外から冷気を送り続けた。
しばらく全員が石膏でできた地図の前で右往左往していたが、すぐに床に散らばり、タイルを探し始めた。エンリエッタさんが発見したようだ。
ランタンを回収すると移動して全員が聖火台の陰に消えた。
「もういいわよ!」
ルチア嬢の声がした。
僕は聖堂に飛び込み、姉さんに駆け寄ると、代わって結界を展開させた。
よろめく姉さんを空いた手で支えた。
姉さんは今にも倒れそうだった。魔力の枯渇ではなく完全に熱で参っていた。
みんなも玉のような汗を掻いていた。
全員が万能薬を口に含んだ。
「まさか、これ程とはな……」
息も絶え絶えになった姉さんが呟いた。
エンリエッタさんの手には間違いなく本物の『ウェスタのランタン』があった。
「出るとしよう」
ヴァレンティーナ様の号令の下、僕たちは出口に向かった。
しばらく結界内を冷気多めにしておいた。
地上に出た所で休憩を挟んだ。
姉さんたちが持ち込んだパラソルを起動させた。
僕が給仕する番だったからか、僕も肩の荷を降ろせということなのかは聞かなかったが、姉さんが手伝いという名の邪魔をしに来たことだけは確かだ。
「それにしてもどうなっているんだ、お前の杖は?」
「作ったのは姉さんだろ?」
姉さんはぐうの音も出なかった。弟に助けられたことが余程悔しかったらしい。
「どういう進化のさせ方をすればそうなるんだ!」
姉さん、もうお湯沸いたんじゃないか?
「言い方変えただけだろ!」
「クッキー貰える?」
ルチア嬢が皿を出して催促した。
「はい、ただいま」
僕はクッキー缶の蓋を開けて、中身を皿に流し込んだ。
「確かにその杖は普通じゃないわね。お湯はまだかしら?」
ヴァレンティーナ様の言葉にエンリエッタさんが腰を上げようとしたので僕が制止した。代わりに目の前にお湯の入ったポットを置いた。
すいません、師団長。姉が役に立たないので、お願いします。
「わたしの自慢のアクセサリー五個分だぞ」
「いくらしたの?」
「お前の家が買える」
うはっ…… そりゃ凹むわ……
「僕の杖は本来、本体に刻まなければ発動しない術式を刻まずにその場で自由に構築して作動させることができる、そういう性質を持った杖みたいなんですよね。最近ようやくそれが分かってきたんですよ。最初はなんなんだこれはって思ってたんですけど」
「エルネストらしいな」
サリーさんが言った。
「僕らしい?」
「だってそうだろ? 本来、トレントで作られた武器というのは使い手の好みに応じてその姿を変えていくものなのだろ? なのにお前の杖はその変化を放棄して、術式を構築することで用を成すことを選んだ。とんだ怠け者じゃないか」
「誰が怠け者ですか!」
「なるほど……」
「エンリエッタさんまで納得しないでください!」
「差し詰め…… 怠け者の杖と言ったところか」
ヴァレンティーナ様まで。
「一度に五個も六個も術式を展開する杖のどこが怠け者なんですか!」
全員が僕の顔を見て黙り込む。
「確かにその馬鹿げた術式を展開する能力には感嘆するしかないな」
「なんでかしらね?」
姉さんとヴァレンティーナ様が顔を見合わせる。
「頑張ってるのは分かるんだが」
「あれですね、周囲からはそう見えないタイプ」
サリーさんにルチア嬢まで。
「その杖を他の者が使うことはできないのですか? 例えばレジーナ様が」
エンリエッタさんが話の矛先を変えてくれた。
「さすがに同時に五個も六個もとなるとな」
姉さんはテーブルの角に置かれた僕の杖を握り、手に魔力を込めた。が、幾つかの輪は動作しなかった。
「それにこうしてわたしが使っていたら、その内この杖はわたし色に染まってしまうだろ? この杖である意味がなくなってしまう」
「なるほど、オーダーメイドどころではないわね。確かリオナも持ってるのよね? 短剣だとどんな感じなのかしら?」
「解体用に使ってますよ。よく切れるんで」
「肉を食べたいという煩悩を力に変えているのか。リオナらしいな」
姉さんが冗談を言った。
みんな笑ったが「理にかなってる」とエンリエッタさんだけ真顔で頷いた。
目の前には橋の架かった渓谷が見えていた。
カークスの巡回が往来しているのが見える。
素直に橋を渡るとカークスたちの警備網のど真ん中を行くことになるが、姉さんたちはどうする気なんだろうか?
「気になるようだな?」
「目と鼻の先だからね」
「魔石(大)にはならないのよね?」
ルチア嬢が首を突っ込んできた。
「情報じゃ、このフロアーは結構、火の魔石(大)が出るという話だったんだけど、火蟻や火蜥蜴ばかりで。情報間違ってるんじゃないかと思うんですよね」
「それは恐らく鉱石掘りのことだろう?」
サリーさんが言った。
「は?」
「迷宮の洞窟のなかには掘れる場所があるんだ、たまにな」
「『鉱石採取』!」
「そうだ。主にドワーフが鉱石探しをするときに使うスキルだ」
「そういうことか! 洞窟のなかに大して敵もいないのになんで入口で狩りをしてるのか分からなかったけど、採掘ポイントがあったんだ!」
「専用のスキルがなきゃ、気付きもしないがな」
「あれ? それじゃ、このフロアーは狩りに向いてないってこと?」
「火蟻も火蜥蜴も群れで出てくるんだから、一網打尽にできる能力があればそれなりに稼げるんじゃないか?」
サリーさんが言った。
「精霊石を回収しておいて、何を言ってるんだ、お前は」
「そろそろ、その精霊石を出す親玉を倒しに行きましょうか?」
お肉が目的だけどね。
「正面突破?」
「まさか、巨人の相手は結構よ。ゲートで裏道から行きましょう」




