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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第十二章 星月夜に流れ星
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北方事変(新しい朝)17

 魔物が徘徊する世界において、戦力なきところに国家は存在しない。

 交渉はファーレーンの圧倒的な劣勢の下始まった。

 かき集めても百人にも満たない護衛しかいないファーレーン側にそもそも決定権があったのかどうか、怪しいところである。

 交渉は実質、冒険者ギルドとの打ち合わせでしかなかった。

 そのためのギルド本部からの指示書をデメトリオ殿下とロッジ卿が持ち込んできているのだから話にならない。

 せめて王家の血筋がひとりでも生きていれば別の話もできたのかも知れないが。

 冒険者ギルドの立ち位置は守護者のいる土地での活動と、未開の地の開拓とで大きく異なってくる。今回はその変化に巻き込まれた格好で、ギルド側にとっても不本意な事態と言わざるを得なかった。

 早急な修復か望まれるなか、バーターがあったかは兎も角、真っ先に行動に移したのがダンディー親父なわけである。本人は今頃、置いていかれた腹いせに書類の山でも築いていることだろう。


 巨大な組織力を持つ冒険者ギルドが国境を越えて、遍く存在を許されている理由は政治に関わらないという合意がなされているからである。あくまで依頼がすべて。報酬なき活動を統治者が望んでも動くことはなく、同様にギルド側から政府に働きかけることもない。人同士の付き合いなので、多少の蜜月はあるかも知れないが、それでも相互不可侵の不文律が互いの存在を許してきたのである。


 ギルドの選択肢はいくつかある。まず、金の切れ目は縁の切れ目と、さっさと見捨てることである。だが、その選択肢は有り得ない。簡単な選択肢であるが、そんな非人道的なことをしては冒険者の支持が得られなくなってしまうからだ。結果的にギルドは大きな信用を組織の内外で失うことになるだろう。

 では緩やかな解体となればどうか?

 このままズルズルと惰性でファーレーンに付き合うとなるとこれもまた困った事態になる。

 冒険者ギルドが軍隊の代わりをすることになってしまうからだ。

 これはファーレーンに関する国家間の利害関係にさらされるということだけでなく、世界中にある冒険者ギルドの中立性を損なう結果となるのである。

 答えは出ている。このままファーレーンの残党とお付き合いはできないということだ。

 矛盾をはらみつつ如何にして、袂を分かつか…… それが問題だ。

 もう一つの選択肢はファーレーンを廃し、独力でこのキャンプを維持することだ。

 仮にそうなるとギルドは寄らば大樹がなくなり、独力でこの地を治めなければならない。それは政治力を伴うと共に、あらゆるコストを自前で負担するということに他ならない。当然、対立も生まれる。ギルドが先兵となり、前線を切り開くことはない話ではない。

 この地を攻略する意味があればそれでも構わないのだ。が、そこにどんなメリットがあるのか。

 立地も悪い。一番近いラーダの港から水上でも片道一週間だ。物資搬送の運用コストは誰が持つ? 未開の地の警備は誰がする?

 やはり、政治的に切り離された場所で、中立を保っている方が座りがいいということになる。


 今回、この地を維持するのか、放棄するのか。まずそこから話し合われた。

 結論から言うと取り敢えず放棄する方向で決着が付いた。

 ファーレーンの本島がこれからどうなるのか、一部でも残るのかどうかで、この土地の利用価値も変わってくるが、一般市民のいるべき場所でないことははっきりしている。

 当初の計画では各町から集めた戦力を活用し一気に森に進攻、砦を築いて内側に生活圏を形成する手筈になっていたらしいが、実際は賛同者が足りないおかげで出たとこ勝負になっていた。

 取り敢えず、距離的にも広さ的にも、ファーレーン側から見るとちょうどよく、こちら側から見るといささか不便で利用価値のないガウディーノ殿下の不良物件が移住先に充てられることになった。

『海猫亭』のあるシルバーアイランドから小舟で行き来できる群島の一つだったらしい。地図を開いてリオナが教えてくれた。

 シルバーアイランドは『銀花の紋章団』が金で買い取ったプライベートな島だが、帰属は確かファーレーンになっていたはずだ。ヴァレンティーナ様に抜かりはないと思うが、一度確認した方がいいだろう。

 ガウディーノ殿下の不良物件は地図上ではアールハイトのすぐ隣にあるが、高い尾根が邪魔をしてシルバーアイランド同様、直接行くことはできなかった。勿論、ゲートや飛空艇を使えば別だが、水上航路的にはラーダ王国経由の離れ小島になっている。

 こんなことになるなら、ガウディーノ殿下から飛空艇一隻と交換で手に入れておけばよかったと悔やんだ。

 とにかく、寂れちゃいるが大きな船が接岸できる水深のある不凍港があり、これだけの人を受け入れられる場所はそうそうないらしい。

 トゥーストゥルクからも一日掛からずに行き来ができるし、僕たちも『海猫亭』からなら訪れ易い。


 話し合いは翌朝には決着が付いていた。

 朝起きると砂浜に立て看板が設置されていた。

 不良物件の島の名は『ファーレーン新島』と改名され、『アールハイト王国ファーレーン自治区』となることが決定した。領主は人望もあり、今回の功労者でもあるサンセベロの領主が勤めることになり、ほぼ全ての自治が認められることになった。

 ただし、二つの王国の長年の対立軸であった奴隷制度の撤廃が即日発布された。

 避難民たちは安堵を通り過ぎて、驚きで言葉を失った。

 ファーレーン側がこの件で抵抗することはなかったと言う。

 サンセベロの領主自身、寛容な人物であったし、何より領民となる、獣人と人族の人口比率は今回の一件で逆転するのである。

 一大勢力になり得たドワーフたちは数に含まれない。彼らがファーレーンから出て行くことは決定事項である。本来の存在意義を見つけるため、彼らもまた新たな獲物を探して、巨大な鉄の船で旅立つのである。


 目覚めたら、世界が変わっていた。

 夜のうちに薄ら雪が積もったのだろう。

「寒い……」

 外に出ると様相はガラリと変わっていた。

 大勢の人たちが白い息を吐きながら太陽の下で楽しそうに屯していた。

 既に宴は始まっていて、リオナが陣頭指揮を執って、肉祭りが行なわれていたのである。

「エルリン! 肉が足りないのです!」

 リオナのこれ以上ない笑顔を前に、僕は目覚めて早々まだ夢のなかにいるのかと錯覚を覚えた。

「やったぞ! エルリン! 新たな時代の幕明けだ!」

 ソーヤがへべれけに酔って抱きついてきた。誰がエルリンだよ!

 話が早くまとまったせいで、早速、補給物資の一部が開放されたらしい。

 しばらく逗留しなければならない一団のために商船から下ろされた物だ。持ち帰ってもお金にならないので、下ろせるだけ下ろして、雇い主に請求しようという腹である。

 おかげで、残され組は食い放題、飲み放題というわけである。

 僕としては香辛料があることが何より有り難い。

 これならうまい肉を好きなだけ食えるぞ。

 チョビとイチゴが幼い子供たちを背に乗せて砂浜を散歩している。

 突然解放されて戸惑う者たちもいたが、希望を目の当たりにすると自然と肩の力が抜けていった。

 それはいつもと変わらぬ、ピノたち、クルーの天真爛漫な姿だった。


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