北方事変(うまくいかない肉祭り)16
リオナが石のプレートから誰も手を付けない焼けた肉を口に運んだ。
「味が付いてない」
「塩しかないんだ。早かったな」
「ダンディー親父にせかされたです」
「え?」
「いっしょに来たのか?」
「置いてくるのが大変だったです。おかげで遅れたです」
ロメオ君が笑った。
周りがざわめき始めた。
空の彼方に幾つもの未確認飛行物体が現れたからだ。その数はざっと十隻。
「なんだありゃ?」
「空を飛んでるのか?」
王族の二隻の船を中心に、ヴァレンティーナ様の船、うちの船、うちの実家からの船が一隻。その他諸公の船と商会の民間船だ。
「どこの国だ?」
「ありゃ、飛空艇って奴じゃねーのか?」
「そういや、うちのかかあが旅先で見たって言ってたぜ。ありゃアールハイト王国だ」
さすが上級冒険者、知っていたか。
「攻めて来やがったのか?」
肉祭りどころではなくなった。
全員が立ち上がり、近づいてくる船団を見るために海の向こうを見上げた。
「それで、代わりに誰が来たんだ?」
「デメトリオ殿下とロッジ卿なのです」
鉄板だな。殿下は自主謹慎を解かれたのかな?
「飛空艇、出してよかったのか? 機密扱いだったろ?」
「滅びた国に遠慮は無用なのです。それより生き残った人たちをどうするかなのです」
「もはや国家の体をなしていないと判断されたかな?」
「お前たち、アールハイトの人間か!」
貴族がいきり立ち、私兵を僕たちにけしかけようとした。
「やめるのです! たった一人の愚行でこのキャンプ地が滅びるです」
「その通りですよ。ここは大人しく交渉の席に着くべきですね」
ジョンが現れた。
「貴様もグルか?」
「あなたよりはあの国を知ってるというだけです」
「攻撃する気ならとっくにやってる」
僕が言った。
「ふざけるな! あんな距離から何ができる!」
「ピノ、聞こえるか? これを撃て」
僕はスライスした石の皿を船に向けて掲げた。
パーン! 破裂音と共に僕が持っていた石の皿が砕け散った。
貴族は黙り込んだ。いつ頭を射貫かれていてもおかしくなかったと身に染みたようだ。
「あんたたちが密偵とはねぇ」
ソーヤが言った。
「違うのです! エルリンたちはエレメンタルゴーレムを狩りに来て、巻き込まれただけなのです!」
リオナが言い返した。
「それで、ファーレーンの本土は見てきたのか? 国同士の交渉ならこんな所に来てもしょうがないだろ?」
僕は言った。
「ファーレーンの王族の船も首都の様子も見てきたのです。みんな氷漬けになってたのです」
「嘘だ! 嘘を言うなッ!」
「嘘をついても仕方ないのです! 残ってる大地は地図を見る限りでは三分の一もなかったのです。たった数日でこんなことが起こるなんて悲劇なのです!」
「生き延びた人たちはいたか?」
「たくさんいるのです。みんな東に逃げていたのです。すれ違った大きなドワーフの船が到着すれば救助は間に合うと判断したです」
「となると、助かったのはここにいる避難民とほぼ同程度と言うことか……」
「ラーダ王国から物資を輸送する船団が出たはずなのです」
「確かに交渉が必要だな……」
冒険者のひとりが言った。
「我々が国家の存続を主張したところで、もはやどの国も認めてはくれんだろう。むしろ、この程度の組織、山賊、海賊扱いされて、潰されるのが関の山だ」
「冒険者ギルドも手を引かざるを得ないだろうな」
「そうなら俺たちだって」
残されるのは金も力もない連中だ。こんな場所にだ。
突然、岸辺から叫び声がした。
何ごとかと皆身構えると、巨大な甲羅が現れた。
鋏がでんと砂浜に打ち付けられた。
『大漁、大漁』
「こら、ふたりともそこで止まらないで! もっと前に行きなさいよ。網がまだ水没してるでしょ」
ナガレとチョビとイチゴが水中から出てきた。この寒い海で何を獲ってきたんだ?
「ホタテ、ホタテ!」
皆がどん引きするなか、オクタヴィアがチョビとイチゴが引いてきた網のなかを物色する。
見上げる程巨大な蟹が大量の獲物でパンパンになった網をふたり掛かりで引き上げてきた。
『ご主人、キープです。蛸を所望します。その前に小さくしてください。吸盤痛いので絞めちゃってください』
蛸を丸々一匹ずつ絞めてから、チョビとイチゴに進呈した。ふたりの頭の上には宝冠が相変わらず固定されていた。
「食材がまた増えたね」
「どんどん焼くぞ」
「さっきのはなんだったんだ?」
「あの巨大な蟹は?」
周りにいた者たちはもう何が何やら、すっかりパニクっていた。
飛空艇の次は巨大な蟹の上陸だ。
「あのふたりの召喚獣だから」
ナガレが説明した。
「召喚獣?」
誰もが驚きを禁じ得なかった。
魚を焼くために新たに食材を焼くかまどを増やした。
蟹がせわしなく動き回った。
そうこうしているうちに船団が近付いてきて、岸の手前の空に停泊した。
向こうは向こうで勝手にやって貰いましょ。
「さあ、お祭り再開だ。みんな遠慮なく食べて」
さすがに大人たちは皆手控えた。自分たちの明日をも知れない運命を前に騒ぐ気になれない様子だった。
子供たちもそれでも好奇心と食欲が勝っていた。
「兄ちゃん、出前よろしく」
バスケットを背負ってフライングボードで地上に降りてきたのはピノだった。持ち前の明るさで、あっという間にトビアたちと打ち解けた。
船にはアイシャさんもロザリアも残っているらしいが降りてくる様子はなかった。
アイシャさんは相変わらず執筆中だし、ロザリアは教会関係者として会談にけりが付くまで表だった行動は控えるらしい。
「兄ちゃん、肉」
「このパンうまいぞ」
「じゃあ、それも」
「ナーナ」
「やあ、ヘモジ、久しぶり」
「ナーナ」
バスケットに放り込めるだけ放り込むと、ピノはそれを背負って戻っていった。
チョビとイチゴはナガレと一緒に砂浜で戯れ、気付いたときには遊び疲れて、部屋のコタツのなかで転がっていた。
リオナは言った。
「交渉が終わるまで、お祭りは中断なのです」




