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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第十二章 星月夜に流れ星
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北方事変(密談)7

 ゴリアテと違って深部までどこまでも落ちるようなことはなかった。

 深さはゴリアテの半分程で、それでも充分深いのだが、螺旋を描くような外周部は存在しなかった。ひたすら横へ横へと伸びていた。

 レールの勾配が思いの外なだらかで安心したのだが、いつになっても目的地に着かないから今度は心配になった。

 レールは僕たちが乗り込んだ荷物置き場を起点に四方八方に伸びていた。

 僕たちは『二番』とプレートに記された坑道に落ちるトロッコに乗り込んだ。確かゴリアテも同じ五両編成だった。

 トロッコは暗闇をゆっくり加速していった。何度も荷物置き場の踊り場を通り過ぎ、減速と加速を繰り返しながら、何度も何度も坂を下った。

 オクタヴィアもヘモジも大喜びでトロッコのなかで跳ね回った。

「速い、速い!」

「ナーナ、ナーナ!」

 ロメオ君だけは血の気が引いて青ざめていた。酔ったものと思われる。

 荷物置き場に差し掛かる度に光の魔石に照らされた。

「こら、大人しくせんか! そこにいたら落ちるぞ。目的地は次だ」

 遠くに次の踊り場が見えた。

 しゃがみ込んでいるロメオ君の頭を経由して、オクタヴィアはトロッコの縁に登っていた。

 ドワーフはトロッコに付いているブレーキを掛けた。

「うにゃぁああ!」

 オクタヴィアは前のめりになって落ちかけた。落ちたら間違いなくトロッコに引かれる。

「ナーッ!」

 ヘモジが必死に両手で二本の尻尾を引っ張る。

 途端にレールから火花が散って坑道は真っ赤に染まった。そして荷物置き場の踊り場に見事に停車した。

 反動で猫とヘモジが後方に飛ばされた。

「ぐえっ」

 ロメオ君に体当たりをかました。

「どうだ、いい腕だろ?」

 ドワーフは太い腕に力こぶを作って自慢した。

 その後ろで三人が伸びていた。

 側で待機していた若い連中にトロッコを預けて、導かれるまま奥に進んだ。

 ロメオ君は万能薬を舐めた。

 休憩所でここの棟梁が来るのを待つことになった。いつ来るかは分からないらしい。だが、既に連絡は行っているようだ。

「ここどこ?」

 オクタヴィアが言った。

「隣町のサンセベロの地下だ」

 棟梁はここの最下層にいるらしい。

「サンセベロ? 港町の? ポータルを利用した方が早かったんじゃないの?」

 ロメオ君が言った。

 資料の地図を見た。ロレダン村からサンセベロ港までは結構な距離があった。スプレコーンから空中庭園ぐらい離れていた。

「この国は亜人に厳しいからな。お互い嫌な思いはしないに限る。こちらが干渉しない代わりに向こうもこちらを干渉しないというのがここの暗黙のルールだ。わしは大嫌いな発想なんだがな。先祖の取り決めは無視できん。そうだ、名乗ってなかったな。わしはジグロだ、ここから先のロレダン側の坑道を預かっている。こう見えて長老のひとりだ」

「若い!」

 思わず声を上げたら、嬉しそうな顔をされた。

 ゴリアテの長老には耳が遠いのもいたからな。

「もっとも長老のなかじゃ、下っ端なんだがな」

 ジグロはがははと大声で笑った。

「お、お客さんか? 珍しいな」

 休憩所に作業を終えた坑夫たちが大量に雪崩れ込んできた。

 僕たちは席を譲ろうと立ち上がると「席はあるから大丈夫だ」と、手で制止された。

「兄ちゃん、よかったらその鞘のなかの物見せてくれねーか? 酒の肴によ」

 ドワーフたちはでかい木のジョッキに樽からビールをなみなみと注いだ。

 僕は鞘から『ライモンドの剣』を引き抜いてテーブルに置いた。ヘモジがゴーレムを切り刻んでも刃こぼれ一つしない剣だ。

 剣に触れたドワーフがよろめいた。

「ああ!」

 咄嗟に隣にいたドワーフが横に広い身体を支えた。

「何しちょる! ルーンが刻んであろうが!」

「魔力を持っていかれることぐらい察知せんか!」

「そんなんじゃ、いつまで経ってもハンマーを打たせちゃ貰えんぞ」

 年長者たちに若いのがからかわれた。

 ドワーフたちはジョッキ片手にまじまじと僕の剣を見つめた。

「誰の作だ?」

「ゴリアテの棟梁」

「はあ?」

 この場にいたドワーフは固まった。

「工房の職人じゃなくて、棟梁が自ら打った一本なのか?」

 僕が頷くと、全員が一気にジョッキを飲み干して、真剣な顔で見つめ始めた。

「鍛冶屋の本懐だな。ライモンドの野郎、最高の仕事をしやがった」

 見るからに立派なドワーフが入口に立っていた。

「棟梁!」

 棟梁と呼ばれたドワーフは僕の剣を取り上げると、光に照らしながら丹念に目を通した。

「あいつはアダマンタイトを掘り当てたんだな……」

 全員が黙り込んでしまった。

 自分たちは琥珀金やわずかな宝石の鉱脈しか掘り当てられないことに、悔しい思いで胸がいっぱいになったのだろう。

「やはり、計画を実行するしかなかろうな」

 棟梁のその言葉には妙な重さが含まれていた。

「お嬢の弟がこれを携えるか…… 大陸は面白そうじゃの」

 僕が剣を鞘に収めたところで、暗い話はきれいさっぱり消えた。

「いやー、いい目の保養になったわ」

「わしらにも目標ができたというわけじゃな」

「生涯掛けてこれを越えるような一振りを打ってみせるぜ」

「その前に材料を掘らんことにはな」

 がはははとみな笑った。

「これから話すことは内密に願いたいのだが……」

 いきなり本題か? 僕たちは姿勢を正した。

「ファーレーンのあるこの島の大地の半分は珊瑚の堆積物の上に載っかっておってな。長年の海水の浸食で、随分と脆い構造になっておる。当然、わしらはそっち方面には掘り進まんのだが、馬鹿な連中が近年、財政再建のために苦肉の策に出たようでな。こちらが気付いたときには手遅れになっておった」

 馬鹿な連中とは人族が雇った坑夫たちだ。

 地図が持ち寄られた。余りにも広範囲に及ぶので何十枚にも及んでいる。

 それをでかいテーブルに順番に並べて一枚の大きな地図にした。国土の西半分は坑道の地図ではなく、一般に売られている地上の地図に手を加えたものだった。なるほどドワーフの掘った坑道はすべて東側に偏っていた。僕たちのいたロレダンの村も地図上では北北東の方角にあった。

「この辺りの地下には既に海水が入り込んでおる」

 波線が国土の西側から三分の一の地点まで引かれていた。所々バッテンの印があった。

「水没した地下都市だ。ただし今から何十年も前のことだ。なぜ水没したのか、誰も原因の究明を行なわん。忠告はしたのだがな。やっておれば自分たちの足元で何が起きているか気付いたものを」

「馬鹿共が堀った採掘坑がこの辺りじゃ」

 水没したエリアとドワーフの掘り進めてきた坑道の中間地点だった。

 なるほど、人族の掘った坑道が通り道になってこちら側に押し寄せてくるのか。

「西側はとにかく脆くなっている。崩壊が始まったらあっという間に海に沈むだろう。それに引き摺られるようにこの辺りの地層も崩れて海の底だ」

 ジグロが言った。

「蟻の一穴はあっという間に海底に面した断層になる。そしてわしらの坑道に流れ込んだ海水は傷口を広げて」

 棟梁の大きな手が東側の地図にバンと広げて載せられた。

「これが短期間に起きるんですか?」

「あっという間だ」

「西を追われた連中は東へ、東へと移動する。だが、その東も数日を経ずして海に沈む」

「対策は?」

「わしらは既に用意万端じゃ。この地下に秘密の大空洞があってな、ドワーフ全員を収容できる巨大な船を造った。鉄の船だ」

「お前の姉さんが設計したものじゃ」

「じゃあ、姉さんはこのことを知ってるんですか?」

「お嬢がこの国で騒ぎを起こしたのはわしらのせいなんじゃ。わしらがこの国の人族の連中に危険を知らせてくれるように頼んだんじゃ。なのに貴族共は聞き耳を持たぬばかりか、お嬢を世を騒がせた罪で罰すると言い出しおってな」

「僕たちに頼みたいってことは、同じことを?」

 ドワーフたちが頷いた。

「この国の奴隷制度はいけ好かねえが、全部が全部、悪い奴らばかりじゃねぇんだ。気のいい連中だって大勢いるんだ。俺たちはそういう奴らを黙って見殺しにはできねぇんだ。でも亜人の俺たちの言うことなんざ、誰も信じちゃくれねぇ。貴族のお嬢でさえ、拘束され掛けたんだ。どうしていいか……」

「でも、あんたたちはあのゴーレムをあっという間に倒しちまった。たった一日で七体もだ」

「なんで知ってるの?」

「俺たちにも密偵ができる奴はいるさ。おまけにあの辺りには昔掘った坑道が網の目のように張り巡らされてるんだ。雪が積もってなきゃ、そこのチビ助に音で気付かれちまっていただろうけどな」

 チビ助じゃなくて女の子なんですけどね。

「この通り、悪役を買って出ちゃくれねーか」

 それは意外な申し出だった。


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