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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第十二章 星月夜に流れ星
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北方事変(ロレダン村)6

「で、病人がいるのか?」

「母親と妹の咳が止まらないって」

 僕はロメオ君と顔を見合わせた。

「医者にもかかれないのか」

「この環境じゃ、喘息かな? それにしても警戒されまくってるね」

 物陰からじとーっと見つめている。

「ヘモジ、万能薬の小瓶を渡してやれ。そして『偽薬を二度と買うな』とな」

 ここがスプレコーンなら、手助けもいろいろしてやれるのに。明後日にはいなくなる通りすがりが、余計なことをして掻き回すべきじゃないだろう。そんなことをされて困るのはきっとあの子たちの方だ。

 少年は一礼して姿を消した。

「オクタヴィア、あの馬鹿共に鼠でも魔物でもけしかけてやれ」

「分かった。正義の鉄槌を下してくる」

 姉さんが入国禁止になったわけだ。僕も村ごと凍らせてやりたい気分だよ。

「精神衛生上、よくないね」

 ロメオ君が言った。

「オクタヴィアが戻り次第、さっさと村を出よう。見るべき物もなさそうだし」

 メインストリートのはずれで声が聞こえた。

「さっさと運びなさいよ! 愚図ね! サボってると夕飯抜くわよ!」

「はい、奥様」

 どう見てもひとりでは持てない量の荷物を買い漁って店から出てきた太めの女が、付き添いの痩せた獣人の男に、高圧的な態度で捲し立てていた。

 店員も荷物を預かっているが、どう考えても男に全部を持たせることはできなさそうだった。

「何をしているの! さっさと運びなさい!」

 男は女性が乗り込んだ馬車の荷台によろめきながら荷物を放り込んだ。

「この狭い村で馬車かよ」

 ロメオ君が小声で悪態をついた。

 ロメオ君も怒ってるんだなと思ったら、少し気が楽になった。

 店員も気を使って、残りを馬車に運び込んだ。

 獣人の男は店員に何度もお辞儀した。

 店員は獣人の男の肩を叩いて、労をねぎらった。

「終わりました、奥様」

 男が声を掛けると、返事もせずに馬車は走り出してしまった。

 男は無言で走り去った馬車を追い掛けていった。

 なんで我慢できるんだよ! 獣人の方が体力も能力も優れているのに、決して人族に劣らないのに。魔法が使えるからって高尚だなんて誰が決めた!

 店の店員がやれやれと言う顔をした。

「あなたは獣人を差別なさらないんですね」

「ん? ああ、旅の人か。別に俺だけじゃないさ。この国の制度に嫌気が差してる者は大勢いる。ただ貧しすぎてどうにもならんと言うだけさ。あの奥さんも昔は面倒見のいい人だったんだ。子供たちが全員、中央に行ってしまってからさ。ああやって子飼いをいびり倒すようになったのは」

「昔はいい主人だったからって、今が許されるとは思いませんけど」

「俺は魂には位があると思ってる。低俗な魂は、尊大で、人を蔑み、傷付け、ときには人を殺すことをなんとも思わない。それを快楽にしてしまえる卑しい本性だと思う。だが高尚な魂は、それらを苦痛と感じる。威張り散らす自分を卑下し、他人を見下すことを恥ずかしいと感じ、他人を傷付けることを自分を傷付けるより痛いと感じる。あの女性は元来後者だ。自分のしていることに気付いているさ、いつかあの男に詫びる日が来る。あの男には気の毒だがな」

「それで今の痛みはチャラにしろと?」

「あの男も俺もこの国に慣れちまったのさ。ゴーレムのように何も痛みを感じなくなっちまったのさ。これがこの世界の縮図だとね。俺の魂は自分が思ってる程高尚じゃなかったってことさ。おっと、余計なことを言っちまったな。何か買っていくかい?」

「何屋なんです?」

「何でも屋さ。旅の人の目に止まる物なんてないかもしれんが、この村には必要な店だと多少の自負はある」

 店員が扉を開いて僕たちを誘った。

 面白い人だ。

 オクタヴィアなら匂いで僕たちが店に入ったことは分かるだろうと、構わずなかに入った。

 掃除は欠かしていないようだが、外と同様煤けた内装だった。

 本当に何でも屋だった。食料から木の柱までなんでも揃ってる。

 火の魔石も売っていた。この国の相場はそもそも高いが、その相場より更に一割も高かった。

「魔石の入荷は年々下火になってる。ラーダ王国が潰れてからは尚更だ。奴隷制度を容認するこの国と聖都のあるアールハイトじゃ水と油だからな。交易船も遠回りしなきゃならない。おまけにドワーフからの上がりも年々減ってきているからな」

 中央では暴動も起きているし、この国も長くないと店員は締めくくった。

 僕は人数分の食料を買い込んで、硬貨の代わりに火の魔石を提示した。

「俺が旅人相手に都合のいい役を演じてる可能性もあるとは思わないかい?」

 急に斜に構えた。

「例えそうでも、世の中満更でもないと観客に思わせたんだから、名演技だったと褒めるべきでしょ?」

「こりゃ一本取られたな」

 店を出たところでオクタヴィアが待っていた。

「なんだ、入ってくればいいのに」

「出てくるの分かったから。それにこの扉重い」

 あ、そうか。

「ごめん」

「水路に落としてきた」

 思い切りいたずらっ子の顔をした。

 鼠をけしかけたら、慌てた三人は水路に落ちたらしい。冷水を浴びて死ぬ程震えていたそうだ。

 少し溜飲が下がった。

「さ、出て行こう」

 こんな場所じゃ、食事をする気にもなれない。どうせ食堂の厨房の裏ではこき使われている獣人がいるに違いないんだ。

 来た道を引き返していると物陰から声を掛けられた。

「そこの冒険者のお前、こっちに来い」

 これまた薄汚れた中年ドワーフだった。煤けた髭が地面にまで到達していた。

「早く! 急げ」

「理由を言わない相手に付いていく馬鹿はいないでしょ?」

「大事な話があるんじゃ、つべこべ言わずに付いてこい」

 しょうがないな、ドワーフは。それで理由になったと思ってるんだから。

「なんだろうね?」

「厄介ごとはごめんだよ」

 悪党の類いではなさそうだが、態度に焦りが見える。どうやらここでは話せないことらしい。

 逃げ切れないこともないが、好奇心を優先させて、僕たちは後を追った。


 村の奥にある坑道の入口に辿り着いた。

 くそ、出口が遠くなった。

「腰に下げてるそりゃ、アダマンタイトじゃろ?」

 坑道に入って中年ドワーフと最初に交わした言葉がそれだった。

「鞘に入ってるのによく分かるな?」

「ドワーフだからな。響くものがあるんだ」

 鉱石発見スキルの応用か何かか? 

「悪いけど、僕たちは一刻も早くこの村から出たいんだ」

「皆殺しにしたくなるからか?」

「よくご存じで」

「お前によく似た女魔法使いを知ってるだけだ」

 姉さんのことか?

「すまんが頼みごとがあってな。悪いがもう少し付き合ってくれ」

「ただ働きはごめんだよ」

「分かっとる。ちゃんと報酬は払うから安心しろ。琥珀金でよければな」

「悪事の片棒は担がないからな」

「見てりゃ分かる。わしも久方振りに胸がスーとしたわい」

 僕たちはドワーフの後に続いて坑道をひたすら進んだ。

 どこも構造は一緒だな。ゴリアテの地下坑道とそっくりだ。通路の天井が低いところなんか最悪だ。

 ロメオ君の杖が長すぎて天井に当たるので、預かって代わりに僕の短銃を渡した。

「ほお、それもアダマンタイトか?」

「これは店で買った物だけどね」

「武器か?」

「武器ですよ。弓矢より強力で遠くまで届く」

「どこ産だね?」

「ゴリアテだよね」

 ロメオ君が僕を見た。

「なんと! あの連中がアダマンタイトを掘り当てたのか! おまけにこんな物を」

 なんとも複雑な顔をした。嬉しいような悲しいような複雑な表情が帽子と髭の隙間から覗いた。

「羨ましいことだ。ドワーフ冥利に尽きるというものだな。はーっ」

 大きな溜め息をついた。

「それに比べてわしらは……」

 琥珀金掘りに甘んじているわけだ。

 ようやく第一休憩所に辿り着いた。坑夫たちの生活空間だ。リオナとゴリアテの地下を訪れたときが懐かしい。

「もう少しで休憩時間だ。そうしたらトロッコを借りて降りよう」

「巨大滑車じゃ駄目なんですか? ここにもあるんでしょ?」

「よく知っとるな。だが、ありゃ、上り専用だ」

 トロッコか……

「あれにまた乗るのか……」


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