北方事変(旅立ち)1
一週間ほど掛けてファーレーンに行くことにした。
出席者は残念ながら僕とロメオ君とオクタヴィアとヘモジの四人だけである。
アイシャさんはハサウェイ・シンクレアの名で、今回のレイス村の一件をアレンジした作品を執筆するため欠席するそうだ。
邪魔になるオクタヴィアは主の命令で強制参加である。寒いところなのに気の毒なことだが、耳のいい索敵要員がいるのは有り難いことだ。
ちなみに本のタイトルは『静かな森』で決定だそうだ。異世界で言うところのサスペンス・ホラーとかいうジャンルになるらしい。
森に迷い込んだカップルが、アレッタと老婆に付き合わされる話だ。
カップルの親密度が増すお定まりのハッピーエンドにするか、村から脱出できなかった悲劇的な結論にするのか考えあぐねていた。
リオナはハッピーエンドを、ロザリアは悲劇を推した。
そのロザリアは「教会の教えに従わないファーレーンに行けば、自分は必ず問題を起こす」と確約して、参加を辞退してきた。
そうなのだ。
雪の国ファーレーンでは獣人や亜人を蔑視する風土が厳然と残っているのだ。
見て見ぬ振りができないロザリアとしては、布教活動を腕ずくですることになるだろうと、結果的に僕たちを戦闘に巻き込んでしまうと、慮って欠席するとに決めたらしい。
その点は僕たち全員同じなので、彼女だけが辞退する理由にはならないのだが、船旅となれば現地の人間との接触は避けられない。
遠くから教会の威光をかざして雪融けを待つ太陽政策が現在の教会の方針だが、ロザリアの身分はそれを一瞬で吹き飛ばす要因になりえるものであるから、慎重を期さないといけないわけだ。せめて飛空艇で行ければ話は別だったのだが。
同じ理由で、リオナも欠席である。
当人が嫌な思いをするだろうということもあるのだが、僕が切れるだろうと言うのがみんなの総意だった。
確かにリオナを奴隷扱いする奴がひとりでもいたら、半径数メルテを極炎地獄か、極寒地獄に変えてやる自信はある。
雪一面の世界を見たがっていたのに、残念でならない。
奴隷開放は世界の潮流であるから、いずれファーレーンも従うことになるだろう。気候同様、経済まで冷え込んでしまっては文句もそのうち言えなくなるだろう。何せ、火の魔石は海外からしかやってこないのだから。ファーレーンには迷宮がないのだ。
金に銀が一割ほど交じった琥珀金という鉱石採取でファーレーンの経済は回っているのだが、炭鉱夫の大半はドワーフであり、亜人が差別される所以ともなっていた。エルフがドワーフを脳筋扱いする理由も、酒が飲めて穴を掘れれば構わないと安請け合いする、その性格にあるのだろう。
『保温術式』という魔方陣が最大の資金源だと以前、飛行船建造時に言ったが、それはこの国の支配階級の話で、庶民の暮らしとは一切関わりのない話である。庶民はひたすら琥珀金とわずかに産出する宝石で細々と生きているのである。と、姉さんが持ってきた資料には書かれていた。
海を渡ることになるから、ナガレには同行して欲しかったのだが、宿主が来ないのであるから無理な話である。
そういうわけで結果的に四人で旅することになった。
こうなれば野外での移動はフライングボードで構わないだろう。
服装は通常装備に加えて防寒用のフード付きのコートだ。動きづらくなるが止むを得まい。
その分防御力は五割増しだ。特製コートは冷気を完全防御するアイスドラゴンの革でできた特注品だ。僕に至ってはドラゴンの革を二層に着込んでいることになるわけで、ほとんど移動要塞である。
「可愛いのです」
リオナが防寒服を着込んだオクタヴィアの頭を撫でた。
「今年の冬のトレンドはこれにするのです」
流行らせる気か!
村の子供たちに着せる気満々である。
リオナの言う通り、オクタヴィアとヘモジのボアの付いたフード付きコートが可愛すぎて、エミリーやチッタたちにもモテモテ状態なのだが、当人たちは余り乗り気ではない。
背中には天使の羽根のアップリケまで付いている。
僕にはリュックの口から顔を覗かせている普段の姿とそう大差がないように思えるのだが。ただ、オクタヴィアの尻尾だけは隠しようがなかった。
精々凍りつかないようにリュックのなかにでも押し込んでおくしかないだろう。
オクタヴィアにはそれに加えてそれぞれの足に履き物を用意した。本人が手だと言い張るので前足にはミトンの手袋である。爪が立たないから、肩の上にいるときは気を付けないといけない。
どちらにしても過ぎた装備である。魔法結界があれば極寒のなかでもシャツ一枚でいられるのだから。
火の魔石をこれでもかとクヌムの村で大量交換。『楽園』にどっさり放り込んだ。非常食やいつもの備えも準備万端である。
木前月二十三日。僕たちは旅立った。
トゥーストゥルクの港から出る船で片道二日である。
「雪の国じゃギルド通貨は使えないぞ」
両替商が言った。
資料通りだと、僕とロメオ君は頷いた。
「何せ迷宮がないからな。あの国で使えるのはエレクトラム硬貨だけだ」
「一泊の相場は?」
両替商は僕たちの身なりをチェックした。
「上級の宿ならこっちの金で銀貨三十枚程度で泊まれるだろう」
「こっちと変わんないんじゃ?」
「外国人には割高なんだ。どうせ穴蔵なのにな。地元の人間が泊まるような安宿もあるにはあるが、正直手癖の悪い連中が多いお国柄だ。それなりの所に泊まった方が、結果的に安上がりということもある。冒険者なら、首都のギルド事務所を頼ればいい」
「泊まる予定はないんだけど」
「そりゃ随分と急ぎだな。だが、ポータルは使うんだろ? まあ、ポータルは一々出自を気にしたりしないからな。現地人も旅行者も変わらない。一回銀貨一枚程度で済むだろう」
「それは助かる」
「それでも稼ぎのないあの国じゃ割高だ」
「最北端まで行きたいんだ」
「ならロレダンの村だな。港からは五回の移動でいけるはずだから、銀貨五枚、往復で十枚程度だ」
「じゃ、四人分で取り敢えず金貨一枚」
「あいよ。手数料は大負けで一割でいいぜ」
「それ相場でしょ?」
「ハハハッ、そう言いなさんな。取って置きの情報を教えてやるからさ」
「なんです?」
「この国の通貨は見せるな」
「あ!」
「なるほど」
「取って食われはしないが、いいイメージは持たれないからな。向こうで金が足りなくなって換金するときでも、出すのはギルド通貨にしときな」
「そうします」
「一番喜ばれるのは火の魔石だけどな」
「火の魔石が金の代わりになる?」
クヌムの村みたいな国だな。
次の客がやって来たので、僕たちはその場を後にした。
「情報通りだったね」
「そうみたいだ」
ヘモジは召喚獣だからともかく、オクタヴィアはポータルの料金を取られることもあれば取られないこともある。子連れの母親と一緒だ。それは領主のさじ加減次第だ。ちなみにリュックに押し込んでいても、存在は探知されるので正直に申告する以外にない。見つかったら最低でも倍の金額を要求されるだろう。
出航の合図の鐘が鳴った。いよいよ僕たちの乗る船が出航するらしい。
艀を渡り、僕たちはチケットをもぎりに渡す。
「よい旅を」
「ありがとう」
チケットの番号が書かれた船室に向かう。
後部の結構いい場所だった。船長室の下辺りだろうか。とは言え、窓もなく、ハンモックのベッドが二つ並んでいるだけの狭い小部屋だった。
「手荷物もないことだし、船酔いするかも知れないから甲板に出ようか」
「オクタヴィア」
「何?」
「海に落っこちないように命綱しないとな」
オクタヴィアは黙って頷き、ロメオ君に身を任せた。
「ナーナ」
自分は大丈夫とヘモジは胸を張った。召喚獣だからな。でも冷たいのは一緒だ。落ちてから後悔するなよ。
僕たちは日差しが眩しい甲板に出た。
港の景色が遠ざかっていった。
「みんなに見せたかったね。この景色」
ロメオ君が言った。
港を遠ざかる船から望む景色はどこか郷愁を誘う。
つくづくみんなが一緒でないことが残念でならなかった。




