エルーダ迷宮征服中(レイス討伐編・別荘で)21
領主を手分けして探すことにした。生きてはいまいが、このまま何もなく終わるのかという思いがあった。いつもなら空腹を訴えてくるはずの若干名も、一時凌ぎのクッキーのおかげでなんとかなっている様子だった。
木造の蔦の絡まる白い屋敷に併設された小さな教会の扉が開いていた。
どうやら見つけたようである。
僕はみんなを呼び寄せた。
裏手にいたロメオ君とロザリアとヘモジがやってくるのを待った。
辺りを見回すと、湖畔のきれいな景色が目に飛び込んできた。
「とてもレイスが湧く場所だとは思えないな」
そう言えば、同行していた連中はどこに行った?
「一緒に来た連中は?」
僕は側にいたリオナとオクタヴィアに尋ねた。
「逃げたです」
「逃げた」
リオナとオクタヴィアが口を揃えて言った。どうやらレイスとの集団戦が始まるとどこかへ逃げ出したらしい。
「まあ、雇い主がいなくなったんじゃ、命賭けてもな」
元々、そういう役回りなのだろう。
ロメオ君たちが合流すると、僕たちはそこから教会のなかに入った。
狭い部屋のなかは壁に掛けられた魔石用の燭台の明かりに満たされていた。小さな祭壇に火が灯った五本枝のキャンドルが置かれていた。
領主が冷たい石の床の上に転がっていた。
「死んでるのです」
反応はこの別荘に入るときからなかった。今更驚きはしない。
領主は中央に納められたお棺に覆い被さるようにして事切れていた。
お棺の蓋は開いていて、なかには包帯で全身覆われた遺体が納められていた。
「消臭結界が施されておるな」
包帯を少しずらすと炭化した皮膚が現れた。
「アントネッラの遺体かしら?」
「火炙りだったらしいからな……」
胸元に例のネックレスが置かれていた。
「彼女の物だったのかしら?」
「侍女が持つには高価すぎるだろう? 恐らく領主がアレッタの遺品として、共に埋葬したかったのだろう」
オクタヴィアは自分が首から下げている物に目をやった。
ヘモジとふたり首を捻った。
「これってバグ?」
ロメオ君も首を捻った。
「回収されなかったという設定で話が進んでるんじゃないの?」
「いや、状況から察するにこれは二本目かもしれん」
「そう?」
「トラップじゃ。あの老婆が仕掛けたんじゃろう。領主がここに逃げ込むことを想定してな。館を襲撃する前に仕掛けておいたのかもしれん。恐らくレイスたちはこの別荘の使用人や近所の住人たちじゃろう」
「だからレイスの数が揃わなかったんだ。急だったから。二回目の召喚なかったもんね?」
ロメオ君が言った。
「充分多かったわよ!」とロザリアに突っ込まれた。
「でもそうなると死人を呪ったことになるわよ。そんなこと可能なの? そうは思えないんだけど」とナガレが言った。
「アレッタが死と引き替えにレイス化したことは覚えていよう? 恐らく呪いが解かれた状態のこのネックレスにも、何か別の仕掛けが施されておる」
「死と引き替えに呪いを発動させる?」
呪いのあるなしは、死をいざなうかどうかだけの違いで、結果的に死がトリガーになってレイス化する点は共通項だ。思い付いた奴は質が悪い。カースアイテムは灰にするまで安心できないとはよく言ったものだ。
「昔は老婆のような呪術に優れた者も多かったのだろうな。今では教会の威光のおかげで一部の死霊魔術師が技術を受け継ぐのみじゃ」
「外す、外す!」
オクタヴィアが騒ぎ始めた。
「ナーナ!」
ヘモジが急いでオクタヴィアのネックレスを外しに掛かった。
外したネックレスをヘモジは僕にぽいっと無造作に投げてよこした。
ふたりはロザリアの下に駆け寄った。
「ナーナ」
「浄化して、浄化!」
そう言ってオクタヴィアは背を向け、ヘモジはネックレスを触った手のひらを掲げた。
ロザリアは何も言わず笑いながら浄化を施した。
ヘモジ…… 僕はどうなってもいいのか?
「同じ仕掛けが火炙りにされたアントネッラにも仕掛けられていたとしたら? 呪われた遺体は老婆と共にこの村に運び込まれた」
ハサウェイ・シンクレアこと、アイシャさんは推理した。
「じゃあ、村にレイスがはびこったのは……」
「あながち、ネックレスのせいばかりではなかったのやもしれんな」
「同じネックレスね……」
こんな高価な物を二つも? これくらい大きくないと術式が施せなかったのかもしれないな?
僕は改めて『認識』スキルを発動させて、ネックレスを見た。が、その手の情報はやはり見えてこなかった。カースアイテムであった影響でステータスが隠蔽されたままになっているのかもしれない。
さて、これ以上いくら推理したところで犯人は既にいないわけだから無駄である。それよりも今は。
「別荘を漁るか?」
「おーっ!」
みんな俄然やる気になった。
「なんだか火事場泥棒になった気分ね」
ロザリアが言った。
「何を今更」
僕たちは教会の内扉から屋敷のなかに踏み込んだ。
急ぎ家捜しを終えた僕たちは、回収するだけ回収すると建物から庭に出た。
余りいい結果にはなりそうになかった。一応片っ端から回収してきたが、前回の調度品に比べると安っぽさが目立った。ギミックの可能性大である。
プライベートな別荘だから余り飾る必要もなかったのだろう。金目の物は小さな宝石箱が一つだけだった。これでは他の階層の宝箱をあさった方がよっぽど増しである。
それでも前回で味を占めたオクタヴィアとヘモジは問答無用でがらくた集めをしていたが。
「あれだけやって、報酬はこれだけか」
若干名を除いて全員、大きく肩を落とした。
ああ、そうだ!
僕たちが助けた荷馬車の荷がまだあるはずだ!
僕たちは入口の門扉を入ったところを探した。
「あった!」
馬はいなかったが、荷台が傾いたまま放置されていた。
「よし、お持ち帰りだ」
僕は考えることもなく『楽園』に荷物を放り込んだ。正直、二つの荷馬車から回収した物だけが頼りである。
お腹空いた……
ともあれ、まだこの階層の出口に辿り着いたわけではない。
遅い昼食のため、いや、急がないとおやつの時間になってしまう。
僕たちは先を急ぐことにした。湖を半周ほど回った先が出口である。
さすがに疲れたので、池の畔にある小舟を一艘拝借することにした。
小舟に全員乗り込むと帆を張り、船を出した。
操作は飛空艇の帆走モードで慣れている。風向きに合せて舳先を傾ける。
船は悠々と水面を滑り始めた。
ナガレの出番もなく快調に船は進み、湖を横断することに成功した。
「楽勝、楽勝」
ようやく出口に着いた。
そこは湖に流れ込むなだらかな傾斜の麓、滝壺の畔にある洞窟だった。
階段を下り、ようやく脱出部屋を見つけた。
途端に腹の虫が騒ぎ始める。
「こりゃ、急がないと」
僕たちは笑いながら脱出した。そして急いで食堂を目指した。




