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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第三章 ユニコーン・シティー
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ユニコーン・シティー5

 大男が打ち込みをやめて、咄嗟に後ろに飛び退いた。

「何?」

 一度の跳躍で距離を空け、汗を拭い、次の瞬間また襲いかかっていく。リオナの身体能力もあれだが、上には上がいるものだと思い知る。

「今のは?」

 若い兵士が尋ねた。

 立ち番ではない兵士たちも騒ぎに気付いてやってくる。

「毒針じゃよ」

 隊長が言った。

「見えないところから飛んでくるあれを避けるのは至難の業じゃぞ」

 大男はそれを容易く見切っていた。

 見た目ほど雑な人物ではないということか?

 闇が明確に動揺している様子だった。逃げようともがいているのかも知れない。

 だが闇蠍は逃げられない。後ろには城壁があるのだ。

 大男は逃がすまいとうまく立ち回っている。

 すごい!

 また毒針を避けた。

「うんにゃろおおぉおおおおおッ!」

 そのかけ声だけはやめた方が……

 兵士たちも任務そっちのけで息を飲んでみている。

 僕は『魔力探知』で周囲を再確認する。異常がないと確認すると再び大男に見入る。

「うぉおおりゃあああぁッ!」

 前より刃が闇に食い込んでいるような気がした。

「どうやら勝負あったようじゃな」

 隊長が言った。

「え?」

「魔力切れじゃ」

 キシャァアアアアァ、と甲高い奇声が闇に響いた。

 男の一撃が蠍の脳天に食い込んでいた。

「おおおおおおッ」

 歓声が上がった。

「すごいのです! スーパー超人なのです」

 いつの間にかリオナが隣にいた。

 大男はギャラリーに手を振っている。

「酒をおごるぞ、飯も出す、寄っていかんか!」

 兵士たちが思い思いのことを言っている。

「その前にこいつを捌きたい!」

「門の横に洗い場がある。使ってくれ!」

 任務中の兵士たちは散っていき、非番の兵士たちは嬉々として門のところに迎えに行った。

「困った奴らじゃ」

 隊長も砦の最上階の部屋に戻っていった。

「僕たちも明日早いし。部屋に戻ろう」

 リオナに言ったつもりが、本人がいない。

「あれ?」

 リオナは兵士たちと一緒に獣人の大男を迎えに行ったようだ。

「しょうがないな」

 僕はリオナを迎えに門に向かった。



「ヤコバ村に世話になっているオズローだ。新都市に移住したくてやって来た。移住開放がまだのようだから、アルバイト中だ」

「鏃に塗る毒は高く売れるからな」と言って大男は闇蠍の毒嚢が入った保存用の木箱を持ち上げた。

 一行は食堂になだれ込んで長テーブルを占領していた。

「おいおい、毒は困るぞ」

 厨房の例のシェフが木製のジョッキーを持って現れた。

「大丈夫。浄化用の聖水を使った」

 そう言って大きな手のひらをひらひらと振った。

 酒が行き渡ると大男を囲んでの酒盛りが早速始まった。

 リオナはというと、遠巻きに椅子の上に立って人垣の先を見つめていた。

 獣人が懐かしいんだろうか。その顔はどこか寂しそうだった。

 僕はリオナの隣に立った。

「明日も早い。きょうはもう休まないと」

「うん……」

 リオナが僕の腕のなかに飛び込んできた。

「遠い東の虎族なのです。うわさ通り馬鹿力なのです」

 それほめてないぞ。

 僕はリオナの手を握りしめて静かにその場を後にした。



 翌日、目が覚めて部屋を出ると空はまだ白んでいた。

 壁の上の兵士たちも欠伸をしながら残りわずかな当直時間を務めあげていた。

 森中がまだ眠っていた。

 僕は荷台に戻ると、タオルを持って井戸に向かった。

 僕は井戸で顔を洗いながら、今日最初の『魔力探知』を使った。

 なべて世はこともなしか……

 タオルで顔と身体を拭うとそのタオルを洗った。

 馬車に戻るとロープを張ってそこにタオルを掛け、消臭の魔法をかけておいた。

 出かけるまでには乾くだろう。

 朝食までにはまだ時間がありそうなので、僕は荷台の毛布の上に寝転がった。荷物から魔法陣に関する本を引っ張り出すと暇つぶしに調べ物を始めた。


「おはよう、エルリン。ご飯なのです」

 リオナに肩を揺すられ、時間がきていたことに気付いて慌てて外に出た。

 空はすっかり青くなり、食堂では朝食の準備が整っていた。

 朝食は分厚いステーキ。それにパンとサラダと牛乳だった。


 朝食を取ると早々に僕たちは出立した。

 今朝の手綱はリオナが握っている。アンジェラさんの指導の下、扱い方を習っているのだ。

 舗装された一本道だから難しくはないだろう。

 リオナは緊張していたが、馬の方はすべきことを理解していた。鼻面を向けられるとあとは道なりだとわかっているのだ。

 一方探索役でリオナに抜けられた僕は責任重大になった。この際探索スキルの練習だと思って、より緻密な探査をしようと試みる。

 一時間もするとリオナはそわそわし出す。飽きたのだ。

「もう休む?」

 アンジェラさんに聞いてくる。

「後もうちょっとね」

 地図を確認しながら言った。

 耳を垂れてがっかりしている。

 僕は、いくつかの魔法術式を弾に刻む練習をしていた。

 刻んではメモを取り、文字の隙間を埋める作業を繰り返していた。術式を何度も見直して省略できる部分はすべて削った。文字を緻密に刻んで紋章の表面をできるだけ小さく収めた。それでも面積が足りなかった。

 竹の子のような入れ子構造にして内側にもう一層増やすか…… 

 魔石が使えればもう少しなんとかなるのだが、薬室のなかでは誘爆するから使えないし、使い捨ての弾にミスリルのような高価な金属も使うこともできない。

 逆にすべて書き込んだらどれくらいの面積になるのか、逆算してみることにした。

「うーむ」

 弾の表面積にして四つ分の広さになった。思わず唸った。

 矢にでも仕込んだ方がましだな、こりゃ。

 僕は表裏三層構造にして、術式を書き直した。一つの層の表裏に術式を刻んだことで多少の余裕ができた。

 ちょうど概略が完成したところで、休憩になった。

 アンジェラさんが水魔法でバケツに水を注いで、馬に与えた。エミリーが干し草を抱えて馬の前に並べた。リオナは御者台でぐったり伸びていて、僕は固まった身体をほぐしに荷台を降り、身体を動かした。

 思ったより難物になりそうだ。

 リオナが突然、起き上がると後ろを振り向いた。

「トラがくるです!」

「虎?」

 おりょ? 『魔力探知』で見えた姿は虎ではなく、昨夜の獣人の大男だった。

 おっと、これ以上のぞいてはエチケット違反だ。

 やがて馬に乗った彼がやって来た。

「おーい、あんたらかい、新都市に行くって旅行者は?」

「そうなのです。トラも行くですか?」

「オズローだ、嬢ちゃん。で、行くのか? 行くなら同行したいのだが」

「こっちはご覧の通りの子連れ旅だよ。知らない男と一緒の旅はお断りだね」

 アンジェラさんが仁王立ちで言った。

「そこを頼むよ、姉さん。なんなら無料で護衛するからよ」

「護衛は足りてるよ」

 オズローは周囲を見渡した。

「どこにいるんだい?」

「目の前にいるだろ」

「冗談だろ? この坊主が?」

 確かにあんたに比べたらね。

「ようし! だったら俺がこの坊主に勝ったら仲間に加えてくれよ」

 えええ? なんでそうなるの?

「いいだろ、負けたらおとなしく他のやつに当たるんだね」

 う、嘘でしょ…… 勝てるわけないよ……


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