エルーダ迷宮征服中(レイス討伐編・呪術師)5
あのリベッティと言う女が夫の後を継いで領主になった頃から話は始まった。
その頃のリベッティはとても優しい奥方だったらしい。村人の誰もが彼女を愛し、尊敬を集めていたと言う。
だが一人息子が亡くなると状況は一変した。
原因は村人の仕掛けた狩猟用の罠だった。罠に掛かり、傷口から入った毒で亡くなってしまったのだ。
それからすぐに、領主も他界し、彼女だけが残った。
そして事件が起きた。
最初は「最近、あいつの姿を見ないな」程度のもので、誰も気に留める者はいなかった。元々留守がちな家だったので、どこかに行っているのだろうと皆、高を括っていた。
だが、さすがに帰りが遅いということになって、村人が集まり、その家を訪れた。
一つ目の家が飲み込まれた。一家惨殺。全員分の遺体が家のなかで見つかった。
その家はかつて領主の息子を罠に掛けてしまった猟師の家だった。
次第に女領主が疑われ始めた。現場を徘徊している姿を見たとか、夜盗をこっそり雇ったとか。影で囁く者たちが日に日に増えていった。
だが真相は違っていた。良心の呵責に耐えかね、精神を害したその家の猟師が身内を惨殺したのだった。
そのことが分かったとき、女領主はこの国を治めるシダリス王の名において、王宮前広場で火炙りになっていた。
「死んだ人間がなぜ戻ってくる?」
アイシャさんが言った。
「死んだのは本人ではなかったからだ。本人は生き延びていた。そして身の潔白が証明されると、姿を現わし、多額の賠償金を王からせしめて、この森の領主に返り咲いたのだ」
一瞬のときが流れた。どう聞いても女領主が最大の被害者のようだが……
「レイスが現れたのはその頃からだ。次から次へと若い娘たちが原因不明の呪いに掛かっていった。猟師一家の呪いだと言い出す者や、無人の家に放火する者まで現れた。領主も気持ちはどうであれ、立場上何もしないわけにもいかなかった。それでひとりの呪術師を中央から招き寄せた。そしてすぐに呪われた娘が救われたという朗報が村中に広まったのだ。一連の事態は終息を見せたかのように思われた」
「わしはイルダの両親に頼まれて、この森にやって来た。既知の間柄だったのでな、金など要らぬと言ったのだが、律儀な親御さんだった。それでも領主に払う治療費より格安だったらしいがな。わしは彼女を救う過程で手口を知った。そして今に至るわけだ」
「ある日、アレッタという娘がひとり、我が家を訪れました。娘は領主館の使用人で一泊の宿を乞うてきました。『盗賊に襲われているから匿って欲しい。これをどうしても領主様にお届けしなければならないから』と言って、例のネックレスを懐から取り出しました。幼い頃から知っている子でした。一四歳になったばかりで、奉公できてあんなに喜んでいたのに……」
イルダは涙を浮かべた。
「あのネックレスには抗いがたい魅力がありました。知り合いなんだから、ほんのちょっとなら構わないだろうという軽い気持ちでした。怯えるアレッタを和ませようと、無理にはしゃいでいたせいもあるかも知れません。わたしはそれを首に巻いてしまったのです」
老婆が溜め息をついた。
イルダは鼻を啜った。
「ベッドの上で、いつもと同じ朝を迎えていました。ですが、すぐに気が付きました。血の臭いがしたのです。血の臭いの元に向かうと、そこには死んだ両親が横たわっていました。そして窓の外には幼なじみの彼女が…… 何が起きたのか分かりませんでした。でもそのときです。家の外から声がしました。『ネックレスを回収したか?』とか『レイスが起きだす前に撤収しろ』だとか男たちが騒いでいました。わたしは盗賊がネックレスを追い掛けて来たのだと思い、屋根裏に隠れました。肝心なネックレスはどこにも見当たりませんでした」
「わしがイルダの呪いを解いてから三日後、経過を尋ねに訪れたとき、家は土足で踏み荒らされておった。両親は刺殺され、アレッタと言う少女も亡骸になっていた。イルダを見つけたのは天井裏だった。ご両親に、昔から屋根裏が好きだと聞かされておったのでな」
神妙な顔をしているイルダに老婆は笑い掛けた。
「何も食べていない様子で、とても怯えていた。わしは何が起こったのか尋ねた。すると彼女からアレッタと両親がレイスになって彷徨っていると聞かされたのだ。わしは訳が分からなかった。呪われたのはイルダだ。その呪いは間違いなく解いたのだ。一瞬、呪いは解けていなかったのではないかと疑りもした。あの屋敷に何人のレイスがいたか、覚えておるか?」
突然、話を振られた。
「四体でした」
僕が答えた。
「ひとり分、死人が足りなくはないかね?」
僕たちは頷いた。
「呆れた話だが、ミイラ取りがミイラになったのだ。ネックレスを回収しに来た者がこともあろうに呪いの餌食になったのだ」
「痛快な話じゃな」
アイシャさんが皮肉った。
「だが、そのおかげでカラクリが分かったのだぞ。ネックレスを回収に来たのも領主館のメイドだったのだ」
「でも、なぜ?」
「簡単な話だ。メイドの女は誰にも発見されずにレイスになるまで見つけて貰えなかったのだ。このわしにな。遺体は門の外にあった。野犬に食われてほとんど何も残っていなかったがな。どこかの娘と同様、魅せられたのだろう。主の元に持ち帰る前に、軽い気持ちで首に当てた。そしてそのまま酩酊して…… そしてレイスとなったその者は両親と泊まり込んでいたアレッタを襲った」
老婆は一息ついて、囲炉裏に掛けてある鍋を掻き回した。
「では全ての元凶は領主だったと?」
「もういけそうだ」
イルダが不揃いな食器を人数分用意してきて、シチューをよそい始めた。オクタヴィアの背筋がピンとなった。現金な奴である。
「メイドの遺体の傍らに荷物が散乱しておった。わしはネックレスを見つけてあの家の金庫に納めた。そして今日まであの家を監視しておったのだ。まさか冒険者ともあろう者がまんまと呪いに掛かるとは。あれを持ち帰ってギルドにでも報告してくれまいかと思っておったのだが、心配になってな。ここに呼んだ次第だ。取り敢えず呪いが解かれて何よりだった」
別れ際、事件の真相を王の元に届けてくれと頼まれた。そして森の封鎖を解いてほしいと。
「シダリス王って?」
「遠い伝説の王の名じゃ。実在したかも定かでない王じゃな」
民家を後にした僕たちは日の昇った明るい森の小径にいた。さすがのレイスも日陰で休憩していることだろう。
「エルフの歴史にも?」
「当時のエルフも外の世界のことは無関心じゃった」
「どう思います?」
ロザリアが聞いてきた。
「いろいろ破綻してるよね」
僕は言った。
「僕も、気付いたことがあるんだけど」
ロメオ君も何か気付いたらしい。
「何?」
「いや、いい」
「今日はもう疲れた。日のあるうちに脱出しよう」
それから僕たちはまたしばらく歩き続けた。
「山の上から飛んだ方が近かったよな」
ほとんどスタートに戻された格好だった。
しかも未到達エリアで、通常のエリアには転移結晶を使って入り直さない限り、尾根が邪魔をして戻れないようだった。
望むと望まざるとに関わらず、山の裏側の未到達エリアを走破する形で僕たちは出口に向かっていた。
「ギルドからお金貰えるわね」
どこまで信頼度が上がることやら。恐らくクエストをやらないとこっちにはやってこられないだろう。ボードでも使って空を飛べば別だろうけど。
ロメオ君が楽しそうに空を飛んでいた。
「マップ担当も息抜きは必要じゃな」
遊んでるわけじゃないんだけど。
目標らしい目標がない分、マップの作成に少々手間どったが、こちら側にはほとんどレイスの姿はなく、野生の熊とか狼の類いだけで気は楽だった。
「山を越えただけなのに眩しいのです」
リオナもピクニック気分で楽しんでいた。
出口は朽ち果てた砦のなかにあった。
「珍しいシチュエーションだ」
「洞窟じゃないんだね」
長い階段を降りると定番の脱出部屋があった。




