エルーダ迷宮征服中(レイス討伐編・カースアイテム)2
「朝から夕方の景色を見るのは嫌な感じね」
ロザリアが言った。
「一日損した気分なのです」
ほんとだよ。昼寝しすぎて気付いたら夜になっていたときの気分だ。
アイシャさんがトレント製の弓に矢を番えた。そう言えばアイシャさんにはトレントの弓もあったんだ。でもあれにはウィスプの核は使われてないから問題ないのだろう。
矢の先端は銀の鏃である。殺傷用というより、姿を消されるのを防ぐための物だ。転移と一緒で、いきなり接近されると困る。
ロメオ君が分岐の度にマップを開いた。
小径は思った以上に入り組んでいた。どれもこれも森のなかに点在する家々に続いている。一軒一軒が広い土地を持ち、離れて暮らしているために小径が枝のように分かれているのである。
「ええと……」
ロメオ君は分岐点に立つ度にマップ情報に印を付けていった。
「ほんと紛らわしい……」
森の小径なんてものは、見慣れない者にはどこも代わり映えしないもので、例えそれが二叉、三叉に分岐していても、既視感を誘うだけのものでしかなかった。
ロメオ君が丁寧に印を付ける。
「この先の分岐、片方に記載がないよ」
ロメオ君が言った。
記載がないとはどういうことか?
それは長らく付き合ってきた『エルーダ迷宮洞窟マップ』に新たな項目が増えたことに関係する。いよいよ迷宮も深度が増してきたので、未調査エリアというものが増えてきたのである。それを示す指標が、頁の右上に『信頼度』という数字で記されるようになったのだ。
因みに地下四十一階層の信頼度は八割程度であった。残り二割は調査不足、あるいは未到達と判断されていた。
僕たちは行き掛けの駄賃として、この未到達エリアを調査することにした。ギルドから難易度によって調査費が頂けることになっているので、まあ、ものは試しということで向かってみることにした。
尚、今回も余計なクエストは避けるようにする決定が全会一致でなされた。レイスが徘徊するところでお使いなんて、死んでもごめんである。兆しに注意しなければならない。
「左に曲がると記載がないエリアに入るよ」
ロメオ君が注意を喚起した。
その言葉に従い僕たちは雑草が伸びきった小径を警戒しながら進んだ。が、突然前方が開けた。
「止まれ!」
崖である。
念入りに茂みを払った。
渓流が穿った谷間があった。水は干上がっていて、雑草が生えている。落ちたら上がって来られそうにない。骨の二、三本も逝くだろうか。
見回すと、すぐ近くに朽ちた吊り橋が架かっていた。ただし、片側のロープは落ちていて、残った一本を伝って行く他ない様子だった。
「道の続きはあっちにあるみたいだね」
「ゴースト発見なのです」
「見つけた、見つけた」
オクタヴィアが僕の肩の上で遠くを指差した。
「レイスじゃないのか?」
「レイスにはまだ会ったことがないのです」
「オクタヴィアも。でも何かいる!」
「距離は? 向こう岸に渡れそうか?」
過去の記録がないということは、たぶん向こう側に行くと気付かれるんだろうなと予測できた。
「あの大きな木の辺りにいる」
黒い樹木のなかに一際背の高い針葉樹が生えていた。
「ここから浄化は無理か……」
「渡り切るのが先か、接近されるのが先か」
過去の冒険者は、そのタイミングを計りかねて、引き返す選択をしてきたのだろう。
「じゃ、転移します」
「了解じゃ」
当然橋なんて渡ってはいられない。
僕は向こう岸の開けた場所にゲートを開いた。
「気付かれたです!」
リオナが叫んだ。
「先に行く!」
アイシャさんが飛び込み、ロザリア、リオナ、ヘモジが飛び込んだ。その間、対岸でロメオ君とナガレが敵の接近に備える。向こう岸に四人が出て、迎撃態勢を取ると、僕たちも飛び込んだ。
飛び出したところに銀の粉が撒かれた。
「ギギャァアアアアア」
金切り声を上げて、目の前でレイスがもがいていた。
僕とロメオ君が同時に火の玉で吹き飛ばした。
「後二体いる!」
僕たちは転がるようにロザリアの結界のなかに退避した。
リオナとアイシャさんが弓を射た。
射た先にレイスが姿を現わし、銀の鏃の餌食になった。
消えたくても消えられない。オロオロと夕闇のなかで揺れる。その隙に僕は『聖なる光・改』をぶちかます。
「ギヤァアアアアアア」
二体のレイスが一瞬で煙のように消えた。
「はあ……」
僕たちは大きく溜め息をついた。
「もういないのです」
落ちている銀の矢を回収する。
早速周囲の捜索を開始。マップ情報を追加していく。どうやら、渓谷に遮られた離れ小島のようだった。
裏手は切り立った崖になっていた。マップの角に当たる、ほぼ扇型の土地であった。土地の中央に大木があり、すぐ側に二階建ての民家がある。
「さて、報酬を貰いに行くか」
このフロアには他の階層にはない特徴がある。
それはゴーストの類いが何も落とさないために、迷宮が用意した報酬が代わりにあることである。何も落とさなければ、冒険者が命を賭ける理由はない。素通りするのが関の山だ。故に民家のなかにお宝が用意されているという寸法なのである。
「今のがレイスだったですか?」
「遠くからだと、分からない」
リオナとオクタヴィアが発見時の状況を話し合っていた。
だが、見た目は一目瞭然だった。ゴーストはまだ人の姿を留めていたが、レイスはもはや化け物だった。朽ちたあばたの死相に枝のように伸び切った爪、土から掘り起こされたばかりのような醜い、ぼろ切れをまとった禍々しい姿だった。
道なりに歩くと二階建ての民家が現れた。朽ちた大きなサイロが併設されていた。
「さ、調べて回るか」
「なかにはいないよね?」
「念のために建物ごと浄化しておくか」
僕は『聖なる光・改』を放った。空に立ち上る光の柱が周囲を明るく照らした。
ヘモジとオクタヴィアがエフェクトに見入った。
「キァアアアアアアア」
甲高い声がどこかでした。
僕たちは声のする方に走った。
建物の裏手でレイスが光に巻かれて、昇華されていくところだった。
「建物のなかにまだいるんじゃないの?」
ナガレが言った。
レイス相手に接近戦か?
いくら何でもあんまりなシチュエーションだ。
「いいえ、たぶん大丈夫でしょう。この強力な浄化は室内にも及んでいるはずですから。対魔仕様の部屋でもなければ一網打尽です」
専門家が言うのならそうなのだろうが、念のために注意して進むことにする。
リオナとヘモジを先頭に正面の入口から入った。
鍵が掛かっていたが殴ったらノブが壊れた。
ロザリアが『聖なる光』を照明代わりに放り込んだ。
光の及ぶ範囲に敵がいれば、なんらかの反応がある。
全員で一部屋ずつ確認していく。
「宝箱あった」
「ナーナ」
オクタヴィアとヘモジが戻ってきた。
奥の書斎部屋らしき場所に壁に埋め込まれた金庫があった。べたに絵画の後ろに隠してあった。
「罠はないのかな?」
さすがに鍵穴の違う一般ご家庭用の金庫の鍵は『迷宮の鍵』では開きそうになかった。
が、カチリと開いた。
「鍵見つけたのです」
リオナが引き出しのなかから、それらしき鍵の束を見つけてきた。
「ごめん、開いちゃった」
リオナが唖然とした顔をわざとして見せた。
念のために全員を下がらせ、僕は結界を張りつつ、蓋を開けた。
音もなく金庫が開いた。
「うわぁ……」
見事な宝飾品が出てきた。宝石が凄いというより、デザインも何もかもがすばらしい赤い魅惑のネックレスだった。他にも箱に入った宝飾品が数点と、手紙が何通か出てきた。
僕たちは手分けして手紙の中身を確認した。
「これって…… 宝の在処を記した手紙だわ」
ロメオ君がマップと照らし合わせた。すると既出の固定の宝箱の所在と一致した。
一応手紙は持ち帰る。ギミックなら外に出れば消えるだろうが。
「ああッ!」
ロメオ君の声に振り返ると、回収した赤いネックレスを首に掛けたオクタヴィアが倒れていた。
「ナーナ!」
ヘモジが慌てている。
遊びでネックレスを首に掛けたらしい。
僕は『認識』スキルを発動させた。
「カースアイテム……」
呪われたアイテムだった。




